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53勝手目 俺はずっと"呪われたがる"

その晩、ホテルに戻っても寝付けなかった。禁忌の事もあるが、洋斗の提案に迷っているからだろう。


 ベッドに寝転がり、ただ天井を眺める。


 聡さんに会う。それは俺にとっても勇気のいるアクションだ。会ったらきっと、沖田を捨てた怒りをぶつけてしまう。


 父親も母親も、挨拶もなしに居なくなったことを酷く心配していた。あの人達にとっては仕事の終わりだったかもしれない。だけど、周囲の人間は違う。


 ずっと最後の瞬間に置いていかれる。決して振り返る事のなかった背中が目に焼きついているんだ。

 沖田へ最後にかけた言葉は「来るな」だった。それが傷になっていない訳がない。


 沖田になんて言おうか。いや、そもそも会いに行くべきなのか? 会わずとも、方法はある。


 神霊庁のデータベースが見れるなら、それでなんとかならないだろうか。俺達に閲覧権限がなくても、それこそ新見を上手く使えばいい。

 

 洋斗の祖父母から辿ったっていいし、探偵とか、今の時代には調べる方法は山ほどあるんだ。


 わざわざ傷付きに行かせる必要なんかない。寂しそうな顔も、辛そうな顔も見たくない、させたくない。

 

「早くしないと……」


 俺が死ぬまでに呪いを解くんじゃ遅いんだ。早く、早く解いてやらなきゃ。普通に幸せにしてあげたい。

 俺の理想を押し付けるような感じもするが、"家が隣だから一緒に居た"から、この命が尽きるまで一緒にいられる関係になりたい。


 苗字を同じにする。紙一枚で生まれる法の鎖を繋ぎたい。きっと沖田だって同じだと思っていた。

 家族になって、土方家でも、2人でもいいから一緒に暮らして、帰って来なきゃいけない場所になるつもりだった。


 沖田だって何処にでもいる普通の女の子だったんだから。

 そんな未来が俺達には約束されていて、そうなるべきだと疑わなかった。あれもこれも呪いのせい。

 

「呪われなければ、体の痛みは無くて済んだのに……」


 言葉が漏れる。沖田に木が刺さった姿を思い出すと、震えが止まらない。ベッドから起き上がり、ミネラルウォーターを口の端から溢しながら飲む。


 この行動も今夜は何度目だ。テーブルの上には空のペットボトルが散乱している。水を飲まないと落ち着かない。だけど備え付けの冷蔵庫にはペットボトルはない。


 気分転換にコンビニに行こう。バックから財布を取り出すと、紙袋が目に入った。これはなんだ? 中を見ると、沖田に渡すはずだった誕生日プレゼントだ。


「……忘れてた」


 明日渡すかと思ったが、会いたいと強く思ってしまう。夜も遅いし、きっと寝ている。一か八かで「コンビニ行かないか」と、メッセージを送ってみた。返信は待たずに来る。


『奢り?』


 ……いつもは自分で買ってます、みたいな言い方しゃがって。仕方がないから奢ってやる――と、文章を打っている途中で扉がノックされた。


 ドアスコープの向こう側には沖田が居る。


「扉開けるから。下がってろ」

「財布忘れんなよ?」

「バカ」


 紙袋と財布を持ち、ゆっくり扉を開けた。沖田はまた「どすえ」と書かれた方言Tシャツを着ている。いつの間に買ったんだよ。毎度毎度、一体どこに売ってるんだ。


「Tシャツで行くのか? 寒いぞ」

「部屋戻るのめんどくさいから、なんか貸して」

「すぐ近くだろうが!」


 と言いつつ、新撰組揃いのジャージを貸してしまう。余った袖はそのまま、サイズが大きいからショートパンツが隠れて履いてないように見える。


「寒そう」


 まさか履き替えて来いとは言えず、コンビニに向けて出発。ホテルの近くの店舗に行こうと思っていたが、沖田が少し歩きたいというので散歩することにした。


 五条大橋の辺りまで来れば、やけに人が多くなる。河川敷にもちらほら人が座っていて、さすが観光地だなと感心してしまう。


「コンビニで買い物したら、記念に座るか?」

「いいんじゃないか」


 沖田の提案通り、コンビニで買い物を済ませて河川敷へ降りる。なんだかムードがあるというか……この、ねっとりした落ち着かない空気はなんだ。


 まぁいい。細かいことは気にせずに座ろう。沖田は寒いと言いながらホットレモンと中華まんを頬張る。高校生の頃、買い食いしてはこんなふうに公園で過ごしたな。


 思うと、あの頃から集られていたのか……。小遣いもバイト代も、全部沖田に流していただけな気がする。


 その思い出の中に"バッグ"が映り込むと、紙袋の存在を再び思い出す。


「あ、そうだ。沖田。これ」

「ん? あ……土方、やっと寄越したな! ったく、買い忘れてんのかと思って暴れるとこだったんだかんな?」

「それが誕生日プレゼントを受け取る人間の態度か?」


 梱包袋を雑に開け、取り出されるのは黄色いウエストポーチ。


 自分で買っておいて「しまった!」と思ったが、すぐに沖田は図書館へ行っていない事を思い出す。


 今沖田が使っている物と全く同じ型のウエストポーチだ。何年も前の物で、探すのに苦労した。


 ネットオークションでも見つからず、販売元にも問い合わせた。やっと見つけたと思いきや、大手通販サイトでアホみたいな高額で売られており、やむおえず買ったというわけだ。


