57勝手目 修行なんて聞いてない!(3)
「耐えた……」
朝日で目が覚めた。僕、頑張った。途中で理性が崩壊しかけて危なかったけど、ちゃんと耐えた。
耐えれたのは洋が僕を枕代わりにしてくれたからだ。腕枕とかロマンチックなのじゃない。寝相が悪くて上半身に頭を乗せて来てさ。
絶妙に苦しくて、そんな気が薄れていったというか。
それでも、朝から洋の寝顔を近くで拝めるのは嬉しい。隣に目を向けると、感じていた温もりは掛け布団だったみたいで洋の姿はない。
「あれ?」
扉は開かなかったはずだけど。起き上がってドアノブを回せばカチャと音がして、すんなり開いた。
やっぱりおばあちゃんじゃん。朝からイライラするなぁ。でもいい思いしたんでしょ? と言われたら、まぁそうなんだけど……。
「朝はだいよっか早く起きて部屋ば温め、朝ご飯ば準備しねとダメでしょ!」
部屋を出た瞬間からおばあちゃんの下北弁が聞こえてくる。
「まぁまぁ、お婆さん落ち着きましょ。沖田はんはこの家の人やないし、勝手がわからんて……」
「ほったらのは通用しね。やろうともしねのがダメなんだ」
また理不尽を……今度は相馬さんにまで。台所ではおばあちゃんと洋の間に入って仲を取り持とうとしてくれているんだ。
洋は眠いのかフラフラしながら、食器棚に持たれていた。
「眠すぎて話が入ってこない……ようは腹減ってブチギレてんのか? 朝飯なんか菓子パンでいいじゃん」
「なんだほの態度は!」
「んじゃ何。今から作りゃいいのか?」
お尻をしゃもじで叩く音が響く。聞くだけで痛くって、洋も言葉にならない声を喉からだして悶絶してる。
一発じゃ足りないのか、やけに攻撃的なおばあちゃんは再度しゃもじを振りかざす。それはご飯をよそう道具。躾の道具じゃない。
洋を庇うように割って入ると、おばあちゃんは動きを止めた。
「何やってんのさ! |洋のごどいずめねでってしゃべっちゅだべな《いじめないでって言ってるじゃん》!」
昂った感情が出す、津軽弁。むつ市は長いこと住んだけど、根は津軽人だ。
「晴太はいいがら。こいは修行の一貫なんだ」
「修行って何!? 一言しゃべってほしいだげなんでねの!? それがこった嫁いびりみだいなごど……! もう帰るはんで、こった扱いされるの見でらぃんねじゃ!」
洋は怒れないだけなんだ。本当は嫌な思いでいっぱいで、言い返したくてたまらないはず。
起きたばかりだけど帰ろう。相馬さんと洋の背中を押し、台所を出るように扉へ誘導する。
2人ともささっと動いたから、やっぱりストレスだったんだ。
「2人ともごめん」
「ええよ。しゃあない。孫を取られた思ってるんやろうから、寂しいんよ」
「寂しい……」
相馬さんの言葉に洋は動きを止めた。目線をゆっくり僕に合わせ、腕にそっと触れてくる。
まるで寂しいと甘えてくるように。
「アタシが呪われたから晴太くんが来てくれた。そのせいでババに寂しい思いをさせた。それはごめんなさいだ」
僕から離れ、おばあちゃんの前に立つ。しゃもじを構えられても動じず、「叩いて気が済むならそうして」とはっきり告げてしまうんだ。
そんなこと言ったら容赦なく叩いてくるよ。
「でもアタシも呪われたままは嫌だ。だから晴太くんは返さない。ていうかもう、アタシのものだから、さっさと孫離れしろ!」
「ほぉ」
「あー……? あ!? ア!?」
上ずる声が止まらない。
「近藤はん! 沖田はんの言うアタシのものは、"新撰組の全員"に通ずるものやと思うよ。期待せんほうがええ」
「あ、あぁ、そっか。そうですよね。1人で舞い上がっちゃった」
洋が特定の誰かを想うなんてないもんね。ましてや僕なわけない。相馬さんのおかげで妄想に耽らず済んだ。
でもおばあちゃんは違った。皺くちゃの目尻を釣り上げていたのに、今は足らんと曲線を描いてにまにましている。
「きな閉じ込めた甲斐があったなぁ。ひ孫ば見れる日も近いか」
「そんなわけないでしょ!」
「おぉん? 晴太のズボンのポッケにある封筒はなんだ? あいはそういう気でいたんだろ?」
「あれはっ、違くて! えっと……」
僕は学さんが一体なんなのか、呼び方につまづいた。友達、同僚、同居人? なんて細かいことに迷っているうちにおばあちゃんに肩を叩かれる。
「洋はずっと晴太ば相手にしねって聞いてたがらな、閉じ込めちまえば雰囲気がそうなると思ったんだ」
「本当に何もしてないからね!?」
お母さんが言ってたな……僕がお腹にいるってわかった途端、一時的に優しくなったって。それがコレぇ……?
