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59勝手目 通学路の幽霊(2)


 洋はちゃんと送ってくれた。


 途中まで守も一緒だったけど、それはそれで嬉しかったわ。

 2人ともあたしの手を繋いでくれたんだもん。あんまり嬉しかったから、口が渇くまでたくさん話しちゃった。

 

 それでね、なんとなく覚えてるような、覚えてないような記憶が頭にふわふわって浮かんできた。

 パパちとママちが居た時もこんな感じだったなって。いつ、どこへ行った時の事? って聞かれたら忘れちゃったけど。


 お昼になっても、手には握ってくれた時の感じが残ってる。


 帰りも2人が迎えに来てくれるのかな。

 学校が終わるまで、何度も何度も時計を見る。終わりの鐘が鳴って、さようならを合図に教室を飛び出すの。


 靴は踵を潰したまま履く。門の前には洋が居る。あたしのことを見つけたら手を大きく振ってくれる。帰るってだけなのに、ドキドキして嬉しいの!


「洋!」

「おかえり。ちゃんと来てやったぞ」


 思わず洋の体に飛び込んだ。洋はちょっとよろけたけど、あたしのことをキャッチしてくれる。

 そして手を繋いで、帰ろうって手を繋ぐ。


「帰りは守、いないの?」

「まだ帰って来ないよ。土方がよかったのか?」

「洋と守がよかったの! パパちとママちと手繋いでるの思い出してね、今日1日ご機嫌だったのよ! だから、帰りも洋と守がいいなぁって思ったの!」


 洋が歩くのをやめた。体ががくっと引っ張られるようになって、ちょっとびっくり。

 

「洋?」


 気のせいかな。洋のほっぺがちょっと赤い気がする。夕日のせいかな。洋の肌はお豆腐みたいに白いから、赤が入ると綺麗だわ。


「そうか、樺恋は親が恋しいのか。まだまだおこちゃまだ」

「恋しいんじゃなくてぇ! 思い出しただけぇ!」

「パパぁ、ママぁって半べそかいたんだろ?」

「泣いてない! あたしは子供じゃないのぉ! 祈に洋にいじめられたって言ってやるんだから!」

「やめろ! まったく、誰のために迎えに来たと思ってんだ! ……あ、そうだ。朝聞き忘れたけど、アパートってアレか?」


 洋が指差すボロアパート。風吹いたら飛んじゃいそうなアレ。古いし、汚いし、前を通るのも嫌なのに。嫌なことを思い出してヤな感じ。

 

「そうよ。1番はじっこの部屋。あそこからボサボサの女の子が見てくるの」

「んー?」


 お化け屋敷は言い過ぎかもしれない。だけどね、そのくらい嫌な場所なの。なのに洋はあたしの手を離して、スーッとアパートの周りを見に行っちゃう。


 夕方で薄暗くなってきてるのに、1人にしないでよ。洋の腕をがっちり掴んで怖さに耐える。体も嫌だって言ってるもん。


「普通のアパートじゃん。窓のとこにも誰もいないし」

「今日はいないだけかも」

「まだ1日目だしな。確かにちょっと不気味かも。お子ちゃまには怖いな」

「お子ちゃまは余計!」


 今日は何もなかった。あたしの気のせいなのかな。


 事実、次の日も次の日もあの子は居なかった。

 晴太が幽霊はいないって言うし、あたしの気のせいかな。怖いって気持ちが作った幻?


 でも、まだ怖いって言っておこうかな。そうすれば洋と誰かが迎えに来てくれるんだもん。


「洋さんとボクで挟んだら、樺恋ちゃんもボクらと同じ顔になるねぇ」

「洋斗と同じ顔やだ!」

「あはは、眉毛太いから嫌がられてやんの」


 洋と洋斗の時は、ちょっとフクザツだけど。



 12月に入ると晴太がソワソワし出す。年末年始が来るから忙しいと毎日神霊庁の仕事へ出かけて行く。


 年越しと言えば神社仏閣。年初めと言えば神社仏閣。


 そうなれば神霊庁は繁忙期となる。祈、学を初めとした新米神霊庁職員も例外ではない。

 各支部へ出向き、参拝客や観光客の押し寄せる各所への手伝いに行かされるらしい。


 無論、俺もカウントされている。卒論だ、バイトだ、禁忌だ、そして神霊庁の仕事だって?

 体が壊れる。頭も体も常にフル回転。飯を食う暇さえ惜しい。


 あれもこれも自分で望んだことだが、現実は甘くない。年明けまで、もしや卒業まではずっとこうなのか?


 卒業の進路はもう決まっている。神霊庁もとい新撰組にいること。だが、沖田の呪いが解けた時のことを考えて、翻訳家の目標は叶えるべきだろうか。


 で、呪いが解けて、目標を叶えたとしてその先は? 沖田は俺と一緒に居るのか?

 結局、京都での一見は酔っ払いの戯言と片付けられて返事もないのに?


