54勝手目 "選"んだ道と、次の"撰"択(2)
◇
「まだ居たらいいのに、と言いたいところですが。樺恋さんには学校もありますからね。寂しいなぁ」
「誠も元気でね。今度はあたしの家に来たっていいんだから!」
「そうですね。必ず行きます」
いよいよ、"新選組"との別れの時が来た。
尾形と樺恋が再会の指切りを交わす。それは、今回の旅の中で最も微笑ましい光景だった。
しかし、乗ってきた車がない。パーキングエリアを間違えたかと思ったが、そんなはずはないと晴太が写真を確認してくれた。
そして宇吉と谷の姿もない。帰るって言うのにどこへ行った。金を返す気がない谷を山へ埋めにいったのか?
来たと言う声と共に、乗ってきた車2台が帰ってきた。宇吉と谷がそれぞれの運転席から降りてくる。
「いやぁ、お待たせ致した。ガソリンがないのを思い出しましてな。皆様が来る前に給油を済ませたかったのですが…… 」
「そういうこと? さすが、出来る男ねぇ。樺恋はいい奉公人を持ったわぁ」
祈が細かい所に気が利くのは最高だわと褒めると、宇吉と樺恋が、でへへと舌を出して照れた。
そしてすぐに樺恋が続く。小さな体で仁王立ち。片方のツインテールを靡かせるように払う姿はマセガキだ。
「もう1人、宇吉の他にあたしの手下が出来たの!」
「手下って言い方。誰なんだ?」
「ん!」
樺恋の指差す先には、車のボディについた傷を気にする谷がいた。
「めっちゃ擦ってんじゃんかよ。誰、誰だ、誰なんだ? 運転下手くそがいるな?」
「え……谷?」
「そうよ。文人をサブスクしたの! 谷は月額3万円で使い放題! お金貸したままよりいいし、遠くにいる宇吉だと思えば安いものよ。ね、宇吉!」
「9歳とは思えぬ発想。これぞウィンウィンの関係です」
はぁ、と感心していいのか、なんやら。
谷も、樺恋に呼び捨てをされようが構わなさそうだった。ましてや金が入るからラッキーくらいに思っているらしく、樺恋の尻に敷かれるのも苦じゃないという。
本人達がいいならいいんじゃないだろうか。知らんが。
車に荷物を乗せて行くと、いよいよ帰るんだなと実感が湧く。"新選組"の6人と離れるのは、正直寂しい。
初めての禁忌に躊躇わず危険を犯して、沖田や晴太達を助けてくれた。その恩は絶対に忘れない。
「おぉそうじゃ。これ、道中で食え。850kmもあるんじゃろ?」
「またいなりか?」
服部が差し出して来た紙袋を沖田が受けとり、文句を言いながら中を覗いた。いなり屋なんだから仕方がないのだが、そろそろ飽きたのは皆言うまでもない。
「おにぎり?」
だが、沖田が取り出したのは、具が混ぜ込んであるおにぎりだ。
「いんや、それは"おむすび"じゃ。ま、おにぎりなんじゃが……お結びと掛けてある。ワシらの良縁を約束するもんじゃ。6人で握ったんじゃぞ」
「ちゃんと手袋したから安心しいや」
「別に気にしないよ」
沖田は誰かの作ってくれた食事に弱い。だからおむすびを1つずつ見て、6人が朝早く集まって作ってくれた理由を噛み締めているのだろう。
学とネリーが沖田の横に並んで袋の中を覗いていた。
「ウチは人の作ったおむすび食えもん。配慮や配慮。でも、気持ちはめっちゃこもってんで」
「お、大きいのは、愛ちゃんが作ったの……愛ちゃん、手が大きいから……つい……」
「マジでデケぇな。これネリーしか食えねぇぞ」
野球ボールサイズのおにぎりが出てくるとは思わなんだ。学が両手で掴み、ネリーに渡す。ネリーはラップを素早く剥がし、わんぱくにかぶりついた。
さっき朝食、食ったよな?
