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60勝手目 君に伝えるピクトグラム(1)

 眠れず迎えた次の朝、樺恋の希望通り沖田と2人で手を繋いで小学校まで送る。


 昨日の沖田の顔が忘れられなかった。

 本人はどうせ普通通りにしているんだろうと思ったら、3人で横並びになると、沖田はぎこちない笑顔を作る。


 樺恋の前では触れず、2人になってから聴取。日頃のらりくらりとかわされているんだから、今日くらい俺が詰めてもいいだろう。


「なんでそんなに笑顔がぎこちないんだ?」


 沖田はバレてた? と笑う。


「アタシ達、親子に見えてんのかなぁって」

「さぁ。どうだかな」

「だとしたら、アタシはダメなお母さん役だ。土方は適任だけどな」

「沖田といるからそう見えるだけだ。じゃなきゃ父親役なんてやらん」

「なんでだよ。土方はちゃんとお父さんいるんだから、お父さんがどんなんかわかるだろ」

「そうじゃない」


 鈍感なフリをして、また逃げる。だけど親の話題を続ければ沖田の傷に触れてしまう。きっと今も、少し苦しんでるはず。

 例のアパートまで歩きつつ、前を見て重くならないように告げる。


「沖田となら、父親になってもいいってことだ。親が居るいないは関係ない」


 本音だ。そのつもりで大学に進学したし、ずっと養うつもりで未来設計を立てていた。今更気持ちを誤魔化しても仕方あるまい。

 沖田との間に子供がいる未来も、何度か想像した。


 沖田が望むなら、樺恋の保護者になってもいいと思ってる。宇吉がいるからお願いされることはないだろうがな。


 "もしも"は想定しておくべきだ。伊東みたいに金もなければ、晴太のように才能も長けた能力もない。

 だが、普通の感覚は1番持っている。


 呪いがあっても沖田が社会で孤立しないように。そのために俺はいるんだ。


「アタシが親になんかなれるわけないだろ。アホだなぁ」

「子供が子供の面倒見れないってか?」

「ウザ! ウザ方!」


 沖田が脇腹を小突いてくる。他の誰ともやらない、俺と沖田だけの昔からのやりとり。

 お互い脇腹はくすぐったくないのに、なぜか笑ってしまう。沖田が泣きそうな時は揶揄って、その後にこうやって突いてくるのがいつもの事。


 告白して溝が出来るかと思ったが、こういうやりとりがあると「隣の幼馴染」のポジションは守られているのだと安心する。


「沖田、前」


 前から通行人が来る。じゃれていても周りを見るのが俺の役目。すれ違えるように縦一列になる。


 しかしら近づくにつれて、すれ違えないと思うような体型であることに気がついた。


 グレーのスウェットに無理矢理詰められた、どっしりと横に広がる腹。土偶のような足、顔にめり込む細いメガネフレーム。

 ふくよか……いや、かなり体重のありそうな女性が俺達を立ち止まらせて通り過ぎる。


 申し訳ないが、とても社会に出ているとは思えない。


 ツンと酸味のある脂臭が鼻に残ってかなわん。

 後ろ姿を見れば、背中の肉がブロックのようにボコボコと山を作っている。


 だらしない体だ。いくら個々に体質があるとはいえ、怠惰は別。体臭なんか風呂に入っていない奴の匂いだぞ。

 数ヶ月前、その匂いになったからわかることだがな!