 ダメだ、同じことを1日に何度も考えてしまう。集中しろ。沖田抜きの人生だってあるかもしれないんだ。

 

 本日何本目かもわからないエナジードリンクのプルタブを開ける。一気に体に流し込めば徹夜に挑む準備は完了だ。

 

 キーボードを叩く音が部屋の壁に溶ける。卒論を終わらせなければ。その一心で画面に喰らいつく。

 しばらく夢中になっていると、突然集中力を切らされる。首にヒヤッと電気の走るような刺激が声を出させた。


 俺しか居ないはずの部屋に何が!? 慌てて振り返ると、いつものレモンサイダーの缶を持った沖田だ。


「なんだよ! ノックしろ!」

「したよ? でも気づかなかったから。鍵も開いてたし、入ってどうぞってことだろ?」

「締め忘れだ」


 パソコンを覗き込み「留年回避?」と揶揄われる。最近ではお決まりの文句にも突っ込む気力がなく、沖田の手から缶を奪った。

 少し強めの炭酸が喉に走り、それが眠気覚ましに丁度いい。


「土方、明日全休なんだろ?」

「そうだけど。やること多いから暇じゃないぞ」

「1時間もダメ?」

「飯や風呂の時間も惜しいんだ」

「どうしても?」


 やけにしつこいな。ワガママではなくお伺い。いつもと雰囲気が違う。休憩がてら話くらい聞いてやることにする。


 沖田はまたベッドの縁に座り、足を組む。


「樺恋の通学路が怖いって話あったろ? アレ、なんだかわかった」

「あぁ……そういえばあったな。なんだ」

「アパートの角部屋に子供がいる。しかも相馬よりガリガリのな」

「痩せこけているってことか?」


 沖田は頷く。この数日間、樺恋を送った後にアパートを張っていたという。面倒くさいとだらけているのかと思ったら、案外真面目に樺恋の恐怖に向き合ってやってるらしい。


 そして、まともな教育を受けていないような子供が居るとわかった。親は恐らく母親のみ。母親は派手というわけではなく、むしろ真逆、とても働いているようには見えない体型だったという。


 樺恋が怯えるのも無理はないかもな、と沖田は言った。


「それで、樺恋には言ったのか?」

「言ってない。迷ってるから」

「何を」

「あることそのまま樺恋に言ってどうすんだよ。知った責任があるだろ」


 責任で全てを察した。知ってしまった以上、その子供をなんとかしてやらなきゃならないと思っているのだろう。


 だが、俺達が出来ることなんて限られている。児童相談所に連絡するか、警察に相談するか。他人の家庭事情の深さは計り知れない。


 何か理由があるのかもしれないが、安易に通報なんてしたら生活に支障が出るかもしれない。

 

 知った責任を感じるのは正しい感情。だけど簡単に踏み込んではいけない。

 沖田に伝えると、不満そうに口を尖らせた。


「だから迷ってるって言ってんじゃん。明日一緒に来てよ。アタシで判断出来ないから、土方が決めて」

「だから俺は忙しいんだ。そっとしておけ」

「じゃあ、もしもアタシがその子みたいだったら、土方はどうしてくれてたの?」

「それは……親に相談したさ」

「それと一緒じゃん」


 ぐうの音も出ない。沖田に置き換えればわかる。俺はすぐ行動したろうさ。

 沖田の強引な説得に負けた俺は、確認したらすぐ帰ると言って明日の送り迎えに同行することにした。


「なんで忙しい俺に頼むんだか。まあ皆忙しいんだが、洋斗なんて本庁出禁のせいで仕事が軽くなるって言ってるぞ。兄貴なんだから、少しは頼れ」

「だって……」


 沖田はすくりと立ち上がり、椅子に座る俺を見下ろす。


 冬仕様になった寝巻きはダサくない。

 新見から貰ったという、もこもこと柔らかそうなボーダーのルームウェアを着た沖田に異性を感じる。

 まともな服を着るな。ダサいままでいろ。そう思うのは、悪い虫除けのためか。それとも、自制か。


 沖田は俺の心内など知らずに、少し照れくさそうに、だがいつも通りの口調で扉に手をかけた。


「樺恋が、アタシと土方と手を繋ぐと親を思い出すって、嬉しそうにしてたから」

「なんだそれ」


 また意味のわからんことを。あのじゃじゃ馬ツインテールはおかしなことばかり言う。


 沖田は「ちゃんと寝ろよな」と言い、部屋を後にした。

 

 徹夜後は小学校まで荷が重い散歩か。憂鬱な気持ちでパソコンへ向き直る。


 手を繋ぐと親を思い出す、か。本人には言っていないが、樺恋の親もまあまあ身勝手で酷かったらしいがな。


 それに俺と沖田と手を繋ぐと思い出すってなんだよ。

 しかも3人でって――。


「家族みたいってことか……?」


 沖田の照れの意味がわかった気がする。樺恋が俺達と手を繋いだことで親を感じたなら、つまりそれは、俺が父親で沖田が母親って意味だ。


 それであんな顔を? 沖田は好きだのなんだのと言われるのは動じないくせに、夫婦だの親子だのには照れるのかよ。


 散々"家族みたい"とは言われてきたが、兄弟という意味合いが強かっただけに、少し新鮮な気持ちはある。


 じゃあなんだ、あの照れは"異性"として意識したったことでいいのか?


 いやいや、都合の良い自己解釈だ。一喜一憂しないでやるべきことをやらねば。


 だが、パソコンの文章を目で追っても内容が頭に入って来ない。


「集中出来ん……」


 かけていたブルーライトカットメガネを雑に置き、ベッドに見を投げる。枕に顔を埋めて思考停止。


 こんなに忙しいっていうのに、沖田は構わず俺を振り回してくる。

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