58勝手目 これは、青春だ。
◇
翌朝は晴太がバタバタとしていた。部屋にある荷物を段ボールに詰め、もう帰ってこなくてもいいようにするというのだ。
「ババ寂しがるよ? アタシのせいだけど」
「いいんだ。僕とおばあちゃんが合わないって気付いたんだからね。洋のせいじゃないよ」
晴太は意見を変えない。沖田は無表情に見えたが、きっと内心は荒れているんだろう。また自分のせいで……そう思っていてもおかしくない。
「沖田。晴太が決めたことだぞ。それを否定する権利は俺達にない」
「そうだけどさ」
その場に立ち、ずっと荷物を片付ける様子を見つめていた。写真には手をつけず、数少ない服や本を詰めていく。
沖田は飽きたのか、下へと降りていき、相馬や武田と挨拶を交わす声が聞こえて来た。
「本当に洋のせいじゃないよ。僕はおばあちゃんが許せなくなっただけ。昔から思ってたんだけどさ、お母さんにも当たりが強いし、女は下であるべきだ……みたいな空気は感じてたんだよね」
「多様性を重視してるとか言ってなかったか?」
「それはイタコに関してだけ。僕の都合のいい解釈だったよ。時代的に仕方ないのかもだけど。洋の事を嫌うなら、僕もおばあちゃんが嫌いだ」
一見子どもの反抗期にも感じるが、これは本心だろう。俺は晴太の気持ちを尊重する。
だから段ボールを送るための手続きも手伝う。それが幼馴染、仲間、そして親友としての役目だ。
車へ荷物を積み込み、家へ戻ると沖田と晴太の祖母が口論している声が家中に響いていた。
「寂しいなら寂しいって言えよ! なんで嘘つくんだよ!」
「あんだには関係ねえべ」
「晴太くんがもう帰って来ないかもしれないんだぞ! アタシのせいなのはわかってる。だけど引き止めるくらいしてやれよ! 晴太くんは優しいからわかってくれるって!」
声はリビングからだ。晴太は入ろうともしない。ただ聞いているだけ。沖田の必死の説得は、晴太や祖母にどう響いているのだろう。
俺には、過去の自分への叱責にも聞こえる。聡さんや葵さんに、行かないでと言えたら変わっていたかもしれない。だから後悔してほしく無い、と。
助け舟を出すように相馬と武田も説得し始めた。家族と別れる。それが門出でなければ、身を割くような辛い経験になるんだ。
晴太はなかなか折れない祖母に痺れを切らしたのか、リビングに足を入れた。
「洋、行こう。おばあちゃんは大丈夫だから。連絡はするから心配しないで」
「でもさぁ!」
「神霊庁の仕事で青森には来なきゃならないんだしさ。恐山だって例外じゃ無い。永遠の別れじゃないよ。ね、だから屯所に帰ろう」
晴太は優しく、ごねる小さな子供をあやすように沖田を宥める。これで納得出来ないのだが、沖田は自分の荷物を持って俺の後ろに隠れた。
「それじゃ、また連絡するから」
晴太の挨拶にも祖母から返事はない。それでも各々挨拶してから踵を回し、靴を履く。
俯く沖田へ相馬は「朝ごはん食べたら元気出るよ」と、グルメサイトの写真を見せている。沖田は美味しそうと言って、画面に釘付けになった。こういう時、持ち前の切り替えの速さが役に立つもんだ。
見方によっては軽く見えるかもしれんがな。
晴太は最後の荷物として、シューズクロークから靴を持ち出す。最後一足に手をかけたところで、晴太の祖母がそろりと顔を出した。
「晴太」
「何?」
顔も見ずに返事をする。普段は礼儀正しくて優しい晴太も、怒りが勝ればそっけなくなるのか。
「私はあの子の事は好きになれね。せっかく育てたイタコの後継者を台無しにされたんだ。その恨みは消えない。んだけど、悪い子でないのはわかった。嫁にしてもいい」
嫁。嫁? 何だ、そんな話までしていたのか?