 沖田も驚いたのか、女性を見つめていた。


「あの人、あのアパートの人だぞ」

「樺恋の言ってた女の子か? 女の子……まぁ……性別は間違っちゃないが……」

「多分あれがお母さんだ」

「……いかにもって感じだな」


 知った責任がある。


 あれが母親ならばその言葉は更に重みを増す。沖田曰く、1日に何度かコンビニに行くらしい。だから今がチャンスだと走り出す。

 チャンスって、まさか乗り込む気じゃないだろうな。


 アパートへ着くなり沖田は階段を駆けあがろうとする。思った通りだ。


「待て! 勢いで行動するな」

「だってひとりぼっちかもしれないんだぞ!」

「こういうのは少し歯車が噛み合わなかっただけで取り返しがつかなくなる。俺を頼ったんだから、俺に投げろ」


 独りにさせたくないから焦るのはわかる。

 その焦りが間違いになることがあると、過去の事例が警鐘を鳴らす。


 沖田を連れて2階の角部屋の窓が見える位置へ立った。持参したスケッチブックとマーカーを取り出して「よめますか」と平仮名で大きく書く。


「沖田、携帯の着信音を鳴らせ」

「初期設定のやつでいい?」

「それでいい」


 沖田は携帯で誰が聞いてもわかる着信音を爆音で鳴らした。これなら誰が聞いても、外で誰かの携帯が鳴っているくらいにしか思われない。

 

 逆に、外へ行くことを許されない子供なら、何だろうと外を見るはず。今1人でいるなら行動に自由がきく。


「あ」

「来たか」


 読み通りカーテンの隙間から姿を見せる。すかさずスケッチブックを頭上に掲げ、子供に見せてみた。こちらは見るが、見るだけでアクションはない。


「文字が読めないのか……?」

「なら絵だ! 貸して」


 沖田はスケッチブックに「話している」の絵を描いた。が、あんまりも下手くそだからか、横に「はなしている」と文字も付け加えた。

 それじゃ意味がない。


「ほんっとに絵心ないな」

「は!? わかるだろ!」

「こういう時はピクトグラムを使うんだよ」

「何それ」


 言葉が違ったり、年齢関係なく使える共通記号だ。これなら文字が読めなくても雰囲気は掴めるはず。

 話すピクトグラムの横に"?"を添えた。

 子供はさらに身を出して、スケッチブックに興味を示す。


 そしてわかりやすく、首を横に振ってくれた。


「伝わった! 次は……」


 次のページに「出る」を意味するピクトグラムを描いた。外に出られるかという問いにも首を横に振る。


「外に出ることを許されていないんだな」

「土方、ご飯食えてるか聞いてみてよ。あんなにガリガリなのに、お母さんはデブなんておかしいよな?」

「ああ」


 しかし、食べる動作のピクトグラムには首を動かさない。

 見てくれでわかるのに、聞く方が酷か。

 ここで食料を与えたらどうなるだろう。怪しんだ母親がさらに行動を制限するかもしれない。


「母親がいない時に外を見てるのかもしれんな。樺恋が帰宅する頃に夕飯を買いに行っていると思えば不思議じゃない。一度出直そう」

「助けてやらないのか?」

「受け答えはしてくれてるが、俺達は知らない大人だ。突然押しかけても出て来るとは思えん」

「まぁ……そうだけど……ご飯……」


 沖田の気持ちは痛いほどよくわかる。だが優しさだけで動いてはいけない。耐えることも救いの一つだ。


 敢えて子供が返すまで、手を振り続けた。そして一度でも手が振られたら、沖田を連れて帰る。大丈夫、俺達は無害だ。そう思わせるためである。


 その日の夕方から、姿を見ては手を振る行為を繰り返した。樺恋が居る時もそう。樺恋は最初こそ嫌がっていたが、日を重ねるに連れて大きく手を振るようになった。


 それは他のメンバーにも浸透していく。


「アノ子、手振ってクレタヨ!」

「前に比べて表情も柔らかくなってわ」


 仙台の街の中へ繰り出したネリーと祈も、バス停からの帰り道で姿を見た時嬉しそうに話す。

 