「土方はんが居るのにええの!? あと伊東はんに殺されるから前言撤回して!? 沖田はん!」
「アタシはなんの話が全然わかってないんだけど……とりあえず、呪いがなくなるまでは晴太くん返さないからね」
「返品不可だ」
「なら最初から優しくしろよ! クソババ!」
しゃもじがビュン! と音を立てて僕らの横を切って行く。ナタじゃないだけマシだけど、やっぱりクソババアは地雷なんだ。
――それでもおばあちゃんは洋にご飯を作れと強制するんだ。洋は渋々冷蔵庫にあるもので朝食を作ってくれた。屯所じゃこんな姿は見ないし、僕に手伝ってと言ってくれる。
僕の故郷の台所に2人並んで料理するなんて、本当に奥さんになってくれたみたいだ。
「洋、一生大事にするね」
「一生って……晴太くんまで雰囲気に飲まれてんのか?」
「んぇ?」
すごい引っかかる言い方。けど、照れ隠しだと受け止めよう。
昨日の残りや朝食らしいおかずを並べて食事を取る。今朝はおばあちゃんの小言はなくなった。代わりにおかわりはすごいんだけど。
「食い過ぎだろ……てかアタシにばっかご飯よそわせんな!」
「あんた、呪いば解くのに何ばした」
「唐突だなぁ。何って、いろいろやったよ。今は過去に戻って、死んだ人の魂を助けてるけど。これやらないと寝られないからな」
洋に続いて僕が補足する。おばあちゃんはただ聞いているだけ。
きっとお清め、供物を捧げる、お祓いとかを考えていたのかもしれないけど。そんなの僕がとっくにやってる。
おばあちゃんより能がないからと言われたら、それまで。確かにイタコとしての力はどうしたって及ばない。
カランと茶碗に箸を置く音が傾聴しろの合図だ。おばあちゃんは手を組んで、「呪われてしまいました。なんていうのはよく来るがね」と口角を上げた。
「……あまり気は進まねぇが、ひとつやってもらうかね」
「うん……?」
僕ら3人はクエスチョンマークを浮かばせて、顔を見合わせた。
◇
「副長、黄色信号は"さっさと行け"って意味じゃないっすからね」
「わかってる!」
レンタカーを借りれたのはよかった。副長の運転は焦りが速度に反映されている。とにかく恐山へ行きたい。沖田ちゃんに会いたい気持ちがアクセルを踏む。
連絡がつかないのも相まって、余計に不安なんだろうな。
で、問題はどうやって会うかなんすけど。
「それなら伊東に聞けばいいんだ……アイツは沖田にGPSを付けてるからな」
「沖田ちゃんってやばい男にしか好かれてないんだね。可哀想になってきた」
「伊東はヤバいが役に立つ!」
使えるものは使う、それが副長の考え方。ハンズフリーで伊東さんに電話を掛ける。お会いしたことないけど、どんな人なんだろう。
今のところ、金持ちのストーカーってイメージしかないわ。めっちゃデブでふがふがいうタイプの御曹司? ま、これは完全に金持ちの息子っていうのに対しての偏見っすけど。
そしてスピーカーから「はい」と感情の無い声。
「悪い。沖田は今どこにいるのか教えてくれないか?」
『残念ですが、オレにも分かりませんよ。スマートウォッチは部屋に置きざりにされてますからね』
「持たせなかったのか?」
車内に舌打ちが響いた。え、伊東さんってこんな人なの? 態度悪ッ。
『晴太が外させたんでしょう。2人になれるって時に監視されているようで邪魔でしょうし。というか、そんなに洋が心配なら最初から着いていけばよかったのでは? 留年危機なんかになっているから、オレに連絡するハメになるんですよ。恥ずかしくありません?』
「……」
アッ、ぐうの音も出なさそう。わざわざ恋敵に頼るってアホだもんね。伊東くんは正しい。
GPSを付けてる以外はね。そこはイかれてるよ。
