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50勝手目 帰っておいで(3)

壊れた内臓。絶望的な肉の抉れ。理不尽に壊された体。創作物なら、よく出来ているなと感心するでしょう。

 血生臭い死の香り。人が苦しむ姿を見て、自分を保っていた時もあった。


 皮膚に針を刺し、糸を通すのは拷問だ。洋が耳を裂かれて帰って来た時のことは今でも忘れていない。

 あの時は異常だった。その異常さに酔っていた。


 誰かを殺したい――あの欲求はとうに消えた。それでも痛々しい患部に目を向けてしまう。自分で自分がわからない。


 額から滲む汗はどんな意味を持っているんです?


「なんでそんな簡単に縫えるんだ……? 経験あるのか?」


 守の戸惑った問いかけにすぐに言葉が出てこなかった。手元を動かしながら、頭の中と胸の中を整理する。


 洋に趣味がバレた時、この世の終わりだと思った。気持ちが悪いと引かれて終わり。もう関わる事もないだろうと。


 それでも彼女はオレの全部を受け入れてくれた。歩み寄るわけでもない。慰めるわけでもない。


 向き合ってくれただけ。オレの苦しい部分を容赦なく触って、「なんでもねぇじゃん! 大袈裟だな!」と叱ってくれただけ。


 気にしていたこと、受け入れられないと思っていたことを、いつか何かの役に立つと言ってくれた。


「洋と過ごす前、グロい作品が好きだったんです」

「……は?」


 守は少し引いていた。それでも構わない。背中を縫い終えて、ぐちゃぐちゃの内臓を見つめた。


 グロテスクが好きだと言えば、今の状況を楽しんでいると思われたって不思議じゃないんですからね。


 守の顔を横目で見れば、ほら。完全な軽蔑とは行かぬとも、助けたくて施しているわけじゃないんだなと言いたげな顔。


 やっぱり俺じゃなきゃ助けられない。そう思ってるんでしょうね。

 どう話しても納得してもらえるとも思いませんけど。


 一息つくついでに手袋と糸を替えた。


「今は見たいと思いません。嫌いになったわけでもない。ただ、見る必要がなくなったので」

「グロ映画を見るだけじゃ縫合出来んだろう……興味があって、沖田で試してるのか?」


 まぁ、そうなりますよね。今更傷ついたりはしませんけど。事実、耳の縫合の時には晴太に顔が笑っていると言われたし。


 過去は変えられない。けれど今からは変えられる。

 それを教えてくれたのも洋だ。


「洋がこの趣味はいつか役に立つと言ったんです。それが今だと思った。それだけです。失敗したらどうしようとかは考えてますよ。けど、考えているだけで洋は起きないでしょう」


 糸を通し終え、いよいよ内臓に触れる。指先だけでも、グチュりと触れてはいけない部分に手を入れているんだと思い知らされる。


 その音を聞き、ブルーシートの向こう側から「どこの音なの」と怯えた声が聞こえてきた。

 教えてやりません。そう思ったのは、自分の知らない自分が顔を出し始めたからだ。


 ぐちゃっと赤く染まった縄のような臓器がめちゃくちゃになっている。

 ビニールシートが激しく動く音がすると、中に入って来たのは松原愛だった。


「ち、腸……! ほ、縫合するんですか……!? つ、繋ぎ合わせても血が通わなかったりしちゃう……! うぇっ……」


 本当に医師免許持ちなんでしょうかね。臓器を見て嗚咽を漏らすなんて。

 守も「そんな……物みたいに持つなよ」と顔の筋肉をピクピクと動かす。


 何故でしょう。


 心臓がばくばくと音を立てる。それは不安ではなく、ときめきに近い、喉が苦しくなるような"異常"。


 腸を扱う映画のシーンを思い出して。あの映画は狂気的だった。

 臓器に糸を通すなんて、普通の人生を歩めばあり得ない出来事。


 抉れた臓器を縫い合わせ、一本にしていく。ぐちゅ、ぐちゅという淫らにも聞こえる血音が胸を締め付ける。


 洋の中に触れてる。この世でオレだけが、誰も触れないところに触れて、彼女を生かそうとしている。

 幼馴染である守がただ見ているだけ。こんな優越感はない。


 ――腸を縫い終わると、終わってしまったと寂しい気持ちになった。もっと独り占めしたかった。


 足りない組織や細胞はあるでしょう。腹もなんとかして皮膚を集め、臓器が見えないように閉じてあげる。

 腹にはオレが中に入った印がある。素人の縫合は荒々しくて褒められたものでなくても、かえってそれが良い。


 自分の物にした。そんな気分。


「終わった……」


 守が安堵のため息と共に呟く。冷えたらまずいと腹に上着をかけられてしまう。そんな細やかな気遣いが出来ても、洋の臓器には触れなかったんですよね。と、心の中でマウントを取ってしまう。


「もうこんな思いはさせたくない。早く呪いを解いてやらないと……」


 青い瞳に決意を浮かべる守。そうですね、と口は動く。

 

 だけど、どうしても呪いが解かれてほしいとは思えない。こんなことを繰り返して、その度に泣きそうになりながら治してと頼って来て欲しい。


 誰彼構わず好かれる洋が大好きだ。

 でもそんな洋が大嫌い。


 呪われたまま皆の死を待って、寂しいと泣いて。

 そして同じように呪われたオレが隣にいたら、嫌でもすがってくるはずだから。


「呪いを解くより、一緒に呪われた方が愛は深いよ」


 父親の言葉が頭の中を駆け巡る。親子だから、きっと父親もおかしいんですよね。


 早く誰かに呪ってもらわなくては。いつか、ではなく、すぐにでも。

 洋の腹をそっと撫でると、体がぴくっと動いた。


「沖田……!」


 守は洋の体に飛びついて、痛く無いかと必死に声を掛けた。今はそうさせてあげましょう。

 いずれはオレがその立場になるのだから。


 洋の目が薄らと開いていく。

 どれだけおかしなことを考えていても、意識を取り戻してくれたのは喜ばしい。


「……新見は?」


 目覚めた最初の一言は他人の心配。まだ虚な目で状況を確認しようとする姿がいじらしい。

 守はまたぐじゃぐじゃと泣いて、洋の胸に顔を埋めて目覚めたことを喜んだ。


「無事ですよ。皆、ね」


 オレの言葉に洋は少し口角をあげた。ブルーシートの壁が勢いよく剥がされ、わぁっと全員が泣いたり笑ったりしながら洋を呼ぶ。


 禁忌は終わった。洋が望む新撰組の絆は、十分深まったのではないでしょうか。

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