51勝手目 その自己中には裏がある(6)
鷲ヶ峰を下山し、服部の店に集まる。
洋がご飯用意して待ってて、なんて連絡してくるものだから、癖で台所に立っちゃうの。
その間に尾形さんが守、洋斗、秀喜を連れて図書館に行き、谷は樺恋が退屈そうにしているのを見て、晴太も含めて街に連れ出してくれた。
愛ちゃんは――どこに行ったのかしら。
さっき怒ったばっかなのに、唐揚げの仕込みまでしている。
愛ちゃんの子分性分が染み付いていると思ったけど、私も大概ね。洋に「ご飯まだ?」って言われると、早く食べさせなきゃって思っちゃうし。
愛ちゃんも、そんな感じなのかしら。
愛ちゃんが髪を切った。新見を助けたい一心で、自分のアイデンティティすら切り捨てた。
何も思わなかったわけじゃない。それほど本気なのねって、少し心が揺らいだ。
新見のことは……可哀想だと思った、けど。やっぱり許せない。
包丁を握る手、まな板に刃を叩く音。全て強くなる。力を入れすぎたからせっかくの九条ネギが潰れてしまった。
料理に苛立ちをぶつけるなんて。はぁと一つ息を吐くと、隣でせっせと油揚げに酢飯を詰めているネリーに、意見を求めてみる。
「ネリーは許せる?」
「ン? 吉乃チャンのコト?」
「そう。ネリーだって洋斗が帰ってこなくなったら悲しいでしょ。新見が鏡を壊したせいで、そういう結果になってたらって思ったら、嫌じゃない?」
「ヤだヨ。んデモ……」
しれっと名前呼び……。ネリーらしいと言えばそうなのかもだけど。きっと悪く思っていないのね。
「人にヤダな事され過ぎて攻撃したくナルのも、フツーかなッテ。愛チャンの話聞いて、思っタ。だからネリーは、洋が帰ってきたら決メル。宇吉は?」
ネリーはいなりを口に放り込みながら、宇吉に質問を振る。宇吉はあー……と気まずそうな顔をしながら、怪我した頬をぽりぽりと掻いて私をチラッと見るの。
「祈殿の手前、申し上げにくいんですがな……新見殿が居たから帰ってこれたのでは……と思っておりまして。確かに、洋殿の怪我に関しては、新見殿が過ちを犯さねば、なかったことかもしれませぬ。しかし、あの幸才という男に出会って逃げ切れたのは、紛れもなく京都の街を知り尽くした新見殿あってこそです。結果として何もなかったのですから、新見殿を突き放すのは心苦しくありますな」
「ふぅん……」
その幸才って男のことはよくわからないけど、2人とも拒絶しないのね。なんか私が悪者みたいじゃない。
聞かなきゃ良かったわ。皆それぞれ意見はあるけど、自分の考えと異なれば否定された気分になるんだもの。
ご飯の準備に集中しましょう。どうせ帰るまでこのモヤモヤは消えないわ。
台所にはお湯の煮える音や具材を切る音だけが響く。ここの店主である服部が入ってきても、一言も話さず作業する。
新見1人のせいで空気は最悪よ。
けど、この静寂は帰ってきた嵐によって壊される。引き戸を勢いよく開ける音。
「大丈夫だって! 今更帰るとか言うなよ!」
「嫌や! 日を改める!」
「アタシ達、明日、帰るんだっつうの! 力強っ!」
「こ、心の準備がなってないねん!」
「謝るくらいすんなり出来んのか! 心の準備する時間を与えてもらえる立場やないんやぞ!」
洋が新見を連れて帰って来たのね。わざわざ連れて来るなんて、どういうつもりよ。顔も見たくないっていうのに。
握っていた包丁を投げるように置く。
「祈!? ケンカ良くないヨ!?」
ネリーは米粒だらけの手にいなりを持ったままついて来る。
学の「穏便に済ませよ!?」と焦った声も無視。
そして、中には入りたくないと、腰を下ろしてゴネる新見を見つけた。相馬と洋に店に入るよう引っ張られて、イライラもマックスよ。
「うっさい! どの面下げてここに来たのよ!」
「あ……」
人の顔を見るなり、まずいって顔で青ざめる。全然反省してないじゃない。洋も相馬もよく連れて来たもんだわ。
「自分のしたことわかってんの!? 鏡壊して皆が戻ってこれなかったら、どうするつもりだったのよ!」
「祈のお説教が始まったぞ。こりゃ長いな」
「洋は黙ってて!」
店から出て来たネリーに洋を押し付ける。ネリーは「オカエリ。食べル?」と洋の口にいなりを近づけた。そうよ。いなり食べて静かにしてなさい。
新見は着物を整え、手を重ねて改まった様子で私の前に背筋を伸ばして立つ。
「何も考えてへんかった。沖田が帰ってこなくなれば、全部思い通りになるって思っとったから。他の誰がどうとか考えてたら、あんなことは出来なかったと思います」
