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57勝手目 修行なんて聞いてない!(2)


 到着した八戸駅。


 大学を出て来たのは陽の傾いた夕方。それから新幹線に乗れば夜になるわけで。恐山に向かうには無謀な時間。


 副長もそれはわかっているみたいなんすけど……。


 道中ではソワソワしっぱなし。携帯が震えると、目をかっ開いてトーク画面を見つめる。


「展望台で海を見てる……!?」

「沖田のやつアワビ食ってる!?」

「恐山怖いって来たぞ!?」


 沖田ちゃんが送ってきた写真と一言に過剰反応。


「急に連絡が途絶えたぞ!? 電話も……出ない! 星、どうしたらいいんだ!」

「星じゃなくて武田ね。苗字変わってんすから……」


 う、うるせぇえ……って思っても言わないです。副長がどれだけ泣こうが騒ごうが、近藤くんと二人きりなのは変わらないんだし。

 

「どうも出来ないでしょ。で、夜遅いけど、ここから恐山まで行くわけじゃないっすよね? 八戸ならホテルもありそうだし、とりあえず今日は一泊して」

「それって、沖田と晴太が2人で夜を過ごすのか……?」

「さすがにお婆さんの家なら、部屋は別じゃない? あっ……」

「なんだその意味深な声は!」


 もし近藤くんのお婆さんが、孫が彼女を連れてくるってテンションだったら?


 歓迎する気まんまんなら布団を並べて敷いてしまうだろうね。副長の家もそんな感じだけど、それは幼馴染ってフィルター付きなわけで。

 なかなか手を出せないとわかっているから放っておかれてるわけで。


 もしも一歩踏み出せない孫の背中を押してひ孫が見れるかもって思ったら、祖母って全力出してしまうのでは?


 副長には酷だけど、そんな夜になってもおかしくないような……。


「おい、星! じゃない! 武田!」

「よし副長。心して聞いてね。自分らは心身ともに元気な20代前半の男。近藤くんもそう。沖田ちゃんは誰の物でもない。そういう事から始まる関係も、世の中……ましてやこの年齢ならザラだからね。ドンマイ」

「ハッ!?」


 理解したくないって顔。前も思ったけど、勉強は出来るのにポンコツなんだよなぁ。

 まさか沖田ちゃんだって、副長が生まれたての子鹿みたいによたよた歩いてるとは思ってないだろうし。


 近藤くんや伊東くん達と出会うまで、時間は死ぬほどあったでしょ。今になって死にそうな顔でどうしようと膝を崩して。


「恐山行きの交通手段はもうないだろうしさ。一回休んで、朝早く行こうよ」

「……」


 副長ォ? 駅中で放心状態ですかぁ?

