58勝手目 知らなきゃよかった(1)
副長は沖田ちゃんを抱え泳ぎながら連れて戻って来た。
沖田ちゃんの意識はあるけど、歯をガタガタ鳴らして体を震わせる。
服を着てても寒いんだから、そりゃこうなるでしょ。
脱ぎ捨ててった上着を沖田ちゃんの上半身に掛け、自分も冷えているはずなのに一生懸命体を摩る。
少しでも体温を逃さないように包み込んで抱きしめる姿は"愛"だと思う。
副長が勢い余って「愛してる」って言ったの、理解できたよ。
「なにか、食べ物はないか」
「食べもん……あぁ! あるよ。アップルパイのスティック。駅で買ってたんが……ほら!」
相馬さんは副長に袋を開けてアップルパイを渡した。腹が減ってるわけじゃないだろうけど、なぜ今?
「沖田、口開けろ」
「いらないよ、食べたくない」
「ダメ。言うこと聞いて。寒さもマシになるから」
「食べると体内から熱作るもんねぇ。あと他にあったかいな……おしゃぶり昆布でもええ? あかん、空や。カスしかない」
相馬さんは食べ物がないかバックを漁る。
そんな知識がすぐ出てくるの、すごいと思うけど。自分なんか何をしていいかわからず、立ち尽くしているだけだし。だから幼馴染たちを見つめるしかなくて。
「沖田は目を離すとすぐ体を張るな」
そう言って少し嬉しそうな副長の顔は見逃さなかった。世話の焼ける沖田ちゃんが、たまらなく愛おしいんだろうな。
理解し難い我儘も身勝手も、副長には栄養なんだ。
で、近藤くんはというと。
自分がおばあちゃんの肩を持っていたことに、ようやく気がついたみたいだ。
イタコの修行の一部だから、何も特別なことじゃないって思ってるのかもね。
水のお祓いだってよく聞くし。マジで沖田ちゃんが呪われてるなら、試す価値はあったんだろうし。
「洋……」
近藤くんは副長越しに沖田ちゃんを呼んだ。か細い声で返事をしても、歯のカチカチとぶつかる音の方が大きくて届いてない。
修羅場の予感。もちろん逃げ場なんかないんで、ここに居るんすけど。
副長が沖田ちゃんを横抱きして立ち上がる。思わず、ヒューと冷やかしたくなるくらい王子様って感じですよ。彼の顔は穏やかだ。酷い仕打ちだって怒るかと思いきや、意外だな。
「確かに滝行なんてしてこなかったな。過去に戻るばっかりで、昔からある正当な解呪には目もくれてやらなかった」
「呪われたって言っていた人の呪いが解けたことがあるんだ……だから、僕は……悪気とかじゃなくて……ダメだ。何言っても言い訳だ!」
ごめん、と縋るように謝る近藤くん。
さっきあんなに喋っていたおばあちゃんはダンマリですか。
副長は近藤くんの名前を優しく呼ぶ。
「俺は晴太を責められない。だから、顔を上げろ」
「……責めれないって、なんでだい」
「禁忌を最初に提案したのは俺。沖田や晴太達に怪我を負わせてるのも俺。呪いを解こうと必死なのは同じだ。だから気負いすることはない。正しいがいつも正解とは限らないしな」
「だけど洋は……」
「沖田が晴太のこと悪く言うわけないだろ。新見だって許したんだぞ? ……体はあっためてやればいい。だから、仙台へ帰れないとか考えるなよ」
副長はそう言うと、自分に車を運転して欲しいと頼んできた。
そのあとに相馬さんへ集合場所を決めて欲しいと投げかけ、壊れ物を扱うように沖田ちゃんを抱く。
車に乗っても、後部座席に2人。車内が暖まってくると、沖田ちゃんは眠ってしまう。低体温症とかかもしれないのに、副長は何も言わずに頭を撫でている。
「……解けるわけないか」
期待をしたのに、残念だ。そんな感じのいい方。バックミラー越しに2人を見るのも申し訳なくて、少し位置をずらした。
――指定された場所は恐山。いよいよ来たか、大本命。
白装束姿の沖田ちゃんは場所に合っていると言えばそうだけど、濡れているから妙に色っぽくて視線を集めていた。
沖田ちゃんに気がなくても、顔が良くて白装束が肌にぴったりくっついて肌色が透けていたら反応しちゃうよね。
副長と近藤くんが傍にびったりついて、見せないようにはしてんすけど。
近藤くんのお婆さんへついていく。到着したのは……ボロ屋って言ったらぶっ飛ばされそうな小屋。調べたらちゃんとした"温泉"らしい。
ご丁寧に混浴まであって。まさか一緒に入れって言わないすよね。ずっと非現実的すぎて、アニメかなんかすか?
