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52勝手目 新たな選択(1)

「幸才……幸才……」

「ダメですね。室戸台風の関連資料にも彼の名前は一つもない。該当の小学校の記録にすらないとは……」


 尾形さんに京都府図書館に連れて来てもらった。室戸台風の記録を調べ、幸才の手掛かりを掴もうにも何もない。


 あれだけ民衆から慕われていて名前が一つもないなんて。たまたまボクらが行った地域で有名人だっただけで、京都府ではそうでもなかったってこと?


 京都市内では名の知れた人なら、一つくらいあったって……


「気持ち悪い……大勢の人が幸才先生って言ってたんだ……それなのに……ボクらが嘘をついているみたいじゃんか……」

「洋斗が嘘をついているとは思いませんよ。晴太達だって見ているんです。ただ、彼について記録しない理由があったんでしょう」

「例えば?」

「……さあ?」


 ボスはボクを励ますつもりだったのかもしれないけど、最後の返事が適当過ぎる。

 すぐに例が出ないのはわかるけどさ、当たり前に知りませんけど何か? みたいな顔して。


「記録しないじゃなくて、記録してほしくなかったんじゃないか?」


 土方くんが資料を指で辿る。やはり手掛かりはないらしい。


「沖田と洋斗を見て殺されるから殺さなきゃいけないと思ったのなら、所在を知られるとそういう奴が集まってくるのかもしれない。一応辻褄は合うだろ」

「でもあんだけ人望があるなら、記録に残るのも変わらないと思うけど……」


 洋斗の言うこともわかる、と土方くんは続けた。


「コミュニティは都度変わる。よっぽどの事がない限り、他所では"ある人間"に拘って、繰り返し話す事はない。きっかけさえあれば話すだろうが、話された方はいちいち会った事もない人間の話なんか覚えてないだろ。だが記録は違う。永遠に残る。こうやって俺達が読んでいる本だって、電子媒体へ形を変えても知る事が出来るんだ。つまり、幸才は知られたくないんだろ」


 土方くんの推測になるほどねぇと、わかったようでわかってないけど返事をする。

 じゃあなんで知られたくないの? 殺されると困るから。そんなの誰だって同じだよ。死にたくないんだもん。


 ボクと洋さんだけを狙って殺しに来る。顔が似ていて、血の繋がりを感じる。やっぱり、ボクらの先祖ってこと?

 そうしたらあの人、何じいちゃんになるの? 

 ていうか、ボクのルーツを辿ればあの人に行き着くの?


 自問していると、ある事を思い出す。必死過ぎて聞きそびれたけど、結構大事な事だったんじゃ――。

 

「そういえば……最後池に飛び込む時、家系の決まりがあるって言ってたや」

「家系の決まり……?」

「なんのことかわかんないけど……そう言ってたよ」


 伝えたところでわかる事はない。情報収集しに来たのに、手掛かりが見つからない。

 