 神霊庁の繁忙期――年末年始をいよいよを迎えようとしている今、動いたほうがいい。

 その日の夕食後、樺恋と沖田、それから学を部屋へ呼び出した。


「樺恋。大事な事をお願いしてもいいか」

「な、何……?」


 怒られる前のような怖がり方。いくらじゃじゃ馬でもまだ9歳だ。改まられるとこうなるのも無理はない。


「アパートの子と話をして欲しいんだ。母親がコンビニに行く時を見て、俺が言う事を伝えて欲しい」

「おうちに入るってこと?」

「いや、扉の前に立って話しかけてくれたらいい。樺恋にしかできないんだ。頼めるか」


 樺恋はわかりやすく戸惑う。どうしよう、自分に出来るかな。そう言いたげな視線。


「あの子はどんな子なの? それがわかんないと……怖いわ」

「土方」


 不安気な樺恋を膝に乗せた沖田が、伝えるべきだと目配せしてきた。子供に聞かせるのは酷だが、知る権利はある。


 ここは9歳の永倉樺恋ではなく、新撰組の永倉樺恋として話をするべきだろう。


「沖田と学に過去に戻ってもらった。これは晴太達には内緒だぞ。俺達だけの秘密。必ず守れ。これは副長命令だ」

「うん」


 樺恋は目を合わせてくれない。


「守が言うと圧やべぇな。怖」

「アタシも思った。樺恋もビビってるし、学さんが話したら?」

「悪かったな!」


 いつも通りに話してるだけだろうが。


 しかし、樺恋を萎縮させてるなら問題だ。学は話しても軽口に聞こえるが、今はそれが強みになる。樺恋も学からの方が聞きやすいかもしれない。


 なぜ過去に戻ったかを説明するべく、学は樺恋と向き合った。


「あんな、あの子はお母さんにいじめられてんだよ。叩いたりとかじゃねぇ。ご飯が食べられなかったり、ちゃんと服を着せてもらえなかったり、嫌な事をさせられたりしてるんだ。樺恋は宇吉にそんなことされたこと、ないよな?」

「宇吉はそんなことしないわ。ご飯だって食べきれないくらい作ってくれるもん」

「そ。でもな、それが当たり前じゃない子が、世の中には何人もいるんだ。樺恋が見つけた子はその1人。だから学校にも来てないし、外にも出てこない。おれ達は、その子を助けてあげたいんだ。ここまでオッケ?」

「うん」


 学はわかりやすいように樺恋へ伝える。


 さらに詳細を言えば、あの母親は「井上」と言い、望まない妊娠を境に堕ちていった人間だとわかった。

 昔は体型も普通で、高学歴でなんでもこなすいい子。典型的な例かもしれないが、ホストにハマって貢ぎ癖がつき、何もかも失いかけた時に「あの子」が出来た。


 男に溺れる娘を、親は恥じるべきものだとしてボロアパートに閉じ込める。金は渡すが関与はしない。

 いい子で扱いにくければ、切る。よくある話だが、樺恋にそれはわかるまい。そこまでは話さないが、沖田と学が過去へ行ってかき集めた情報だ。

 知ってしまった責任は取らざる得ない。


 正直、あの子供は出生届が出てるかさえ怪しい。


「だからな、樺恋には"外に出たいか?"って聞いて欲しいんだよ。兄ちゃん達も近くにいるから大丈夫。出来るか?」


 樺恋は即答せず、沖田を見た。眉をひそめて、えっと、と漏らす。


「もし、その子が外に出たいって言ったらどうするの? あたし達と住むの?」

「それは本人に聞かないとわかんないさ。行きたいって言えば、連れて来る」

「……宇吉と出ていけって言ったりしない?」


 予想外の反応だ。もしあの子が一緒に住むなら、可哀想な方が選ばれるでしょう、と泣き出した。


 子供は1人いればいいという考えがあるのかもしれない。何を心配しているんだと思ったが、過去に沖田に言われた事を思い出す。

 

 あれは小学生の頃だ。クラスメイトに放課後遊びに誘われたから一緒に帰れないと沖田へ言うと、今の樺恋と同じような顔でこう言った。


『他の子と遊ぶから、もう一緒にいてくれない?』


 あの時と同じか。樺恋もまた、自分の拠り所を誰かに取られてしまうと不安なのだ。


「いらん心配するな。あの子が来たって、永倉は樺恋しかいないんだ」


 樺恋の頭をぽんと撫でる。沖田が後ろから抱きしめて、学が手を握り、お兄ちゃん面をする。

 樺恋はホッとしたのか鼻水を啜り、声を震わせながら学の手を握り返した。


「わかった。お話する」


 涙を拭った樺恋の目は勇気が満ちていた。迷わない。それは樺恋自身の言葉で表現される。


「今度は、あたしが助ける番なんだ」


 うちの9歳は随分頼もしいじゃないか。

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