「ンマいネ。京都はオイシーがたくさん。また来たいナ」
「そうだね。ボクら、全然観光してないし。ネリー、口の周りにご飯粒ついてるよ」
「チョット美味すぎるから、静かにシテ!」
「えぇ……? ごめん……?」
食べ物のこととなると、大好きな洋斗にすらキレる。楽しむのは味覚なんだから、聴覚は関係ないだろ。
「はは……禁忌を冒しちゃったからね。でも、観光するより有意義だったと思うよ。僕は、だけど」
晴太の言葉には俺も同意見だ。分かり合えないと思っていた京都支部が味方になる。
ある意味、沖田は「わからせ」に成功したのだ。歩む道は違うが、目指すものは同じ。
新見は好きになれないが、京都支部という弱肉強食のルールがある場所でなら、彼女の性格やリーダーシップは頼りになるのかもしれない。
相馬や愛以外の面々も、彼女から離れようとしなかった。それがその証拠だろう。
そろそろ行こうか――と、晴太が言う。
名残惜しいが、ずっとは居られない。永遠の別れじゃないんだ、また会える。
「んじゃ、最後にボクから。沖田はんにお誕生日プレゼント。って言っても、それが何かわかるのはだいぶ先やけど……」
すると相馬が沖田に近づいた。手には小さなファスナー付きの袋。その中には黒い粒がいくつも入っている。
沖田が「何これ」と反応に困った顔と声を出すのは無理もない。誰がもらったってそうなるだろ。祈が「種?」と聞くと、相馬はタレ目をにっこりと細めた。
「そうや。だけど何の種かは教えてあげんよ。あとで育て方のデータは送ってあげるさかい、ちゃんとお世話してな」
「面倒く……」
「ちゃんと育てさせるから、私にもデータくれる? 洋だけだと絶対に枯らすわ」
祈に口を塞がれた沖田は何かの種を育てることになったようだ。わざわざ育てろと言うくらいだから、何か理由があるのだろう。
種の量はかなりある。果たして沖田はきちんと育てられるだろうか?
「咲いたら、少しは沖田はんの救いになるかな」
「ん?」
「なんでもない。意味深なこと言ってみたかったんよ。ほら、ボクは漫画脳やからさ」
沖田は種に対しても、また相馬の言葉に対しても微妙な反応を示した。きっと種が花開いた時に生まれる、花言葉に意味があるんじゃないだろうか。
恋愛漫画が好きだというなら、そんなロマンチックな贈り物はしそうだしな。
「悪いね、引き止めて。誰が運転して帰るん?」
運転。 行きは痛い目にあった。いくら伊東と交代とはいえ、体へのダメージが大きい。
ペーパードライバーにハンドルを握らせたくはないが、正直10キロでいいから運転しろと平手打ちしてやりたいくらいだ。
「では、またくじ引きと行きますか。今回は洋斗殿は運転者としてはノーカウントとして」
「ごめんねぇ。足が痛くてさぁ」
洋斗は申し訳なさそうに後頭部を掻き、ぺこぺこと頭を下げた。そういえば足を怪我していたな。目立った外傷はないが、本人が痛いというなら仕方がない。
少し憂鬱な気持ちになりながら、くじに手を伸ばす。
だけど1人、鋭く洋斗を睨む。
「歩いてましたよね。朝から、ずっと」
「え」
「守と廊下で話していた時、歩いて移動してませんでした? ねぇ、洋斗。どうなんです?」
伊東に詰め寄られる洋斗は、わかりやすく汗をかいている。運転が下手だからしたくない。いや、面倒くさいからしたくないんだ。
850kmを樺恋と同じようにシートに座り、ただくつろいでいたいがためだけの嘘。
これはパワハラではない。洋斗が悪い。全員から冷ややかな目で見られたって、自業自得だから仕方がない。
……で。
「ありえん……ありえん、ありえん! やり直しだ! 不正だ、不当だ、殺す気か!」
「守殿、くじは神からのお達ですぞ」
くじの結果は悲惨だった。
最初の運転を強要された洋斗はまだいい。同乗するのは、宇吉、祈、伊東、ネリーだ。全員運転が出来るメンバーなんだから。
見ろ、こっち。ペーパードライバーの沖田と学。沖田がいると運転できない事もないが、ハンドルが危なっかしくなる晴太。そして樺恋。
「悪いなぁ、守。兄ちゃん、免許取ってからハンドル握ったのはほぼゼロなんだ」
何が兄ちゃんだ。ウィンクすんな。ぶっ殺すぞ。
「僕は運転できるけど、ちょっと頭の怪我があるから……少しだけなら」
そう言って沖田をチラチラ見るな、晴太。
「じゃ、文人のこと使う?」
樺恋の提案に心が揺らぐ。谷のサブスク利用も悪くないのか……? いや、定員オーバーだから無理だ。
くじはくじだから。そう言ってやり直しをしてくれない向こうのチーム全員が悪魔に見えた。
そりゃそうだろうな。こっちに来れば、一人当たりの走行距離すごいもんな!
