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55勝手目 背徳の香り(1)


 京都から帰った後は、凄まじく多忙だった。


 荷解きから始まり、まだ終えていなかった引越しの荷解き、それぞれの仕事、家事、これからのこと――。


 守は夏から大学に行っていなかったみたいで、いよいよ学校から「お前やばいけど大丈夫そう?」みたいな内容の手紙が届いていたや。


 神霊庁、そして新撰組に加入する条件の一つが大学を卒業するなんだから、しっかりこなしてくれないと。


 憧れの幼馴染が留年なんて見たく無いしね。


 樺恋ちゃんも宇吉さんも新しい学校で毎日バタバタ。学さんと祈は自分の担当地域の仕事が溜まってて発狂。


 特別経理部の3人も仕事に追われて、毎日目を吊り上げている。ま、伊東さんは表情が変わらないけど。


 僕も例外になく、京都で冒してしまった禁忌の報告書を、嘘と偽りだらけで作成する。"新選組"を守るためだもん、仕方ないよ。

 

 それが終わっても仕事は山積み。どれから手をつけたらいいかなぁと考えながらパソコンを眺めた。役職が付くと事務仕事が多くなって、これが地味に堪える。


 目がしばしばして、肩も凝って。10代の頃は、おばあちゃんにしこたま鍛えられていたから肉体勝負だったけど、まさかそれが懐かしく感じるようになるなんてね。


 転がした携帯が着信音を奏でながら震える。また電話かぁ、なんて思いながら、画面を確認せずに応答してしまう。

 

「もしも」

『晴太、あんた頭大丈夫なんだ!?』

「お、おばあちゃん!?」


 てっきり仕事の電話だと思っていたから、青森の下北弁訛りに不意をつかれる。頭大丈夫なの? なんて突然失礼だなぁと思ったけど、そういえば頭を怪我したこと、お母さん達に言ったんだった。


「大丈夫だよ。大した事ないから」

『ほったら大怪我ばっかりして、神霊庁は何ばさせてるんだかね。はぁ我慢出来ねぇ。ふとげり(一回)、呪いの原因ば叩く必要があるね』

「えぇ……何言ってるの、おばあちゃん。僕が納得してやってることだからいいんだよ。そんな、敵討みたいなこと……」


 おばあちゃんは興奮してるらしい。電話口に口と鼻が近いのか、息が荒くて強風が吹いてるみたいだよ。

 

 落ち着いて、僕は平気だよ。そうは言っても聞かないのがおばあちゃん。僕がこの人に勝てた事なんてない。


 孫が心配なのはわかる。だけど、僕の言い分には耳を貸してくれないみたいだ。


『大体、ほの洋って子は、なんで晴太ばこったら目に合わせてるのに親に謝りに来ねぇの。晴太が好ぎだってさるがら我慢してたたってねぇ、ちょごっと非常識だよ。やっぱり、行ぐびゃかね。いぐよ。』

「え!? 来るの!? いいよ来なくて……皆が驚いちゃうからさ、本当に僕は大丈夫! 僕がやりたくてやってるんだから。もう大人なんだよ? それに、洋のこと悪く言わないでね! すごい嫌な気分だから、切るよ!」


 一方的なんだから。


 いくらおばあちゃんと言ってもさ、孫の好きな子の悪口言うなんて最低だよ。身内だと余計に鬱陶しく感じる。僕だって大人なんだし、自分のことは自分で決める。


 それが洋のために自己犠牲をしていると言われても、そう決めたのだって自分なんだから。誰かにとやかく言われる筋合いはない。


 だけど、おばあちゃんは引かなかった。


『そいならふとげり連れて来て、晴太に助けてもらってますって挨拶に来させ! そいが出来ねぇなら、青森に返すよに神霊庁にさる!』


 ものすごい剣幕。受話器が投げるように置かれた音に耳を痛める。まさか、電話を切られたのは僕だった。


 気にしなきゃいいじゃん。そう思うよ。でもね、僕のおばあちゃんは「有言実行」しかしない人。言われたことを無視したら、神霊庁をあの手この手で動かして、青森に強制送還――なんてこともされかねない。


