52勝手目 新たな選択(2)
服部の店に戻ると、わらわらと人数が増えている。新見も居て驚いたが、早々に謝罪をしてきたので適当に流しておいた。
1番カッカしていた祈が新見の目の前に皿を置き、沖田が新見の隣に座る。宇吉やネリー、学も普通そうだし、ここで「許さない」と言えば振り出しに戻ってしまう。
沖田が新見に構うのを見ると、落ち着くところに落ち着いたのだとわかる。何年幼馴染やってると思ってんだ。沖田の顔を見ればなんとなく察せられるわ。
伊東はブツブツと文句を言うが、京都を去ればあまり接点がないんだから気にしなければいいんだ。明日帰るのだから尚更。
日中に過酷な禁忌を乗り越えたと思えない程、賑やかな雰囲気だ。一日の情報量が多くて疲労はピークだが、怪我なんてなかったように騒いでいる沖田を見るとホッとする。
その騒音に混じる、引き戸の動く音。そして香る、揚げ物臭。
「お、遅れて、す、すみません……ッ!」
「愛ちゃん……!?」
髪を切ったところは見ていた。雑に切られた髪の毛がプロによって整えられ、毛先には水色のカラーまで入っている。
おまけに性格からは想像出来ない、パンクファッション。手には大量のビニール袋。これには全員、空いた口が塞がらない。
「な、何したんだ? イメチェン?」
学に問われた愛は、ドギマギしながら毛先をいじる。
「せ、せっかく、髪の毛を切ったから、あの……あ、浅葱色にしてもらったんです……そ、その……あの……えっと……なんでこの色かって、いうと……」
色の理由なんて、言わなくともわかる。沖田がニヤリと嬉しそうに笑う。
「自覚が出たんだな? 新撰組の」
「えっ!? あ、でも、仲間には……その……」
新見のことがあるから入れない――と言いたげな愛はつま先を見るように俯いた。
「マダその話シテル? 同じ釜の飯クッタラ仲間なんデショ?」
「そうですなぁ。こうやって同じ空間を共有しているのですから、その話はおしまいですぞ」
「私は認めてないけど……」
「でも祈、化粧してやってたじゃん。兄ちゃんはずうっと横で見てましたぁ」
愛の表情は明るくなる。前髪で隠した顔の右側にはチラチラと火傷の痕が見えるが、日中のように気にする素振りはない。
けれど新見は違った。沖田と普通に話していた時とは違い、少し険しい顔だ。
やはり人はすぐ変われない。ましてや昨日今日ではな。
「仲間にはなれん」
そして沖田の顔を見ながら、ハッキリと言い切った。対して沖田は「なんで?」と意味がわからなさそうに苛立つ。
誰1人欠けたら許さない。その中に新見も入っている。だから沖田は、そんな言葉で返されるとは思っていなかったのだろう。
「誘いはありがたい。けどウチは入れん。やってしまったことの重さは、すぐに許されていいことやない」
「まだ言ってんのかよ……何、どうしたら納得すんの?」
今回は新見が正しい。けれど沖田はどうしても新見を離したくないのだ。
愛も新見が言うならそうなのだと言いたそうに、気配を消すようにしてビニール袋をレジ台の上に置く。
「ウチのこと抜きにした話をすんで。全国の神霊庁から見たら、アンタら新撰組は厄介集団や。その中に京都支部の娘が入った言うたら、うちのお父や京都支部も敵視されてまう。近藤はリモート会議参加しとったしわかると思うけど、アンタら相当嫌われてんで」
「……そうだね。僕ら個人は受け入れてくれても、新撰組は受け入れられてないよ」
確かにあの日の晴太は相当参っていた。食事も取れないほど詰められ、げんなりと項垂れて目が死んでいたっけ。
「だから無理や。気持ちだけ受け取らせて貰う。ありがとう」
新見は現実的な話を理由に、加入の誘いを断った。自信の気持ちより、京都中にいる大勢の守るものを優先する。冷静で正しい判断だと思う。
「せやったら、ボクも入れんわ」
と、相馬がグラスを置きながら言った。
「ならワシもじゃな」
「私も、ですかね」
「んじゃオレもじゃんな?」
続けて、服部、尾形、谷も相馬に続く。京都の面々が加入を辞退していく。
1人、また1人と抜けて行くたびに沖田は「なんで」と不安そうな声を出しながら席を立った。
「ああそうか……そんなに神霊庁が怖いかよ……まぁ、別に、ついさっき会ったばっかりみたいなもんだもんな。別に、いい」
大勢は敵にしない方がいい。京都支部の面々はその選択をしただけ。そもそも加入したとは言っていない。
こればっかりは沖田の我儘も通せない。俺達9人は望んで禁忌を冒して沖田の側にいるが、それは自らの人生をかけてまで呪いを解いてやりたいと思っているから。
京都支部にはそこまでする義理はない。ましてや、今回は彼らに助けられた。本来、礼や謝罪をするのは俺達の方なんだ。
「そんな寂しい理由で断っとるわけやないよ。沖田はん」
相馬は沖田の心の底の孤独を知っているかのように語りかける。
どう考えたって沖田が嫌で離れるわけじゃない。
けれど彼女にはそう思わざる得ない過去がある。その傷は、どんな生傷より癒えていないんだ。
