58勝手目 知らなきゃよかった(2)
「洋に滝行ばさせたのはもしもに賭けたのもあるが……気ってへるか、何か厄介なものば感じてな」
「それが洋の親だっていうの?」
晴太の問いに、とにかく聞けと手を小さく上げて意思表示をする。
「八十禍津日神と対話は出来なかった。まぁ当然。イタコは特定の神仏ば背負って一生ば共にする。ほの神の赦しがなければ、他の神に伺神すら出来ねぇ。だが……神の他にとてつもねぇ怨念ば感じた」
神の他ならば先祖だろう。まさか怨念を送る正体が親だっていうのか。しかも生みの親? 沖田はおろか洋斗すら面識がないんだぞ。
何を羨む必要があるんだよ。
話はまだ終わらない。質問したい気持ちを堪えた。
「昼間風呂に入った時、洋に気になる人物はいるかと聞いた。そうしたら育ての親が気になる……と。しかし怨念は違う人間のもの。では生みの親はと聞けば……興味がないと言うものの、感情に揺らぎがあるのを感じてな。するとゾワゾワっと怨念の気が強くなった。その時に確信した。この子は神だけでなく、親にも呪われているのだと……」
もう苦しい。晴太がイタコなんだから、この言葉は信じるべきなんだと思っている。
目に見えないものでも確かな事はある。だけど今は信じたくない。そんなの誰が信じるかと部屋を出たかった。
「洋の親を口寄せしたんだね……」
「した」
晴太が勝手なことしたねと棘のある言い方で返した。だが晴太の祖母は動じない。
そこに武田が正座から少し足を崩しながら問いかける。
「素人知識で申し訳ないんすけど。イタコって名前、生年月日とか知らないとダメなんじゃないんすか? 沖田ちゃんの生みの親って名前すらわかんないんすよね?」
「洋斗はんも知らん言うとったしなぁ」
晴太は「依頼者の縁」を辿ればわかることがあると言った。依頼された例で言えば、強い思いや繋がり、記憶の断片などが鍵となるらしい。
情報がなくても霊を呼べる。しかし、沖田は生みの親の事を知りたいと強く願っているようには見えない。口に出さないだけだろうか。
沖田のことだから、生みの親より育ての親の方に意識がいくはずだ。
つまり晴太の祖母が怨念の理由知りたさに勝手に呼んだということ。
滝行の決行は親の霊の攻撃性が高かかったため、力を封じるために行ったという。
一応意味はあったらしいが、せめて晴太に一言言って欲しかった。
俺の心を読んだかのように晴太も同じ事を言ってくれる。
「試したところでろくに話は出来なかった。あの子さえ出来なければと、母親が繰り返してあった事しかわがらんて。つまり、洋の親は洋の存在自体ば恨み嫌ってら。何が言いてぇかって」
晴太の祖母の目には照明の光がきらりと浮かぶ。
「洋の過去は探らねぇ方がいい。人の想いは負の感情が強ければ呪いとなる。今は神と先祖の呪いだして現実味がなぐて心が耐えれてでも、実の親となれば一瞬で心ば蝕む。知れば怨念が呪いに変わるかもしれねぇ。そいば伝えたかった」
情報が無さすぎる、しかし無条件に説得力のある忠告。沖田と洋斗のルーツを知ろうとするのを止めろと言うのだから。俺達がこれから実行しようとしていることとは真逆だ。
「出来れば晴太にも関わらんで欲しいが。厄介な娘だ。やはり嫁っこにはしたぐね」
ツンケンと沖田を嫌い、俺達にも話は終わりだと部屋を出て行くように手を払う。
苛立ちも不快感も少なからずある。しかし、あの態度は神霊庁の人間と同じ。
協力してくれる新撰組や新選組の人間らが稀なのだ。あまり驚く事じゃないが、過去を知らない方がいいと言われれば……そう言われるのがわからないわけではない。
晴太の部屋へ戻る途中、晴太は2階への階段へ足をかけたタイミングであのさと足止めしてきた。
「色々、ごめんよ。おばあちゃんは僕が青森を出るのにも反対してたからさ……育ててもらったのに力もなくして、怪我もして……洋が悪いって言って、すごい嫌ってるんだよね」
「話していればわかるさ。晴太の身内なんだから、その感情を抱いて当たり前だ。別に責めたりしないぞ」
「でも守のご両親は何も言ってこないじゃないか。伊東さんのお父さんだって……僕の家だけが洋を拒絶してる。それってすごい寂しいよ」
いつも沖田に婚姻届を突きつけて、誰よりも真っ直ぐ好意を伝えて来た晴太だ。
もし沖田が晴太の気持ちに応えても、身内が反対していれば望んだ関係の障壁になる。
まして、禁忌だ呪いだとやっていれば、その分風当たりの強さは倍増。家族と沖田の間で揺れる晴太は苦しくてたまらないだろう。
「伊東の家はともかく、俺の親は俺と沖田を育てて来たみたいなもんだと言っている。半分自分達の子供みたいなもんなんだよ。だから沖田も俺の家に甘えてるんだろ」