「あっそ。随分正直なのね」
「……許してとは言いません。けど、謝罪だけはさせてください。ほんまに、すみませんでした」
新見は長く、深々頭を下げた。顔を上げると、もう言えることはないって感じで背を向ける。
泣きながら情けなく許してって縋ってくるのかと思ったら、そうじゃないのね。
「ちょっと待って」
「……なんでしょう」
振り向く顔には確かに腫れぼったい一重。太いフレームの眼鏡で目立たないようにしているのね。
だけどまぁ、随分お粗末なメイクだこと。一重メイクはやらない方がいいこと、やりまくりじゃない。
許さないと言ったんだからこのまま帰せばいいのに。晴太が変なこと言うから悪いのよ。洋は許せて新見のことは理解してやらないなんて、それこそ顔で選んでるみたいに感じるんだもの。
「入って」
そっけなく新見を店内に招く。洋のために準備していたメイク道具を出し、新見にはクレンジングオイルを渡して顔を洗って来るように言った。
彼女はキョトンとしていたけれど、洗顔が済むと椅子に座らせて水気を取ってあげる。
「何を……?」
「アイライン太過ぎ。まつ毛のカールが直角。アイシャドウは赤系だともっと目が重たく見えるわよ」
許したんじゃない。ただあんまり酷いメイクを直したかっただけ。
顔が理由で辛い目にあってきたのかもしれないけど、それをカバーするメイクのやり方もなってないのよ。
洋やネリーみたいに元がよくないと苦労するのはわかる。私も早起きして顔を作ってるんだし。
嫌いだからって手は抜かない。コンプレックスをどう活かして、隠せるか考えながら筆を取る。
「終わり」
メイクを終えてパフをコンパクトにしまう。我ながらいい出来よ。泣いた後みたいに腫れぼったい一重がスッキリして見えるんだもの。
「目が大きく見える……!」
鏡を見て目をキラキラさせちゃって。誰がやったと思ってるのよ。
「おぉ! ほんまじゃ! 化粧だけでこんなに変わるんじゃなぁ!」
「顔も明るくなりましたな。新見殿のコンプレックスも良さとして活かされてる」
「ワフウビジン!」
空気を重くしないためにわざと囃し立ててるわけじゃない。本当にいいと思って、新見を褒めている。
新見は少し戸惑いながらも嬉しそうに笑い、柔らかな口調ではんなり、ありがとうと涙もこぼした。
「その雑なメイクが見てられなかっただけよ」
もう話すことはない。暖簾をくぐって料理の続きをしようとする。すると洋も入って来て、私の肩に顎を乗せて来た。
何よ、猫みたいに甘えて。
「そんなに悪いやつじゃないよ」
「悪い奴なの。洋みたいに誰彼許せる人間じゃなくてごめんなさいね」
「アタシはただ1人にしたくないだけだぞ」
「冷たい優しさね。新見にとっては酷になるだけよ。嫌われたまま集団にいるのが1番苦しいと思うけど」
「そうだよ。だから連れて来たんだから」
驚いて洋の顔を見た。洋は小悪魔のような笑みを浮かべている。
あぁなるほどね。突き放す孤独より、つねに冷たい視線を向けられる粛正を加えるわけね。
独りになりたくない新見にも寄り添い、許せないと怒る私にも寄り添った、洋なりの最善策。
でもそれ、突き放すより残酷よ。
洋はこうと言えばこうなんだから。どうせそうなるんでしょうけど。
まぁ、更生させるって意見もあるし、宇吉やネリー、学も対して怒ってないわけだし。
「わかった。でも私はまともに話さないから。仲間に入れてもいいけど、仲間だとは認めないわよ。矛盾してるけど……」
「なんだそれ。まぁいいんじゃない? 人なんか矛盾した生き物なんだし、矛盾してた方が本音っぽいよ」
洋は肩から顎を離した。腹が減ったと、何かを摘もうとする。
「うわ、今日もいなりかよ……服部ぃ! お前んとこはいなりしか出せないのか!?」
「うちはいなり屋じゃぞ!? 喧嘩うっとるんけ!?」
洋はいなりは飽きたと服部に文句を言いに、台所を出て行った。あれだけ威勢が張れるなら、お腹の怪我は心配なさそうね。
それにしても。
目が大きく見える――!
新見の嬉しそうな顔を思い出したら、どうしてこんなに怒ってるんだっけと思っちゃう。
それに、私がいつか描いた夢が不意に叶ったような気がして。
洋の怪我を治すだけじゃない。私のメイクが役に立つ人間がいる――。
「ま、説得に負けたってことにしておくわ」
長年の悩みを解決してくれたと、喜んでもらえたのが嬉しかったわけじゃないわ。
自分にそう言い聞かせて、すでに準備されたカトラリー類に1人分足した。