新見は腕を組んで、相馬の言葉に大きく頷いた。
「仲間やなくて味方になる。表向きは今まで通り、敵対したままで行かせてもらう。理由はさっき言った通りや。だけど協力する時はすんで。そら表立っては無理やけど、ウチらは出来る限り全力で応えるわ」
と、新見。その後に相馬が続く、
「京都支部は蹴落とし合いがすごおてな。学生のカーストみたいなのがあんねん。ちょっとでも粗相を起こすと突かれるからな。新見が京都支部長の娘として奮って来た"横暴"は、新見が改心しても"新撰組"には必要になりそうやし」
「……棘のある言い方やなぁ」
なるほど。沖田はポカンとし、樺恋もどういう意味? と首を傾げた。
そんな樺恋を抱き上げて、肩車をさせたのは谷。樺恋は谷の頭を掴みながら、その高さに少し怯えている。
「毎日隣には居ねぇけど、遠くから協力するぞってこと。京都を捨ててまで宮城にゃあ行けねぇのよ。オレは別に? 宮城に行ったっていいんだけどよ」
「谷さんはまず借金返しなよ……今日も知らない間、に樺恋ちゃんにまでお金借りてるし……」
9歳から金を借りてるって何事だ。どんだけ金がないんだよ。それを聞いた宇吉は谷から樺恋を回収し、どこから借用書を出しては一筆書かせた。
その間は無言で、目を見開きながら指をさして指示するだけ。
「ま、そういうことや。ボクらは京都から"新撰組"を応援するから、いつでも頼ってよ」
「……」
沖田は――納得いっていなさそうだ。こうだと決めたらこうする。全く、自分の思い通りにならないとすぐに不貞腐れる。
「じゃ、お前らは京都の新撰組だな」
「ん? じゃから、新撰組は名乗らんて事じゃろ?」
「それじゃ不満なのがいるんだよ」
誰の事と言わなくても、誰の事かは誰でもわかる。
レジ付近にあったA4サイズのホワイトボードを取り、マーカーのキャップを外した。
そして誇れる3文字を、いつもとは違う3文字で書く。
「京都はこっちを名乗ればいい」
ホワイトボードには"新選組"と書いた。
俺達は"新撰組"と名乗る。京都支部には"選"ほうを名乗ってもらう。
「同じではないが一緒だし、仲間ではないが味方だ。巷じゃどっちの漢字が正しいか、なんて無駄に揉めていたりするが、近藤勇はどちらの字も使用している。だが、読みは同じでも漢字が違う。それだけで別物。何より都合が良いのは、外部に俺達が対立していると言い張れる」
席を立ち、沖田の真向かいに立つ。テーブルを一つ挟んだ彼女は、いつかの玄関先で震えて両親を待っていた面影を今だに残したままだ。
「離れているからって、拒絶するわけじゃないんだぞ。沖田」
寂しいのを不機嫌で誤魔化す。だがそれも長くは続かない。上目遣いで俺を見て、本当に? と訴えてくる。
隣に座っていた新見が沖田の肩を組みつつ、扇子を広げる。
「ま、その証明っていうたらアレやけど、八木邸の穴……についてはウチが引き取る。地震で穴が開いた……とか言い張れば、なんとでもなん……ねん……な……ならんくても、なんとかする! なぁ、相馬!」
俺の隣に立つ相馬がの肩が小さく動く。愛や谷、服部に尾形が相馬の周りに集まると、皆の視線は沖田に集まった。
「ボクらは新選組やからね。いざとなったら、武力行使でええんちゃう?」
必ず一緒は難しい。850kmも離れた遠く、遠くの味方。新"撰"組のピンチに、新"選"組は迷わず助けてくれる。
それが約束された瞬間だ。
「じ、じゃあ……い、いろんなお祝いとか、その、沖田さんの、お、お誕生日とか……そういうのを込めて……これ、皆で……」
愛が空気が読めずにすみませんと頭を下げながら、持って来た大量のビニール袋を持って来ては中を取り出す。
「き、京都市内の唐揚げ……わ、わかるところ、回って買って来ました……あ、愛ちゃんと、き、吉乃ちゃんは、お、お誕生日お祝いしてないから……ふ、2人からです……」
テーブルが唐揚げだらけになる。揚げ物の匂いの正体はこれだ。
唐揚げ好きの洋斗も目を輝かせて、違いを見比べている。
「お、沖田さんの、す、好きな食べ物も、わかります。だから、離れてても、ち、ちゃんと、気持ちは同じです……だ、だから、大丈夫……」
愛は髪を触りながら照れくさそうにもごついた。沖田にとって、誰かに唐揚げをもらうということは、愛情表現をしてもらったと同義だ。
俺が奢る唐揚げ、祈の唐揚げ、俺の両親の唐揚げ、栗原での禁忌後の和解の唐揚げ、そして今回の唐揚げ。
「さすがに多すぎ。祈も唐揚げ作ってんのに。腹を怪我してるし。消化に悪いし……でも、嬉しい」
「じゃ、ボクも食べちゃお! 洋さん食べきれないんでしょ?」
「おれももーらい」
「アタシが貰ったんだから先に食うなよ!」
洋斗と学が唐揚げを先につまみ、空気はまた賑やかになる。やっぱり、沖田は笑顔の方がいい。
俺達は、誠を掲げた志士でも、幕末の闇に散った武士達の子孫でもない。
"沖田"の人生を悲劇にしたくない。
願いという呪いをかけられてしまった、彼らと同じ苗字なだけの人間の集まりだ。