騒いだって無駄だと諦めたら、車のキーが手から消える。
「任せろ土方。アタシが運転してやるよ。サイドブレーキがわかったんだから余裕よ。さ、乗んな」
「沖田……」
拒絶されていると思っていたが、沖田が"任せろ"と力強く言ってくれるだけで満たされる。
そうだ。サイドブレーキを教えたんだから、沖田も運転が出来る。やれば出来る奴だし、大丈夫だろう。
京都支部に「またいつか」と挨拶をすると、それぞれが車に乗り込んだ。
沖田はスムーズにエンジンをかける。サイドブレーキの場所も覚えている。いける、いけるぞ!
半分とは言わない。せめて400kmを運転してくれ!
「あの、さ……おれがペーパーだからわかんねぇだけかもだけどさ、洋の足の位置、なんか変じゃね?」
後部座席から学が不安そうに顔を覗かせる。目線を落とすと、右足はアクセルに。左足はブレーキに乗っていた。
「沖田、両足は使わないぞ。右足だけでアクセルとブレーキを――」
「よし、帰るぞ!」
解除されるサイドブレーキ、踏まれるアクセル、目の前には標識。
危ない、と言う時間もなかった。標識にぶつかった衝撃で、車内がかき回されるように激しく動く。
終わった。フロントガラスにヒビが入っている。標識も曲がっている。
「ちょお! 大丈夫!?」
目の前で事故を見た相馬らが運転席のドアを叩くが、沖田は運転席に座るとサイドウィンドウの開け方もわからなくなるらしい。面倒だと、ドアを開けた。
「やっちまった」
幸い誰も怪我はない。樺恋も学と晴太の間にいて、「テーマパークのアトラクションみたいだったわ!」と感性をバグらせている。
何はともあれ良かったと胸を撫で下ろすと、今度は後ろから、黒板を引っ掻くような高い音。
谷と服部の絶叫も混じり、嫌な予感がしてドアから飛び出した。洋斗の運転する車には、フェンスとの隙間がない。
「やっちまったぁ!」
運転席からは洋の悲鳴が聞こえて来た。
「兄妹揃って壊滅的な運転スキルや……」
「沖田、ウチはあんたの運転する車には絶対乗れへんわ」
「あ、愛ちゃんも……アクセル踏み倒すの、ご、ご年配の方みたい……」
相馬、新見、愛は苦笑い。しかし沖田は事故を起こした当事者だというのに、高笑いするのだ。
「いやぁ車がダメになった。もう1日居るしかないぞ、土方」
「……お前……」
「諦めてホテル探すかぁ、やれやれだなぁ」
事故ったくせに清々しい顔。ホテルを抑えようと携帯を開く時、待ち受け画面が変わっているのに気づく。
昨晩、全員で撮った集合写真だ。
コイツまさか、まだ京都支部の奴らと居たくて、わざと事故を起こしたんじゃ――は、考えすぎか。
何にせよ、人様に迷惑をかけたのだから、ちゃんと叱らねば。
「まず警察に電話しろ! 事故ってヘラヘラするな、このバカッ!」
「土方がやってよ! わざとじゃないんだもん!」
「教習所からやり直せ! なんで同じ教習所に通ってたのに、事故処理の仕方もわからないんだ! もしくは免許返納しろ!」
本当に手のかかる女だ。金もかかるし、時間も奪われるし、迷惑だし、横暴だし、我儘だし、社会性のかけらも無い。
最低、最悪、呪われる前から厄災だ。
だからこそ沖田の隣に居ないとな、と思う。
-5我儘目 新撰組、京都へ行く〈了〉-