「……いいなぁ、最初から家族みたいで。それすら自慢に感じるや。あ。嫌な言い方しちゃったけど、僕は守の事も大切に思ってるからね? ただ……洋を家族に受け入れてもらえてていいなって話だからさ。ごめん、なんか醜いね。忘れて!」
晴太は足早に階段を上がる。確かに自慢だったかもしれない。マウントをとったかもしれない。
だけど俺にとって「家族みたいだね」は呪いの言葉だ。
家族以上にはなれない。
そう言われているような気がしてしまう。
だって、家族内で恋愛はしないだろう。一概には言えないが、そう言われる度、兄弟止まりなんだと落ち込むんだぞ。
無い物ねだりってやつだ。いつまでも階段下にいたら落ち込んでるのがバレる。
足音を立てぬように、しかし早く階段を登る。
晴太の部屋へ入ると、沖田が目を覚ましていた。黄色い目は暗闇でもライトのように綺麗に輝く。
「洋、起きてたの?」
「寒くて起きたら、2人いなかったんだもん。どこ行ってたの?」
眠たそうな声。それでも眠気を押し殺して起きているのか。
「守に昼間のこと怒られてたんだよ。まさか洋が寝てる横で大きい声出せないでしょ?」
晴太は堂々と嘘をついた。そして俺も合わせて共犯になる。沖田には知られないようにするのが、今の最適解だ。
沖田は睡魔に襲われながら訳のわからない言葉を並べる。おかげで会話が噛み合わない。
寝ぼけて何を言ってるんだと思わず笑うと、眠気に限界を感じながら願うように一言漏らす。
「ひとりにしないでよ」
沖田はそのまま、布団に倒れ込んで布団を雑に被って寝息を立てた。よっぽど疲れているのか、すぐに寝息はいびきに変わる。
「屯所でひとりになることなんてないもんね。洋の部屋には祈や樺恋ちゃんとか、誰かしらが遊びに来るみたいだし。そうでなくても、部屋の壁の扉を開ければ伊東さんが居る。少しの時間でも、ひとりになって寂しかったのかな」
晴太は沖田の掛け布団を直した。
俺達に置いて行かれたかもしれない。沖田はそう思ったのだろう。そんな訳ないと思っても、きっと過去のトラウマがそう思わせる。俺の記憶の中にも残っているんだ、本人にはもっと強烈な記憶だろう。
「夢見が悪くてそう思ったんじゃないか」
「かなぁ。にしても、洋ってよく寝るよね。新幹線の中でも寝てたし、昔からなの?」
「眠いとはよく言ってたな……今だにそうだが。晴太達に出会う前も、することがないから寝てたとか言っていたような」
「そっか……本当に寂しがりやなんだね」
よく寝ることイコール寂しがり屋の式がわからず、どういうことだと投げかけた。
「精神的苦痛から逃れるために過眠になる人っているじゃんか。鬱病とかの症状でよく聞かない? 自分の心を守るための自己防衛。洋はひとりにされるのが、よっぽど怖いのかもしれないよ」
親の話の後は余計にそう考えちゃう。沖田の頬を撫でながら、晴太は切なそうに言う。
さすがにそれは考えすぎかと思った。が、沖田の携帯を見てそうかもしれないと考えが変わる。
開かれたままのメッセージアプリのトーク画面。
祈宛になっていて、『起きてる?』『ちょっとだけ話そ』と既読がつかない状態で送られているのだ。
晴太の言う通り、1人にされて焦ったのかもしれない。だけど取り乱すような柄じゃない。
でも寂しい。だから祈に甘えたんだ。
こんな沖田に誰がした。顔も知れぬ沖田の親に対して、沸々と怒りが湧く。
「さっきの話だが……なんと言われても過去は調べる」
「そうだね。何もわからないままじゃ、呪いは解いてあげられないし」
「生みの親に関してはもう少し情報を集めてから沖田に話すか判断しよう。もちろん、洋斗にも相談してな」
「そうだね」
誰かに言われたからやめる。そんな事は出来ない。晴太も祖母から何か言われようとも、ここで身を引くつもりは無いとはっきり言ってくれた。
「いろいろ調べるのもそうなんだけど、その前に神霊庁職員としてやる事があるからね。それが落ち着いてからの方がいいかも」
「何だ?」
「ふふっ、それは内緒。守だけじゃないよ。はぁ、祈や学さん達の反応も楽しみだなぁ」
疎まれる集団でも神霊庁は有無を言わさず仕事を投げてくる。晴太もまた、今を苦しみながらも楽しんでいる1人だ。
誇れる力を失っても。傷だらけの体になろうとも、家族から沖田を否定されても。
それでもなお、新撰組を束ねようとしてくれる晴太は強くてかっこいい。
晴太が俺に沖田を取られるんじゃないかと不安になるように、俺も沖田がそんな晴太を異性として良いと思う日がくるのでは無い無い かと心配になるのだ。
沖田はワガママの使い方が下手だ。お前が寂しいのなんて、ずっと知ってるぞ。
布団に入り、真ん中でいびきをかいて寝ている沖田の手をそっと握った。