 一点見つめ、そして呆然としてる。何言っても届かないっしょ。だけど諦めないのが、この土方守って男で。突然正気を取り戻して歩き出した。


「こういう時のレンタカー! 車なら時間も関係あるまい!」


 なるほど、その手があったね。駅を出てレンタカー屋の看板を見つけては走る。


 営業終了。走る。

 また営業終了。また走る。


「なんっでだよ!」

「副長ォ! 今日は諦めよう!」


 全滅。こうなれば手も足も出ない。地面に拳を叩きつけて悪あがきをする副長にため息をつきつつ、今日の宿を探し始めた。



「おかしい! おかしい! なんでぇ!?」

「口ば動かすな! 手ば動かせ!」


 恐山から変わって"むつ市"にあるおばあちゃんの家。用事が済んだら適当に一泊しようかと思っていたのに、強引に連れてこられた。


 僕と相馬さんは茶の間に座っているように言われ、洋は台所で解せない! と悲鳴をあげている。

 今だって、僕のおばあちゃんに何か言われてるし。


「何が起きとるんやろ……台所に入るなって言われるし」

「洋にご飯作らせてるんじゃないかな。だから外食しようって言ったのに」


 孫が帰って来て手料理振る舞って食べさせたいと張り切ってるいるなら、わかるよ。


 けれど待ってろの一点張り。相馬さんに文句を聞いてもらいながら待っていれば、洋がげっそりした顔で料理を運んできた。


 茶の間の扉の影から半身隠して洋を睨むおばあちゃんが謎だけど。


「ほらよ、イカメンチ……好きなんで……しょ」

「あらぁ、美味しそうやねぇ。沖田はんが作りはったの?」 

「作らされたんだよ!」


 皿に盛られたイカメンチ。津軽地方の郷土料理だ。僕の家では頻繁に食卓に並び、僕の大好物でもある。仙台に行ってからはめっきり食べれてないけど。


 ゲソをミンチにして野菜と小麦粉で混ぜて揚げたもの。青森に帰って来たなぁと実感させられるし、ましてや洋が作ったなんて。


 素直に嬉しい。好物を好きな子に作ってもらえるって最高。これは鮭のお返しかな?