「なんとがすねば……」


 仕事どころじゃなくなった。顔を手で覆い、どうしたもんかと頭を悩ませる。


 ――けど、考えたって仕方がない。こうなったらいっそ、洋を連れて青森に行くしかないんだ。

 

 一回だけ、嘘でもいいから「いつも晴太くんに助けてもらってます」と言ってくれたらいい。アニメに出て来る、あざとくて、か弱いヒロインのようにしてくれたらいいんだ。

 あの人はそれだけで納得するんだから。


 善は急げと洋の部屋をノックしたけど返事がない。日中居るとすれば、奥の間の縁側。早足で廊下を進み、焦る気持ちが襖を勢いよくスライドさせた。


「洋!」


 いた! ……けど、縁側にごろんと転がってる。体にはブランケットがかけられ、寝ているように見える。


「おや、晴太殿。洋殿は朝早くから畑作りに疲労困憊で、お昼寝中ですぞ」

「畑……あ、祈に言われてたやつね」


 洋は相馬さんから貰った種を植えるべく、山を切り開いた場所に畑を耕し始めた。


 もちろん本人は乗り気じゃなかった。けれど、神霊庁の仕事もないニート同然なんだから、ついでに野菜でも育てて働きなさいと祈に言われていたっけ。


 近づいて見ると、手には豆が出来ていて、ちゃんとやっているんだなぁと努力が垣間見れた。

 余程疲れているのか、頬に触れても全く起きる気配がないや。


「何か急ぎのご用で?」

「急ぎ……なんだけど、起こすまでじゃないかな。眠れる時に寝ていてほしいし」

「左様ですか。にしても、晴太殿はわかりやすくて良いですなぁ。顔が綻んでおりますぞ」

「ふふ。そりゃあ、好きな子の可愛い姿を見たらね」


 宇吉さんがそんな事を言ってくれるから、僕も照れてしまう。

 けれど牽制するかのように、おばあちゃんの声が頭に響いた。

 

 洋を悪く言わないでよ。そうは言っても、完全には逆らえないのが悩みの種だ。



 夕飯を終え、各々が自由な時間を過ごす。洋は昼寝をしても寝足りないのか、すぐに自室へ戻ってしまった。


 今日は諦めよう。少し仕事して休もう。パソコンを開き、昼間は集中出来なかった仕事に取り掛かる。


 ある程度時間が立つと、背中や目が痛い。大きく腕を伸ばしながら背中を反らせると、関節かパキパキと音を立てた。


 すると、ふわっといい匂いがする。気のせいかな。鼻を鳴らしてみると、やっぱりいい匂い。

 時刻は23時過ぎ。こんな時間に食べ物を食べてる人がいるのかな。


 気になって廊下へ出てみると、匂いが強くなる。隣は伊東さんだけど、まさか……ね。


 いけないとわかっている。だけどお腹の空く、いい香り。僕は扉に耳を当ててしまった。扉の向こうからは話し声がする。

 伊東さんと――洋だ!


「こんな時間に2人で同じ部屋にいるの……?」


 さぁっと背筋に寒気が起きる。ドアノブに手をかけるけど、もちろん開かない。深夜だけど、不可抗力だ! と、自分に言い聞かせながら、部屋のインターホンを連打。


「……はい?」


 扉越しに伊東さんの不機嫌な声。洋との時間を邪魔されて面白くないんだ。

 だけどね、「邪魔してごめんなさぁい」なんて思わないからね?


「御用改めなんですけど」

「何故?」

「背徳の香りがします。とても」

「合意の上ですが?」


 意味な回答しないで欲しい。

 ドアノブをガチャガチャする僕と、それを阻止しようとする伊東さん。

 攻防が続くと、ついに洋の声が近くなる。


「晴太くんに気づかれちゃったか……」


 観念したような、ここまでだと言いたげな声。


 何のこと? 不安に駆られた僕の心臓は早くなる。そして、閉じられた扉が重たく開いた。

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