裏切られた気持ちになって胃液が込み上げて来た。
いや、俺の親も孫だのなんだの言ってたわ。
それと同じか。焦る事はない。沖田にも嫁になるような素振りはなかったんだし。最近自分に余裕が無さ過ぎて暴走気味だ。
しかし、晴太は祖母に沖田を受け入れられてもらえないと悩んでいたから良かった。
好きではないけど拒絶はしないなら、ほぼ認められたようなもんだしな。
晴太の中の突っかかりが一つ減る。それは喜ばしい事だ。なのに晴太の顔の曇りは取れない。
「そりゃ洋が奥さんになってくれたら嬉しいけど、僕はまだ望んでないよ」
体を向き直し、顔を見ているのがわかる。その背中は昨日とは違い、さらに頼もしくなった。
「新撰組《僕ら》がちゃんと居場所にならなきゃ。呪われても疎まれても、洋の呪いが解けても、洋が安心してワガママ言える場所にするのが局長《僕》の役目。おばあちゃんには自己犠牲に見えるだろうけど、僕は今、絶賛青春中なんだからね?」
全てを理由を沖田だけにしない。自己犠牲ではなく、望んだ事。晴太だけでなく新撰組全員に言える事だろう。
沖田を助けたい。だけど自分も救われたい。そんな奴らが集まった、弱い集団なんだ。
その組織の長も弱い部分があるから、俺達も安心して弱く居られる。それが強さで、結束だ。
「だからしばらく帰らないよ。絶縁なんてしないからね。《《先輩》》」
晴太は身内ではなく、イタコの先輩として祖母へ声をかけた。
扉を閉じていく中で見えた、緩んだ口角。
孫を取られた。後継者を取られた。だけどそんな孫が楽しそうで、力をなくしたはずの後輩が成長している。
だから笑っていたのだろう。
さて帰ろうか。そう言ってしまえば寂しくなるのは確実。それを察した晴太はすぐに青春の提案をする。
「このまま帰るのはもったいないね。段ボール郵送したら、大間にマグロでも食べにいく?」
「えぇやん。ここまで来たらちゃんと観光せんで帰るのはもったいないもんなぁ。京都にはまだ帰りたないし」
相馬もノリノリ。ガイドブックに付箋をびっしりつけて、下北半島を満喫する気満々だ。
「どうせなら恐山ちゃんと見たいっすけどね。ま、ここは近藤くんに任せますよ。あぁでも、沖田ちゃんはどこか行きたいとこないの?」
「北海道」
「沖田ちゃん? 正気で言ってるならヤバいよ?」
武田のツッコミにも沖田は「北海道」と言うだけ。
「大間からフェリーが出てるから行けるぞ! 地図で見たらすぐそこじゃんか! しかも函館だ! 函館と言えば土方歳三! なぁ土方、行きたいだろ!」
また無謀なワガママを。無理に決まってるのに、オタクの血が騒ぐと聞かん坊になる。
旅費のことも考えず、宮城で待っている人間のことも忘れている。
それに俺にだって予定……はないか。大学は休んでも平気……
そんなわけないだろ。
思い出したら血の気がサーッと引いた。一生に関わると言えば大袈裟だが、俺は大学生。
思い出す、重要と太文字で書かれた封筒。とてもじゃないが、沖田のワガママを叶えてやれる余裕がない。
「ダメだ! 帰るぞ! 俺が留年する!」
「留年? 土方はん大学生やったんか。そら大変やな」
「なんで留年危機になるまで学校行かなかったんだ? 武田ぁ、土方ってサボり魔なの?」
「あー……サボり魔ではないけど……」
誰のせいだと思ってんだ。武田も顔をかきながら、目を逸らし、沖田が原因ではと言いたげで。
沖田が悪いわけじゃない。俺が引きこもって、外に出られたら沖田を探していただけ。沖田がいないと生活に支障が出る俺が悪い。
「真面目に学校行けよ。土方らしくないぞ。アタシが監視に行ってやろうか?」
「か、唐揚げをたかりにくるだけだろ」
身長差のせいで上目遣いされるのが辛い。感情が爆発しまくってるおかげで、思わず手が伸びた。いかんいかん、理性が負ける!
「留年しないように見張りに行くって言ってんだろ! 唐揚げなら祈に作ってもらうもんね! バァカ!」
「沖田の日頃行いが良くないから誤解するんだぞ」
「守は酷いなぁ。洋は守のためを思ってるのに。ねぇ、洋」
「そうだ! 晴太くんの言うとおりだ! もっと言ってやれ!」
素直に受け取れず、沖田のワガママに振り回されるせいにしてしまう。晴太が一緒になって冷やかしてくるが、ポイント稼ぎみたいなものだろう。
「あぁ……やっぱり幼馴染ってえぇわ……喧嘩してんのも……しかも三角関係……あかん、萌えすぎて吐きそう」
「相馬さん!? ダメだ……この新撰組から抜けたすぎる……拗らせた人しかいない……!」
相馬が車の影で嗚咽を漏らし、武田は脱退したいと頭を抱える。
結局、今日中に帰りゃいいんだからと言われて下北半島をぐるりと一周しながら帰ることになった。
大間町から見えた北海道を見て晴太は言う。北海道に限らず、皆といろんなところへ行きたいねと。
「伊東って別荘とか持ってないのかな」
「腐るほどあるんちゃう?」
「話聞いてると、沖田ちゃんが伊東さんに別荘建ててって言えば建ててくれそうすけど」
「誕生日プレゼントに京友禅を贈る人だもんね」
呪いがあるからこそ集まれた。呪いがあるから寂しくない。皮肉だが、呪われた沖田は幸せそうに笑うんだ。
「んー、皆で野宿もありだな。なぁ、土方!」
「俺は嫌だ」
「ノリ悪。そんなんだから留年するんだよ」
「いじんな! 留年してないからな!?」
留年の危機だなんて、不名誉で嫌なんだ。だけどこんなことで盛り上がって笑ってしまうのが、青春だ。