『情けない……オレもどのみち青森には行けません。けど、それなりの手は打ってありますから』
「手!? 頼む、教えてくれ!」
貸ですからねと冷たく言い離れても、がっつくのが副長。余裕がないとなりふり構わないんだな。
伊東くんは「相馬に連絡すればわかります」と言って電話を切ってしまった。忙しい人だろうに、副長の暴走を止められずに申し訳ないよ。
副長と運転を交代し、その相馬って人に連絡を取る。まだ午前中だというのに携帯の充電がなくて、車のシガーソケットにコードを繋いでるんだ。寝ずに携帯触ってたでしょ。
やっと相馬さんに連絡がついたのか、マップを開いてナビを開始。自分にここへ行けと誘導するんすわ。
どうせ恐山っすよねぇと思いきや。
マップを見ると一面の緑。どう見ても山の中。目印も何も無い。道だってあるかわからない。
「めっちゃ山ん中じゃないすか。沖田ちゃん、埋められてんの?」
「なんだ……? 何をする気なんだ……?」
副長の顔色が一気に悪くなった。と思ったらパソコンを取り出してキーボードを弾く。
これじゃない。あれじゃない。ボソボソ呟いて、追い詰められたような表情。
冗談で言いましたけど、ガチで埋められてるとかっすか……?
まさか、そんなわけ。ノリでもそんなことを聞ける空気でもなくなって、ただ車を走らせた。
そして、目的地周辺ですというアナウンスでナビが終わった。やはり山。紅葉の残骸が残るから、全部が緑ってわけじゃないすけど。
そして微かに水の流れる音がする。せせらぎではなく、滝の様に猛烈な水の落ちる音と言った方がしっくりくる。
致死量のマイナスイオンを浴びてると、スーッと寒気もして来て。さすが本州最北端の県だけあるっすわ。
「こっちか」
ここに来たらろくに電波も立っていない。ナビも途切れながらだったから、着いたのも奇跡。
副長は迷わずに水音の方へと歩いて行く。熊とか遭難とか考えないんすかね。
音が近づくにつれ、冷気も強まってますます寒い。木々のトンネルを抜けて視界が開けると、大きな滝がドンと出て来て圧倒される。
そこには近藤くんとおばあちゃん、そしておそらく相馬さんって人が滝を見る様に立っていて。
滝の下には――アレ?
「沖田!?」
白装束を見に纏った沖田ちゃんが背中を丸めながら滝に打たれている。滝行すか? 随分勢いが強いけど。
「守!? なんでここがわかったの!? それに……星くんまで」
「お久しぶりっす。てか、何してんすか」
「何って、滝行だよ」
いや、近藤くん。ケロっとしてますけど、普通じゃないすからね。
「精神を統一す。集中し、身体と心の穢れを祓えば自然と一体化する。清めれば呪いの力が拭いされることがある。それが出来ずとも、霊との交信が可能になる。元凶に呪いを解いて欲しいと交渉すれば、なんとかなるかもしれん」
近藤くんのおばあちゃんは何言ってるわけ? 沖田ちゃんが呪われてるって? 何をバカなことを。だけど自分以外は誰もバカバカしいとは思ってなさそうで。
「ほんまにこれで呪いがどうこうなるとは思えんのやけど!」
「なって来た人もいるんだよ! 僕もおばあちゃんも見て来た。もしかしたら洋の呪いも解けるかもしれない。だから今は耐えて試して欲しいんだ!」
近藤くんは拳をキツく握った。沖田ちゃんのためなのかもしんないけど、自分には拷問を受けさせられているようにしか見えないっていうか。
「なるわけないだろ! 沖田は泳げないんだぞ!」
バックや携帯を地面へ投げ捨て、服のことなんか気にせずに滝壺へ飛び込んだのは副長だ。
もはや立っているだけでやっとな沖田ちゃん目掛けて、迷わずクロールして行く。




