54勝手目 "選"んだ道と、次の"撰"択(1)
翌朝。
ホテルの朝食会場に続々とメンバーが集まってくる。
沖田は何もなかったかのように、普段通りに挨拶して来た。絶対に顔も洗っていないし、寝癖もはねたまま。昨夜貸したジャージは着ていない。
「おはよ。土方は着替えて来たんだ。偉いねぇ、アタシはまだ眠いよ」
大あくびをかましながら、腹を掻くな。
「お、お、沖田が、だ、だらしなさすぎ、なんじゃあ、ないか?」
「なんだお前、変な話し方だな。腹減った。ご飯取って来よ」
俺だけがドギマギして、妙にぎこちなくなる。朝食を取りに向かう沖田は、途中すれ違った祈に鬼の形相を向けられていた。
本当に何も気にしていないんだ。
沖田には酒に酔った幼馴染の戯言にしか聞こえなかったのか? いや、だって……ほら、キスまでしたんだぞ。それなのに戯言扱いされるのか?
待て。
世の中には酒に酔うとキス魔になるバカがいる。大学にもそんな奴がいるとかで、食堂で修羅場が繰り広げられていた事もあった。
そんな奴らのせいで、俺の人生を賭けたと言っても過言ではない告白が、酔っ払いの奇行だと思われているか?
ふざけんな。酒飲んでキス魔になる奴は全員死んでくれ。
「なんかあったの……? 寝れてない、とか……」
引き気味で声をかけてきたのは洋斗。よっぽど俺の顔が酷いのだろう。ちょっと引いている。
「いや……なんでもない」
「あ、そう……? もしかしたら、昨日のボクの発言で悩ませてるのかなってさ。土方くんはやっぱり聡さんに会いに行くのは――」
「ここで話すな。沖田に聞こえたらどうする」
「アッ! そ、そうだよねぇ」
沖田の兄なら配慮くらいして欲しい。慌てて口を塞ぐが、遅いだろ。
聡さんの名前が聞こえていたんじゃないかと沖田を見た。
よかった。まだ祈に雷を落とされている。聡さんの名前を聞くだけで苦しい思いをするはずだ。朝からそんな思いはしてほしくない。
洋斗を引っ張り、廊下へ出る。それでも、出来るだけ声量は抑えた。
「……俺も、いろいろ考えた。結論から言えば……会ったほうがいいとは思う」
「え」
俺の答えが意外なのか、洋斗は目を見開く。
結局、どんな探し方をしても、最後にはあの人に行き着く。遠回りして時間がかかるなら、一本道を行こう。
「だが、沖田に会わせるかは迷ってる。そもそも沖ノ島に行くこと自体が困難だ。あげくの果てにあの島は女人禁制とまで来た。連れていけば、沖田だけが二重に罪を犯すことになる」
「それに、呪いが増えるかも……しかも、聡さんは洋さんを受け入れない可能性しかないもんね……」
沖ノ島に沖田を連れて行くということはリスクだらけだ。沖田は我儘で自己中だが、親に反抗出来る強さは持ってない。
常に顔色を伺いながら話しているような気がした。とくに、母親だった"葵さん"には。
「沖ノ島には行くが、行くメンバーは慎重に決めよう。沖田にも悟られないようにな」
「そうだね。焦ってもよくないし」
洋斗は眉をひそめ、笑いながら謝罪を言葉にした。そして徐々に憂いを帯びた顔になる。なんだか、自分は情けないと思っているように見えるが。
「土方くんは本当に洋さんが大事なんだなぁ。ボクはお兄ちゃんなのに、彼女のこと全然わかってないし、配慮も出来ないんだもんね。
血を理由にこんなこと言っていいかわかんないけど、兄としては、土方くんに洋さんのことをお願いしたいなって思ってるよ」
「何言ってるんだ。腐れ縁でずるずる来ただけだよ。時間をかけて、沖田と兄妹になっていけばいいさ」
兄であることを放棄するな。
沖田には家族が必要だ。認めているわけじゃないが、洋斗にはもう少し、学のように「ボクがお兄ちゃんです!」と堂々として欲しいもんだ。
「そういうことじゃなくて……」
わなわなと洋斗の肩が震える。なんでわかんないかなぁ。そんなセリフが聞こえて来た。
そして火山が爆発したかのように、俺を指差して吠えるんだ。
「一生大事にしてほしいって言ってるんだよぉ! 昨日も図書館の帰りに言ったけど、義理の弟が出来るなら君がいいの! わかったぁ!? わかったら、酒飲まないでシラフでさっさと告白しろぉ!」
洋斗は頭からプンスカと煙を出し、朝食会場へ戻って行く。身内からこんなことを言われたらめちゃくちゃ嬉しいはずなのに、昨夜の記憶が蘇ってくる。
立っていられなくなり、膝からガクッと落ちた。幸い、廊下にはカーペットが敷かれているから痛みはない。昨日の出来事を思い出すと、貧血を起こしたようにふらつく。
それで、あの反応。なんだこの兄妹。打ち合わせして、俺の心抉りに来てんのか?
「酔っ払いの土方がムードに酔ってちゅーして来た」と沖田が言って、「チャラいなぁ! 精神的に痛ぶろ!」と洋斗が兄として復讐しに来たんだ。
あの兄妹は多分、根っこまでそっくりに違いない。
泡を吐いて死にそう。殺してくれ。確かに勢いだったのは認める。だが、欲に負けたんじゃないんだぞ。口が「今なら言える」って、勝手に動いたんだよ。
なのになんだ。何も変わらない。振られたのか!? でも最後は手を繋いで帰ってきた。
あ!? もしかして、それが沖田の――。
「二日酔いですか?」
「は!?」
見上げると、伊東がいた。ほんのりタバコの香りがする。コイツ喫煙者だったのか。
「……そんなに、俺は酒に酔っているように見えるのか?」
「冗談でしょう? 何も覚えてないんですか? まぁ、途中で寝て、何もなかったように起きましたもんね。あれは気絶ですか。そうですか」
「え……?」
長く、深く、呆れたとため息をつかれた。
「あれだけ夕食の時に、洋が死ぬかと思ったと泣きながら取り乱してたくせに。洋に宥められて安心して、赤ん坊みたいに寝息立てて気絶したんでしょうが。その後何もなかったように起きて、普通に話し始めましたけど。全く、朝から不快ですね」
伊東は最後に舌打ちまでかまして行ってしまう。
酒に酔って、喚いて、気絶するように寝て、また起きて、自分の足でホテルに戻って、それであの河川敷――?
酒に酔って? なら、沖田の「酔っ払い」って発言は嘘じゃなかったっていうのか?
「殺じでぐれ……」
それが事実なら、昨日の河川敷での出来事がなぜ相手にされなかったのか理解できた。
自業自得じゃねぇか。恥ずかしい。