混浴と知れば、嫌でもぎこちないのが拗らせ男子の特徴で。
「沖田、1人で入れるか?」
「一緒に入りたいのか?」
「体調を心配してるんだよ」
「小さい時は散々一緒に入ったからな。揶揄ったんだよ。あぁ、寒い寒い」
「バカ! 年齢!」
幼馴染っぺぇ! 聞いてるこっちが恥ずかしいんすけど。と言いながら沖田ちゃんは女湯に入っていった。
副長は照れを隠すように男湯に入って行く。
「ボクらも入ろ。近藤はんも滝行のことはそんな落ち込むことないって。沖田はんかて、自分で望んだと言っとたやん?」
「そうだけど……」
何の事情も知らないと近藤くんが悪いように見えるんすけどね。ここらで首突っ込んでおくか。
「何か自分だけ色々わかってなくて。この際だから聞いてもいいすかね。相馬さんとも話したいですし」
「そうやね。ほらほら、ボクもさぶいぼ止まらんし!」
相馬さんが近藤くんを風呂場に押し込む。自分の善意が加害になった事を罪とする近藤くんには、丁度いい強引さかもね。
中に入るだけで暖かい。扉を開けば、通行人がいるっていうのが気になるけど。
湯船には幸せが張ってある。あったけぇと声が漏れるのは、肌寒さがいいスパイスになってるからだ。
で、こういうところに来て人の体見ちゃう悪い癖。副長は色白で眩しい。
相馬さんはご飯食べてんのって感じで、近藤くんは――。
「近藤くんの体、傷だらけじゃないすか」
「えっ。あ、うん……これは……」
擦り傷や切り傷、縫った後や痣が無数にある。てっきり細身なんだと思ってたら、意外と筋肉質だし。悪いかもしれないけど、ロマンを感じる。
でもそんな傷つくって、普段何してんすかね。
「沖田を守った証だ。俺にはないがな」
その厨二病発言。痛いなぁ。
「どゆことよ。さっきから呪いとか禁忌とか。いい年してって言いたいとこすけど。なんなんなすか?」
ここまでくると仲間外れにされているようで腹が立つ。思い切って聞けば、副長は挑戦的に笑う。
「聞いたら最後。新撰組入り確定だぞ?」
「新選組でもええよ? そしたら京都に来てくれるんやもんねぇ」
「何のことッ!?」
裸だってのに両方から肩を組まれて気色悪い。厨二病臭いのに気になって仕方がない呪いの正体。
星じゃなく"武田"になったがための運命だろうか。そうならば諦めよう。
星拓美、改めて、武田拓美。22歳。
親が離婚して苗字が変わり、就職先も進路も決められず、親の家業を継ごうと諦めていた矢先に起きた青天の霹靂。
自分も厨二病集団の仲間入りだ。
◇
その晩のこと――
むつ市の晴太の祖母の家を訪れる。武田に半強制の新撰組加入の了承も得たところで、昼間のことは嘘のように穏やかな夕食を取る。
沖田も晴太に対して普通で、寧ろ滝に打たれた事でコリが治ったと的外れな感謝をするほどだった。
晴太はそんな沖田のマイペースさに救われたのか、ごめんねを繰り返すものの、普通に接することが出来ている。
ほらな。晴太が思うよりずっと、沖田は嫌なことをされたなんて思っていないんだよ。
だから沖田は無邪気に"幼馴染3人で寝よう"なんて言えるんだ。
もちろん断る理由はない。
「寝た?」
「あぁ」
沖田が眠りに付いたのを確認すると、こそこそ晴太の部屋を抜ける。晴太の祖母が沖田以外に話したいことがあると言って部屋へ招いてきた。
部屋へ入ると既に相馬と武田が眠たそうに座っている。和風照明が雰囲気を出し、薄暗い中に大きな影が増えた。
揃ったのを確認すると、一気に空気が重くなる。
「おばあちゃん、話って何?」
孫の晴太の問いかけに、ごくりと喉を鳴らす。そして、迷いの混ざった自白のような語り口で一言。
「洋の親ば、降ろした」
「え……」
降ろす。それはつまり、「口寄せ」の力を使って沖田の親と話したと言うことだ。
それが生みの親なのか。育ての親なのか。
あまりに突然語られる、沖田の親の心情。
まるで自分事のように心臓が活発に動いた。
「それは、育ての親なのか……?」
この質問だけでも勇気がいる。怖い。だけど晴太の祖母は、いいやと俯く。
「産んだ親だ」
沖田も洋斗も知らない生みの親。誰も知らない、パンドラの箱だ。