 そういうことにしてあげよう。


 洋はおばあちゃんにお尻を叩かれながら配膳する。手伝うと言えば怒鳴られて。

 続々と、ご飯、けの汁、お刺身、貝焼き味噌、漬物……等、洋が作った青森料理が並んでいく。


めぇ(美味しい)保証はできねぇたって、食べせ」

「作ったのアタシなんだが?」

「んだがらだべ!」


 何かを返せばお尻を叩かれる。だけど洋は怒らない。


 おばあちゃんは洋がご飯を食べるにも、お前はおかずは控えめに食べろだとか、一口がデカいなど小言ばかり。


「洋のこといじめないでよ。洋も気にしなくていいから、好きに食べな。作ったのも、買い物のお金出したのも洋なんだし」

「ほったらの当だり前だ。やるべき事ばやって、食べさせるのが仕事なんだして。甘やかすな」


 僕の言葉に下北弁を被せてくる。相馬さんは気まづそうに「ボクも少食やから、あんま食べれんですよ」とおばあちゃんに苦笑いで声をかけた。


 それでもおばあちゃんは意見を変えない。洋も理不尽だと言いながら、逆らえないと従っていた。

 食後の後片付けも洋に全部任せろと言うし、お風呂も僕から入れと急かしてくる。


「さすがにお風呂は洋か相馬さんから入ってもらおうよ。お客さんなんだし――」

「まんだ片付けてもねぇし、黙って入れ!」


 孫を優先したいのか、ただの意地悪なのか。僕は沸々と怒りが湧いて来る。


 あのさぁと、言い返すつもりで声を張った。だけど相馬さんが僕の体を引っ張って耳打ちする。


「言うこと聞いた方がええよ。何か言うても、沖田はんに当たりが行くだけちゃうか」

「でも」

「ご年配の方やから頭が硬いんや。昭和って感じやん? ほんまに酷くなったら、伊東はんに迎えに来てもらお。あの人なら来てくれるはずやし」

「……はぁ」


 守ってねって言われたのに、僕は手も足も出ない。言えば言うほど洋が理不尽な目にあう。


 おばあちゃんは男の僕をイタコにするくらいだから、多様性を大切にする人だと信じていた。


 でも、違った。


 気持ちのいいはずの一番風呂は罪悪感で居心地が悪かった。さっさと入浴を済ませると、台所には洋とおばあちゃんの姿はない。

 他の部屋かと呼んでも、返事がない。諦めて僕の部屋へ行くとすでに布団が敷かれてあった。心が疲れてしまい、ばたりと身を投げる。


「来ない方がよかったよ」


 冷静に考えたら、おばあちゃんの権限で僕を神霊庁から辞めさせるなんて不可能じゃないか。それなのに、一時な優越感を得るためだけに洋に嫌な目に合わせてしまっている。


 ずっと後悔ばっかり。洋に嫌われたかな。理不尽で、言う事を聞かなきゃ暴力を振るうおばあちゃんがいるって思われてる。ちゃんと守ってもあげられてない。


 枕に水滴が滲む。不甲斐なさが嫌になるよ。


 ――悶々と考え事をしているうちに、僕は眠ってしまった。だけど布団が捲られて目が覚め、同時に「あれ?」という戸惑いの声で目が冴える。


「部屋、間違った?」

「どうして洋が居るの? ここ、僕の部屋だけど……客間は1階に」

「いや、鬼ババがここって」


 嫌な目に合いすぎてババって言っちゃってる。全く、ボケて来たのか部屋まで間違えるなんて。客間に案内しようと起き上がり、ドアノブに手をかけた。


「……え?」


 ドアノブが回らない。引いても押しても開かない。ガチャガチャしてもうんともすんともいわない。


「開かないの?」

「開かない! 引き戸じゃないし……おばあちゃん!? 開かないんだけど!」

「かして」


 洋に交代したところで何も変わらない。ピッキングのような事をしても無駄。


 それなら携帯で相馬さんを呼ぼう――と思ったけど、携帯が見つからない。バックやポケットをくまなく探しても、どこにもない。


 洋も同じく「そういえば携帯ないね」と他人事みたいだ。この子はそもそも携帯を携帯してない時があるもんね。

 きっとおばあちゃんの仕業だ!


「なんでこんなことするかなぁ。直前までおばあちゃんと何してたの?」

「電気点くからって倉庫の掃除させられて、お風呂入ろうと思ったら掃除用具持たされて、最後に入った人間がやるもんだって掃除させられながら風呂入ったわ。怒られた方がマシだな」

「何それ。まるで昔のお嫁さ……」


 ふと思い出す、お母さんの小言。お父さんの実家であるこのおばあちゃん家へ来た時、お母さんも同じことをさせられていた。


 気を遣って休めない。嫁だからやれ。嫁の自覚が足りない。


 何かあれば嫁。嫁、嫁、嫁。


 僕が生まれる前は、早く孫をとせっつかれて大変だったらしいし。


 状況、同じじゃ無い? いいや、違う。

 気のせいだよ。あれはお母さんが言われた事であって、洋とは無関係だ。


「鬼ババは"これは修行だ"とか言ってたけど、アタシは別にイタコになりたいんじゃねぇのにさ。持って来たお菓子は全部食われちゃうし。大食いババの相手は疲れるよ」


 洋はもう開かないならいいよと、一つしかない布団に何の抵抗もなく、平然と入っていく。


「待って! せめて布団は別にしよう!? 取って来るから」

「いやだから。扉開かないんじゃん?」

「そうだった……」


 大きなあくびをして呑気だ。旅の疲れ、こき使われた疲れで今にも眠りそうな表情。


「同じ布団でもアタシは気にしないから。疲れた。寝るね」


 洋は気にしないでしょうよ。女だろうが男だろうが、どうせ寝るんだからと言う人だもん。

 洋の寝巻きはダサい。それが良かったと心から思う。


 理性と本能がせめぎ合っている。ダメダメ、学さんのプレゼントとか頭をよぎってる。これはラッキーなんじゃなく、そう、一歩間違えたら秩序を乱す重大事件になりかねない。


 そんな無防備でいられちゃあ困るよ。いつもは履いているはずの靴下が無いことも、なんだか特別に感じて大変なんだからね!?


「クソババア……!」


 何が修行だ。挨拶ってそういうことなのかい。洋がグースカ寝ていても、僕の目は眠れないんだ。


 ちょっとだけ。いや、ダメだ。そんな感情を繰り返しては、満月でも無いのに狼になりそうだと体中が熱くなった。


 欲に負ける。だって布団に入ってしまったんだもん。


「寝るだけ、寝るだけなら……守も伊東さんもしてるし、いいよね……?」


 両手を固く合わせて、絶対に手が出ないように本能を殺す。こういう時は素数を数えろっていうけど、素数を知らない……!


「生殺しだ……」


 これは僕への修行ですか。拷問ですか。どっちでもいいけど、気が狂いそう。


 気づいたら、手は解けていた。

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