59勝手目 通学路の幽霊(1)
洋達が青森に行っている間、あたしは小学校へ行く。
宇吉がついてくるとうるさかったけど、あんな大きい声で「樺恋様」なんて呼ばれたら、変に思われちゃうわ。
永倉樺恋、9歳。新撰組に入ってまだちょっと。だけど、洋と洋斗へのありがとうはずっとずっと前から持ってるの。
パパちとママちが死んじゃってから、宇吉と2人で居た。親戚の人もいたけど、パパちがあんまり好かれてなくて、あたしも嫌がられてる気がしたな。
でも全然寂しくないわ。強がりじゃない。パパちとママちが居ない寂しいはあるけど、小さい時のことだから覚えてないもん。
なんであたしにはパパちとママちが居ないのかな、みたいな寂しさね。
でもそれだって、洋達に会いたいって気持ちが掻き消してくれた。
日本中を使った隠れんぼ。洋達を探すのに色んなところへ行って、いろんなことを学んだ。
洋に会えば、全部ぎゅーってしてもらおうって決めてたんだもん。
それがやっと叶った。夜も一緒に寝てくれるし、お風呂も入ってくれる。毎日楽しくて仕方がない。
だから洋が居ないとつまんない。
みんな仕事で遊んでくれないし、宇吉も飽きたし。洋斗とネリーは夜中までパソコンと睨めっこしてるみたいだし。
秀喜は優しくないし。学は部屋に行ったら、ズボン履いてなかったから近づいちゃダメって祈に言われたし。
文人を京都から呼ぼうとしたけど、さすがに早いって宇吉に言われちゃうし。
会いたい洋も、優しい晴太も、勉強を教えてくれる守も居ないんだもん。
早く帰って来ないかなぁって、小石を蹴りながら帰るの。
屯所に着くまで何蹴りかしら。より少ない数にするには思いっきり蹴らなきゃ。
足を勢いよく前に蹴り上げたら、小石がポーンと飛んじゃう。そしてどさっと音がしたところをみると、古いアパートの中に入っちゃった。
「終わっちゃった」
せっかくここまで蹴って来たのに。はぁとため息が出ちゃう。ふと空を見上げたら、誰かに見られているような気がした。
目を動かしたら、アパートの2階に髪の長い女の子があたしを見てる。すすきみたいにボサボサで汚いって思っちゃった。お風呂入ってないの?
「誰ぇ……?」
何見てんのよ。目を細めて見返したら、カーテンをシャッと閉めていなくなっちゃった。
「変なの」
知らない人に見られるって嫌な気分。嫌と怖いが混ざり合って、自然と走り出しちゃう。
だけどその嫌はその日からずっと続く。
朝も帰りも、その子はずっとあたしを見てる。カーテンの隙間から、ジーッとね!
宇吉と一緒に歩いている時は出てこない。あたしが一人で歩いている時だけ。だから「気のせいでは?」なんて言われちゃう。
学校の子に聞いても、アパートにいる子なんか知らないと不思議そうにされるし。
あたしが嘘つきみたいじゃんって言えば、じゃあ幽霊じゃない? なんて脅かされて。
「絶対あのアパートに誰かいるの! 晴太来てぇ!」
「帰って来たばっかりなんだけどな……」
霊が見える晴太を引っ張って、通学路にあるアパートへ連れて行く。本当に幽霊だったら怖いし、幽霊じゃなくても怖いし、晴太ならなんとかしてくれるもん。
青森のお土産より幽霊退治が先なんだから!
「ほらあそこ! なんかいないの!?」
ボロアパートの2階を指差した。晴太は部屋を見てくれるけど、普通の顔。
「……何も、感じないけど」
「嘘よ! だって毎日毎日あたしのこと見てる女の子が居るんだもん! ちゃんと見なさいよ!」
「そう言われても、霊の気配も何も感じないんだ。生きてる人しかいないよ? 樺恋ちゃんが通る時間帯に、たまたまその子が見ていただけじゃないかな」
「ちぃがぁうぅ! 宇吉とかと通る時はいないのに、あたしだけの時は見てくるのぉ!」
「うーん……参ったな」
どうしようもできないの? あたしは毎日、ここを通るたびにあのボサボサ頭に見られなきゃいけないの?
晴太になんとかしてと強くお願いしたら、コンポン的な解決とはいかないけど……と、ごまかす方法を教えてくれた。
それは晴太から"解決出来る人"にお願いしてくれるみたい。いつかなぁ、まだかなぁと待ってたら、お夕飯の時に晴太がついに言ってくれた。
「アタシが樺恋の送り迎え!? なんでぇ!?」
「今説明されたでしょうが! 樺恋が怖いって言ってるんだから、助けてあげなさいよ」
洋に登下校の送り迎えをお願いする!
