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51勝手目 その自己中には裏がある(1)

「飛ばされたって思ってからの記憶がないんだよなぁ。木が刺さったとか言われても……腹は痛いけど、なんかゴロゴロするって感じ?」


 すっかり意識を取り戻した沖田はけろっとした顔で、ビニールシートに転がる血のついたガーゼを丸めた。


 これには全員がポカンと目を丸くする。


 あれだけ必死になって連れ帰って来たのに。

 あれだけ勇気を持って処置したのに、と。


「いやぁ……なんと言いますか……とりあえず、良かった、ですな!」


 宇吉が空気を変えようと明るい声色で、喜びましょうと拍手する。うるせぇ。そんな気分になれるか。


 なんだか拍子抜けだ。体の力が抜けて疲れが一気に襲いかかってくる。こうなって欲しいとは望んだが、けろっとしすぎだ。


「守と秀喜がお腹を治してくれたのよ。感謝しなきゃ」


 祈は沖田の目の前に立ち膝を付き、顔についた乾いた飛び血をタオルで拭う。沖田は俺達に「どうもな」と、よくわかっていないけど言っておくか……感丸出しでお礼を言う。


 そこにすかさず祈の鉄槌がくだる。容赦なく沖田の耳をつねったのだ。


「ちゃんとお礼言いなさい! ったく、呪いが解けても適当なのは変わらないんだから……」

「あとでちゃんとお礼するよ! 土方、伊東。どうもありがとう」


 沖田は頭を地面スレスレまで下げて、祈の顔色を窺っているようだ。俺達だけじゃないぞと返せば、「皆さんどうもありがとうございました」と、これまた丁寧にお礼を述べる。


 そして立ち上がって大きく蹴伸びをした。


「バカ! 傷口が開いたらどうすんだ!」

「え? あぁ、そっか」


 血だらけのパーカーをちらりとめくり、周囲を気にせず腹を出す。縫合した部分はまだ生々しく赤く腫れていたが、沖田は痛がる様子もない。


「もし開いても、オレが縫ってあげますよ」

「伊東がやってくれたのか? さてはグロ映画見過ぎて怖くなかったんだろ!」 

「さすが洋。悪趣味も時には役に立ちますね」


 伊東はナチュラルに傷口に手を滑らせて撫で、沖田と楽しそうに談笑する。

 元気ならいいんだ……元気なら……。


「うわ、何、土方」

「ん」


 伊東に対抗するように沖田の後ろからぎゅっと抱きしめた。顔は見せないように俯く。人前とかどうでもいい。沖田が生きていてよかった。それもある。

 でも信じて待ってたのに、誰より先に伊東にニコニコするなんて不愉快だ。


「守、スンゴイ泣いてんだヨ。樺恋も泣かなかったノニ……オヨ?」


 ネリーは揶揄う。お前だって泣いてたくせにと言ってやりたいが、沖田の体越しに衝撃を感じた。


 沖田は「ゔぉっ」と鈍い声を出し、何かを抱き止めたらしい。小刻みに揺れるツインテール。そして徐々に大きくなるしゃくり声。


「洋が死んじゃうがど思っだぁあ!」


 樺恋の我慢していたものが滝のように溢れ出す。そういえばこの子は泣いていなかったっけ。ネリーの言う通り、俺はたらふく泣いたが樺恋の感情とは切り離して欲しいもんだ。


 だって俺が1番沖田と過ごして来た時間が長いんだもん。しょうがないだろ。


「前から後ろからなんだよ……」

「ごわがっだのッ」

「はい、ごめんなさい。一生謝って過ごすのか? アタシはどうしたらいいんだよぉ……」


 沖田は困惑しながら、抱きつく樺恋の背中を撫でていた。そしてもう片方の手は俺の脇腹をポンポンと叩く。


 リズムが遅くなると沖田は首を左右に動かして、「新見は?」とあの女を探し始めた。目覚めた時から新見を気にかけてばかり。散々言われたのに、沖田は気にしていないのか?