「……どうして、コレ?」


 同じ物の新品なんて。普通ならそう思われてもおかしくない。だけどきちんとした理由がある。


「今使ってるの、擦れてボロボロだろ。だけど捨てたくない。だって聡さんから貰ったやつだから。違うか?」


 沖田はごくりと息を飲んだ。新しいウエストポーチをジッと見つめたまま。


「捨てなくていいから。こっち使えよ。気に入ってるのも知ってるし。ただ、もう一回買って欲しいは無理だからな。大事にしろよ」

「……うん」


 感謝の言葉がない。だけど言いたくないわけじゃないんだ。きっと聡さんの事を想っているのだろう。


 ありがとうと言えば、きっと涙を流してしまう。

 

 沖田は、あの人にどんな事を言われても、あの人達が両親だとキッパリ言い切る。あの人達しかいないんだ、と。

 だけど2度と会いたくないと言われた。それでも、沖田は作り物の家族を忘れない。


 聡さんに会いたいかと聞けば、何か適当に取り繕うだろう。だけどその言葉の裏には「会いたいけど、嫌われている」という恐怖がちらつく。


 だから沖田には、沖ノ島の事は話せない。黙っておくのが、優しさだ。


「家族なら洋斗がいる。聡さんや葵さんを忘れろとは言わないから、血の繋がった兄が居てよかったと思うんだ。洋斗だって、沖田が兄妹で喜んでるだろ」

「えぇ? あのちんちくりんは家族っていうか……まだ……わかんないよ。お兄ちゃんって言われてもピンと来ないし。顔とか、食の好みが似てるだけじゃん?」

「それでも、血の繋がった家族だろ」


 洋斗が居るから孤独じゃない。そう信じさせたい。友人がいないのと家族が居ないのは、また別の孤独なんだ。友達が多くても、家族が居なければ寂しさは襲ってくる。

 だから、藤堂洋斗は紛れもなく沖田洋の兄であると、しっかり解らせてやらなければ。


「家族って言われると、ちんちくりんより、土方の方がしっくりくるな。一緒に居るの長いし」

「じゃあ、俺がお兄ちゃんか?」

「お兄ちゃんって言われると違うかなぁ。弟って感じでもないし……」


 折りたたんでいた足を伸ばす。深く考えていなさそうな素振りが辛い。まあ、それが沖田だ。理解している。


 なのに俺の口は、意思とは関係なしに動いてしまう。


「なら、俺と本当の家族になるか」


 やばい。だけどもう遅い。外が暗くて良かった。きっと耳や顔、体に宿る熱はバレていない。


 手を少し、動かした。冷えた沖田の左手が、河川敷の草に置かれている。冷えるのは俺の手だけでいい。沖田の手のひらの下へ、緊張で汗ばんだ手を潜らせる。


 止まれ、止まれ、止まれと心に言い聞かせても、ブレーキが効いてくれない。


 どんな迫害からも守るから。独りにしないって約束するから。呪いも必ず解いてみせるから――


「愛してる」


 沖田の口から漏れる吐息を奪う。唇に付着する、外気にさらされて冷えたホットレモンの雫が、互いの唇に溶けるように馴染んでいく。


 今までだって寝ている間に堪らなくなって、こっそりと言葉に出来ない想いを刻む事はあった。


 沖田のことを可愛い、愛しい、大好きだ、誰にも渡したくない、だけど人の輪に入っていて欲しい。


 だけど、俺だけの洋でいてほしいと、何度願ったか。


 これは同情か? 依存か? 腐れ縁の成れの果てか?

 違う。俺はずっと、沖田洋に惚れている。きっと、物心つく前からそうなんだ。本能で惚れている。


 それをついに言ってしまったとも、やっと言えたとも思う。


 沖田は突き放したりしない。動かず、受け入れてくれている。


 そっと顔を離す。名残惜しいと思いつつ、これ以上するのは違うと自制する。


 沖田は冷えた手を温めるように息を吐くと、普段通りに話し出した。

 

「酔ってんなぁ。大学生って感じだ」

「……は?」

「周り見てみろよ」


 何とも思ってないのか? と聞き返したいが、言われた通りに周りを見ると――なんだこれ。


 カップル達がイチャイチャとちちくり合っている。沖田は、俺がコイツらのムードに飲まれてこんなことしたと思っているらしい。


 んなわけあるか。話の流れはそうじゃなかっだろ。沖田は恥ずかしがる様子もなく、立ち上がって蹴伸びした。


「土方が本格的に酔っ払っちゃうから行こうぜ。寒いしさ」

「誰が酔っ払うだ! 俺が買ったのは水だぞ!?」

「だって酒癖悪いもん。夕飯の時も少し飲んでたじゃん。大学の飲み会とか気をつけろよ? 品性疑われんぞ」

「はぁ!? お前に品性とか言われたくな――」


 あぁ。沖田には何も響いていない。俺は本気だったのに。肯定も否定もしてくれない。関心がないのか。


 土方って呼ぶのは、本当に都合のいい財布だからなのか?


 だけど――。


「ほら、逸れないように手ェ繋いでやるよ。酔っ払い」


 街頭に照らされた沖田の顔色は、いつもとなんら変わらない。俺が伝えたい言葉への言及もない。

 だけど、手を繋ぐように差し出してくる。


 腰にはすでに、プレゼントしたウエストポーチが巻かれていた。


「そっちこっち行くのは沖田だろ」


 返事がないのがもどかしい。そしてむかつく。だから、少し強めに手を握る。痛いと言っても離してやらない。


 ある意味、本当に"家族として"しか、見られていないのかもしれないな。

 

 

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