50勝手目 帰っておいで(2)
「戻って来た!」
樺恋の明るい気付きと共に、雪崩れ込むように9人が帰ってくる。
「えっ……洋?」
樺恋の声はすぐに暗く、そして怯えた表情になった。そこに晴太が沖田の姿が見えないよう、隠すように立ってやる。
「大丈夫だよ。洋は強いって、樺恋ちゃんが1番わかってるよね」
「でも……」
「樺恋はお子ちゃまだから、アタシのこと何もわかってないんだなって言われんぞ? まぁわかんねぇか、おれは兄ちゃんだからわかるけどな」
学がこんな怪我は洋にとっては何でもないと軽口を叩きながら、沖田の体をブルーシートに置く。連絡の通り、沖田の腹には木が刺さったまま。想像していた木よりも細いが、これを抜くとなると覚悟が必要だ。
祈と愛が買って来たブルーシートを木と木に括り付け、帰って来たばかりの宇吉に樺恋を遠ざけるように言う。
木を抜いたら。問題なのはその後だろう。医師免許持ちの愛を頼ろうとしたが「ぺ、ペーパーなんですぅ……何にもしたこと、ありませぇん!」と頼りない発言をされた。
医師免許のペーパーほど恐ろしいものはないぞ。沖田の異常な治癒力に頼っても、俺1人でやるのは難しい。
誰に手を借りようか。
見渡せば帰宅組は全員が息を切らし、新見と相馬は特に疲弊している。谷は背負っていた洋斗をネリーに受け渡していた。
「ネリー、心配かけてごめんね」
「イイ……帰ってキテくれたから……」
ネリーは涙で震える体では洋斗を支えきれず、谷に再び体を預けた。洋斗の足はぶら下がっているだけで動かない。それでも意識がしっかりしているのが救いだ。
学は祈から心配……ではなく、説教を受けている。台風が来ているのに川の近くでのったらくったらするバカがどこにいる、と。
特に外傷もないから適当に座っとけと言われた学は、しゅんと俯きながら正座をした。
ダメだ、アテにならん。祈も耳の縫合の時には躊躇っていたから頼みにくい。
かといって晴太も重傷で……。
いや、いい。1人でやろう。沖田だって、ずっと木が刺さったままじゃ痛いだろうしな。
必要だと思った道具を抱え、ブルーシートをくぐる。
青で四角く囲われた空間に沖田と2人になった。
動かない沖田の頬を撫で、少し開いた唇に親指で触れる。
「おかえり」
返事はない。さっきまでの俺なら、ここで沖田を信じずに泣きじゃくっていただろう。だけど沖田が「信じて」と言ってくれた。
だから信じる。沖田は木を抜いたら、また普通に動き出すから。きっと心配したのが嘘みたいにさっさと治って、腹が痛いって騒ぐんだもんな。
祈たちが買って来た手袋をはめる。周りにガーゼやタオル、それを入れるビニールも準備した。
消毒液、包帯、糸や針。医療の知識なんて全くない。
「ほ、本当に抜くん……ですか? び、病院に、連れて行って、抜いてもらうべき、です……」
ビニールシートの隙間から愛が片目を覗かせていた。
素人が抜いてしまったら内臓が傷ついてしまうことや、動脈や静脈が傷ついて大出血を起こす可能性があること、感染症のリスクがあるとつらつら話す。
ペーパーでも免許持ち。愛の言うことは正しい。なら愛がやってくれるか? と問えば、「出来ないよ」と目を隠した。
「お、沖田さんの体……と、取り返しのつかないことになる……」
それでも愛は念を押す。
沖田は病院が嫌いだからと言ったら、そんなこと言ってる場合じやないと怒るだろうな。もう何十回と繰り返した言葉だが、自分達で起こした悲劇は自分達でなんとかする。
そこに全く関係のない人間を巻き込むと、これから続く日常生活に支障が出る。
沖田が呪われたばかりの時、沖田と晴太は警察に厄介になった。禁忌を犯して意図して現代人に関われば、あれより厄介なことになるんだからな。
なら、今回も例外じゃない。部外者は頼らない。
素人が医療行為をするのが禁忌というのなら、俺は喜んで犯すさ。
「平気だよな。沖田」
愛に背を向け、横向きで寝ている沖田を貫く木に目を向けた。
そういえば、あの時の沖田は目の色が変わっていたっけ。どうか呪われたままであれ。眠るように閉じられた瞼を開くと、黄色い目玉がきらりと光る。
良かった。《《呪われている》》。どこかへ行くのは辞めたんだな。これなら、心置きなく信じられるよ。
まずは木に生えた小枝をペンチで切る。木の皮を剥ぎ、なるべく凹凸がないように整える。
周囲を消毒し、後はいよいよ抜くだけだ。抜くとは言ったが体は強張る。自分に大丈夫だと何度も言い聞かせ、沖田の言葉を思い出す。
木を掴む手を引けばいい。真っ直ぐ、これ以上体を傷つけないように、ゆっくり。
手が震えれば木にも振動が伝わる。しかしその震えはぴたりと止まる。
「手伝いますよ」
「伊東?」
伊東は平気そうな顔をしていた。それは彼の行動にも出ていて、迷わず木を引き抜こうとする。
こんな時に変な対抗意識が湧く。
俺が抜くって言ったんだ。俺以外に抜かせるかよ。
手に力を入れてゆっくりと木を引き抜く。幸いにも体内への引っかかりはなく、スムーズに行きそうだ。
出血している箇所を伊東に確認してもらいながら、感覚だけを頼りに恐怖と戦う。
ブルーシートの向こう側も静かだ。きっと皆が沖田の無事を願っているんだろう。
あと少し、もう少し――。
木の終わりが見える。体が後ろに倒れると、抜いた木は赤をまとい、鈍い音を立ててブルーシートの上に転がった。
やった、抜けたと、喜んだのは束の間。
沖田の腹には草木が見える。腹に大きな穴が空く。内臓からはぐっちょりと血が吹き出し、血は栓を抜いたようにドロドロと穴から垂れてくる。
また沖田の体を縫わなきゃいけないのか。見た目の悲惨さにまた涙が込み上げてくる。痛いよな、苦しいよなと声が漏れてくるんだ。
針と糸を手に取るが、針穴に上手く通すことが出来ない。それを見かねたのか、糸が俺の手から物を奪っていく。
「オレがやります。得意なんで」
得意ってなんだよ。涼しい顔で糸を通し、躊躇うことなく背中の皮膚に針を刺した。