「新見は大丈夫だったの?」

「無事じゃぞ。メガネは割れとったが、一緒に帰って来たん……じゃ……が? どこ行ったじゃ」


 姿が見当たらない。沖田は俺と樺恋の間から、するりと抜けた。

 近くを探しても、名前を呼んでも出て来やしない。


「いけんことして合わす顔がないんやろ。新見がおらんかったら、沖田はんはこうはなってへんかったかもなんやし。少し反省させ」


 相馬が沖田の肩に手を置いた。


 誰もが新見のことをよく思っていないだろう。嫌なヤツを通り越して犯罪者だ。反省して自分の行いがいかに愚かだったか見つめ直してほしいもんだ。


 だが、呪いが解けた沖田は違った。


「禁忌に慣れてないのによく耐えたなと思って。すんごい風だったからさ。何かがトラウマにならないといいな」


 全ての事情を知らないのもあるだろうが、沖田だけが新見に嫌悪を示さなかった。

 疲れたから帰ろうと、率先して後片付けまでする始末。


 聡さんや葵さんが沖田を真っ当に育てていれば、最初からこんな感じで分け隔てなく人と接していたんだろうか。

 我儘で身勝手なところばかりにフォーカスが当てられていただけで、根はこうだったのか。


 なんだか俺の知らない沖田な気がして、"置いていかれそう"と焦りを感じる。

 性格が良い方がいいのに、俺の手から離れて行く気がして苦しい。


 沖田の周りをちょこまかと動き回る樺恋にすら嫉妬するレベルだ。

 胸辺りのアウターをぐしゃっと掴み、霧を晴らすように左右に揺らした。

 紛らわすように用具を片付ける。冷静になれ。沖田が好かれていいことじゃないか。


 皆に心配されて嬉しそうで、京都支部の人間とも打ち解けて――。

 

 いいことなのに、なんだか寂しい。


「あぁやってまた人の心を堕として行くんだろうなぁ。罪な人だよね。ま、万年片想いの僕は慣れっこなんだけどさ」


 心を読んだように晴太がゴミを回収しながら近づいて来た。


「人に無関心なだけじゃないか。だから誰彼構わず……」

「ふふ。守ってばすごい解釈するね。洋は我儘だけど、人のこと弾いたりしないよ。前から言ってるじゃん。僕はそこに惚れたんだって」

「晴太のは小学生の頃の話だろ」

「うん。でも、洋の根本は変わらないよ。我儘だなぁ、どうしようもないなぁって思いながら、どこかで頼って洋に惹かれてく。これこそ呪いだよ――だから、きっと新見さんも変われると思うな。まぁさ、新見さんは好きになれないけど、解る努力はしようよ」


 晴太は笑顔で「ねっ」と同意を求めて来た。しかし今日の晴太は沖田に意見を合わせるのではなく、組織のリーダーとして言葉を選んでいるように見える。


 晴太も樺恋も、そして他も成長しているのに。俺だけが沖田に依存して泣いて、なんだか恥ずかしい。


「安心シタラお腹すいたネ! 皆でゴハン食べヨ!」

「おぉ、それならうちにまだいなりが残っとるぞ!」

「えぇ!? またいなりぃ!? あたしもう飽きたぁ」


 安堵から歓喜へ。帰還を祝おうとネリーが持ち掛ければ、どれだけ悲しい思いをしようが怪我をしようが関係なく賛成の手が上がる。


 難しい話は後にしよう。今はただ、ありったけのおかえりを伝えてやりたいから。


「沖田は唐揚げか?」


 テンションのせいにして、沖田の背後から腰を抱き寄せた。

 沖田は小さく驚いて振り向いてくれる。表情はくすぐったそうな笑顔だ。


「消化に悪いもん食わせんな!」


 そう言って脇腹を小突かれる。返してやろうか迷ったが、怪我をしているから頬を一度突いてやるだけにする。


「あ、あ、あ、あのッ!」

「ん? ……ん? 誰……?」


 オドオドとした声。視線をあちこちにころがって、顔を赤く染めながら沖田に話しかけてきた。

 沖田は面識がなく、それに気がついた晴太や学、谷に抱えられた洋斗も集まってくる。


 松原愛――ペーパー医師免許持ちの神霊庁の職員。そう説明すると、4人は「ペーパー医師免許……」と声をそろえる。


 愛は首を振り、何かを話したそうに見えない誰かと話しながら沖田にチラチラと目線を送る。


「なんだよ。早く言えよ」

「んい! っとぉ……えっとぉ……その……あ、愛ちゃんは、その……沖田さんがかっこいいと思いまして……それで……その……」

「何!」


 かっこいいの褒め言葉より、話を出さないのにイライラする沖田。愛の顔に近づけば、愛は「び、び、美人……!」と顔を逸らす。


「愛ちゃん。言いにくいなら私から言おうか。考えていることはわかるよ」

「お、尾形く……ん」


 尾形は助け船を出す。か、愛は覚悟を決めたように両手を握り、気合いを入れたのか大声で叫んだ。


「き、吉乃ちゃんのこと! 助けてくださいッ!」


 弱々しい口調からは想像もつかない、掠れた高音が放つ願い事。


 何をどう助けて欲しいのかはわからんが、沖田は迷わず答える。


「いいぞ。新見、だからな。ねぇ、近藤局長」

「その呼び方の時って僕をあてにしてる時なんだよね……場合によるけど。神霊庁絡み?」


 2人の対応には伊東と相馬が眉間に皺を寄せ、大層嫌がっていた。


「き、吉乃ちゃんの……気持ちを……た、助けて欲しいんです」


 しかし愛は不安と期待を交えた表情で、沖田しかいないのと両手の指を絡め合わせて「お願い……」と切なく呟いた。

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