これが晴太の考えたらタイオー策。洋は朝が早いから嫌だって頬っぺた膨らましてる。
でも洋が送ってくれて、迎えに来てくれるなら、すっごく嬉しいもん。
「朝起きられないなんて。あたしでも出来るのに、洋っておこちゃまなのね」
いつも洋に言われてることを言い返してあげた。守がにやにやって笑う。
「沖田、言われてんぞ」
「いつもアタシが言ってること真似しやがって……そうだ、朝は土方に任せよう! どうせ学校行くんだしさ、留年防止、樺恋も安心、アタシも寝れる。最高じゃん? これで行こうぜ」
守は「別に構わないが」って言ってくれた。だけど洋がいいんだもん。でもそんなこと言ったら怒られるかな。守が嫌なんじゃなくて、洋がいいだけなんだけどな。
「何すんだよ!」
下を向いてたら、洋が焦ったような声で立ち上がってた。目の前に座ってた祈が、洋のご飯を取り上げてたの。
今日は晴太が青森のお土産で買って来てくれた、ねぎとろ丼。皆美味しいって食べてるから可哀想。祈は怒らせると怖いもんね。
「神霊庁の仕事もない、家事もしない、朝は起きて来ない。ほぼニートじゃない! 樺恋の送り迎えくらいやんなさいよね! やるって言うまでご飯抜き! 晴太、秀喜、夜中にお腹空いたって言われても甘やかしちゃダメよ!」
「わかった! わかったってばぁ……明日から早起きして送り迎えする!」
祈が何度も本当に? と確認する。洋は本当にと首を縦に振って、丼を返して欲しそうに手を伸ばしてる。
お願いしたあたしが思うのもおかしいけど、洋が起きれるとは思えないわ。
だからね、祈が安心出来るように大人なあたしは気を使うの!
「ダイジョーブよ! あたしが洋を起こしたげるから!」
――次の朝、6時をちょっと過ぎた頃。洋の部屋の扉をノックしても返事がない。もしかしたら秀喜の部屋かも。
洋は秀喜の部屋にある大きなビーズクッションが大好きだもんね。
秀喜は優しくないし、ツンツンしてくる。
やり返すなら今。
洋を起こすんだもの、しょうがないわ。絶対起きて欲しいから、太鼓の音楽ゲームの鬼連打みたいに叩いちゃえ。
そしたらすごい勢いで扉が開いた。まだ起きたばっかりの顔して、ここの大人はあたしより遅起きなのね。
「うるさいんですけど!?」
「あぁ、ごめぇん。洋のこと起こしたくてぇ、気合い入っちゃったぁ?」
「クソガキ……!」
秀喜なんかムシムシ! 部屋の中に入ったら、やっぱり洋が寝てる。クッションの上で丸まって、猫みたい。
「洋、起きて! 学校連れてって!」
体を揺さぶっても、お尻を叩いても起きない。昨日祈と約束したのに、またご飯抜きになっちゃうわ。
宇吉に聞いておいた起こし方をいろいろ試してみる。そしたら腕を組んであたしを見下ろした秀喜が鼻で笑った。
「時間になったらオレが起こしますから。はいはい、出て行って」
両肩を掴まれて強い力で押してくる。足に力を入れて踏ん張っても、大人には勝てない。
「あたしが起こすって言ったの! 秀喜なんかじゃ起きないもん! 意地悪な起こし方しか出来なさそう!」
「心配しなくても優しく起こすんで。お嬢さんみたいに体を叩いたりしませんよ」
「なっ……! じゃあどうやって起こすの!? 教えてくれたら出てく!」
秀喜の部屋の扉の縁に手足をつけて、閉められないようにしてやった。諦めた秀喜はでっかいため息を嫌ぁな感じに吐いて「見たら出て行ってくださいよ」って睨んだ。
こんなに騒いでも起きない洋も悪いもん。秀喜が洋の顔に近づいた。
洋のいびきがぴたりと止まる。
これ、これこれこれ、これって――!
「秀喜が洋にちゅーしたァア!」
体が熱くなっちゃう。見ちゃいけないものを見ちゃった。怒られちゃうかもしれない。祈に怒られてるあたしが頭に浮かぶ。
だけどそんな事考えてる間も無く、守と晴太が部屋にドタドタ入って来る。
「セクハラだから普通に通報しますね。世間的に不同意はNGなんで。自分で言ってましたもんね? ね?」
晴太、寝起きなのにすごい早口……。
「やっぱり伊東は裏切り者なんだな。腹を切れとは言わん、剃髪しろ」
守は口の周りが泡だらけ。
「子供に大人の起こし方を見せただけですよ。物騒な人達ですね」
晴太は携帯を触って、守は手に持ってた髭剃りを秀喜に投げるように渡した。秀喜は別にって感じでなんでもなさそうだし。
2人が言ってることは難しいけど、秀喜が怒られてるのはわかる。叫ばない方が良かったかも。
そしたら、やっと洋が目を覚ましたの。勢いよくガバッと起き上がったら、寝癖がすんごい!
「うるっさいなぁ! 何時だと思ってんだ! まだ寝てる時間だろうが! 土方はさっさと学校行け! 留年すんぞ!」
言いたいことを言ってまた寝ちゃう。
だけど守が布団を剥がして、洋の体を持ち上げた。そのまま廊下にコロンと転がされ、半袖を着ていた洋は木で出来た廊下が冷たくて飛び上がる。
「冷たッ! 何すんだよ!」
「樺恋が起こしに来てるぞ。早く支度しろ」
守はそれだけ言って、泡を付けたまま皆が集まる奥間へ行っちゃった。洋が起きてくれたのはいいけど、守は嫌そうな顔してたわ。
秀喜のせいかな、あたしのせいかな。うるさくし過ぎたかもって、ちょっぴり反省する。
「今日の土方は素っ気ないな。腹でも痛いのか?」
「洋ってワルイオンナってヤツだよね」
「起きたばっかなのに……てか寒ッ! 伊東の部屋が暑いだけか? でもビーズクッションがあるからなぁ……」
洋はあくびをしながら自分の部屋に戻って、やっといつもの服装に着替えてくれた。
ビーズクッションくらい、買えばいいのに。