「はぁ。ボクが1番話したのに、なぁにもわかんないの。何か知る方法ないのかな。あ、ボクと洋さんでもう一度過去に戻って、幸才と話してくるとか――」

「もう沖田は過去へ行かせない!」


 土方くんは被せて叱るように被せて来た。


 その声に周囲の視線が集まる。土方くんはハッとした様子で席を立ち、先に戻ると言い捨てて行ってしまった。


 洋さんに辛い思いをさせたくないんだ。だけど危険な選択は止めることは出来ても、代わりの答えは出せない。


 大事な人を守ってあげられないんだもん。もどかしいよね。


「怒らせちゃったや……」

「沖田さんがあんな目にあったのは自分のせいだと言ってましたからね……。けど、過去へ行かないと眠れなくなるのでは?」

「過去に戻るだけでは目的は達成できない。守もそのことはわかってますよ。行かせたくないでどうにかなるなら、もうとっくにやってますけどね。感情の問題ですよ」


 尾形さんの質問にボスはやれやれといった感じで答える。


 けれど結局、今回の禁忌は洋さんの一時的な呪いの軽減すら出来なかった。

 寧ろ痛手を負って帰って来た。ボクらが台風を舐めてたってこと。幸才のことをなくしても、ボクらは台風の猛威に翻弄されて全滅していたかもしれない。


 先人達が危険だったと"記録"で教えてくれても、過去の出来事だと高を括っていたのは事実だ。


 けれど過去に戻らなきゃ、ボクらの知りたいことも知れないんじゃないかな。


「そろそろ洋も帰ってくる頃でしょうし、オレ達も帰りましょう」

「本、戻して来ますね」


 ボスは左手首につけたスマートウォッチを見ながら言った。それで洋さんの場所を把握してるんだもんなぁ。

 兄妹としてはやめて欲しいんだけど、最近の色々を考えると付けてて欲しいっていうか。


 新撰組に入ってから、ずっと何かを考えてるや。頭も体も疲れて、机に項垂れる。喉から小さく唸り声を出していると、足音が聞こえて来た。


 尾形さんが戻って来たんだなぁと顔を上げると、土方くんが息を切らしている。


「すまん、洋斗が歩けないのを忘れてた」


 そしてボクに背中を向けながらしゃがんで、おぶさるように言ってくれる。


「優しい……ボスにはない優しさだぁ……土方くんが義弟ならいいかも……」

「は?」


 重なる反応。土方くんは耳を赤くし照れ臭そうで、ボスは不機嫌にオッドアイをギラつかせてボクの耳をつねる。


「痛い痛い! パワハラだぁ! ストーカーだぁ! 労基に言ってやるぅ!」

「チビのくせに……!」

「何してるんですか! ここ、図書館ですよ!」


 戻って来た尾形さんは慌てて、ボクとボスの口を塞いだ。周りの視線が冷ややかで、頭を下げながら図書館を後にする。

 そして外に出ると、土方くんは吹き出すように笑った。


「洋斗と伊東の方が兄弟っぽいけどな」


 思わずボスと顔を見合わせた。むわっと紫色に不機嫌なオーラを出して、すごい嫌そうな顔をしてる。お義兄さんとか呼ぶくせに、兄弟って言われるのは嫌なんだね!


「皆さん、仲が良くて羨ましいですよ。あんなに恐ろしい禁忌を犯しても誰1人欠けずに居られるんですから。衣食住をシェアするだけの仲には見えません。まるで、10人で家族みたいですね」


 尾形さんは柔らかく微笑む。


 家族、かぁ。ボクが最も求めていたもの。お父さんとお母さんの事は何も知らない。


 だけど、両親がいても洋さんみたいな家庭だったら。ボクの人生はどうなっていたかなって考えたら――


 あ。


「あのさ、土方くん」

「なんだ?」

「さっきのじゃない、超手っ取り早い方法を一個思いついたんだけど――」


 ボクはごくりと生唾を飲んだ。その人の名前を出すことは、結構勇気のいることだ。吐くのを無意識に我慢しているような、それでも吐こうと喉を開く。


「沖田聡さんに会いにいけば、何かわかるんじゃない?」


 洋さんの養父。きっとあの人なら、ボクらの両親のどちらかについては知っているんじゃないだろうか。神霊庁から洋さんを育てるよう指示を受けた人。何も知らないなんてことないよ。

 

 だけど、あの人がいるのは立入禁止の神の宿る島――沖ノ島。


 会いに行くハードルが高いどころか、近寄ることさえ許されない禁忌だらけの島。

 過去には戻らない。記録もない。それならもう、あの人しかいないじゃないか。


 けれど何も答えてくれない。また、怒らせちゃったかな。


「ごめん……思いつきで言ってる……よね」

「それしかないんじゃないですか。何も言わず、逃げるように洋の前から姿を消した――それだけでわざわざ上陸して詰められる理由になると思いますけど」


 ボスは最後に聡さんの顔を見た人。きっとあの時は何とも思わなかっただろうけど、今は違うみたいだ。


 土方くんは何も答えないまま。何を考えているのだろう。少し不安だけれど、足の動かないボクを、しっかり背負ってくれてた。

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