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50勝手目 帰っておいで(1)

洋斗さんを救出した後、僕は伊東さんの指示で京都御苑を目指して走る。土地勘のない僕は京都支部の2人を頼りにするしかない。


「京都御苑、遠いんじゃぁ! それぞれ適当に戻っちゃいかんのか!?」


 服部さんが目を吊り上げて怒るんだから、相当な距離なんだろうな。


 だから服部さんの言い分もわかる。けれど僕らは禁忌を犯してるんだ、学校や仕事が終わったから各々でさようなら、なんて帰り方はできない。


 禁忌を冒したら皆で帰る。洋と禁忌を初めて冒した時から決めていた鉄則だ。


「ダメじゃないけど……! 伊東さんは僕らが安全に帰れる最善の判断をしたんじゃないかな。川は氾濫してるし、水や鏡が絶対にある場所もわかんないし。なら確実な1箇所に集まって一斉に戻った方がいい。僕は的確な判断だと思うよ!」


 伊東さんだって時間や判断材料が少ない中で指示してくれてるんだ。現地で混乱している僕らよりもずっと冷静だと思う。


「にしても、もう少し近いところあったじゃろ!」

「服部よぉ、清水寺から行く方がよぉ、遠いんじゃねぇか? オレたちの倍じゃねぇ?」


 谷さんはオレたちの方がマシだろと続けた。

 そうなの? と問いかけると、服部さんは黒目を上に向けてとぼけた顔をする。

 そして、それ以上文句を垂れる事なく口をすぼめた。


「まぁまぁまぁな? 遠いのは遠いけどよぉ。近い方がいいこったは間違いねぇのよ。洋斗は小ぃせぇのに重いしなぁ」

「小さくないやいっ! 谷くんが身長高すぎるんだッ! キミと話すとねぇ、首が疲れるんだからねッ!」

「そらご苦労。どうだ? 190センチの世界は」

「バカにしてぇ!」


 谷さんに背中からぴょこっと、怒った顔を出す洋斗さん。瓦礫の下敷きになって足が折れているのか潰されているのか、1人で立てないみたいだ。


 やっぱり、三途の川での出来事は精神世界での出来事で、肉体とは関係ないんだね。生き返ったのはいいものの、僕の頭も割れたまま。不思議と痛みはないけどね。


 谷さんから借りた手拭いを巻いて患部は見えないようにしてるけど、現代に戻ったら痛いとかなのかな。


 何が起きてるんだか……


 なんで、どうしてが山ほどあるや。現代に戻ったらまずはこの頭をどうにかして、仙台に帰って、仕事して……。リフレッシュついでに京都に来たのに、かえって仕事を増やしてるよね。


 でも最優先は――


「幸才って人、なんなんだろうね」


 僕の一言で場の空気が変わる。


「目的に検討がつかんからのぉ。小学校関係者に話を聞いた限り、悪い奴だとは思えんし。じゃがなぁ、洋斗の話を聞けば悪い奴じゃろうて思うしな」


 僕と服部さんは倒壊した小学校関係者に幸才について尋ねていた。校舎の下敷きになって亡くなっている子供がいる中で時間を貰うのは、心苦しかったけどね。


 それに、わかったことは人となりくらいだ。


 小学校教師である他に、医療や法、あらゆる知識や経験が豊富で誰からも好かれる善人だと。

 知らない人の方が少なく、それこそ"神"として見られるような場面もあったみたいだ。


 実際、息も絶え絶えになった子供たちの中には幸才に救いを求める子も居たしね。

 幸才も命が絶えた子供を見ては膝から崩れ落ち、家族だと言う洋斗さんが"死んだ"と周囲に伝えてから、その場で誰よりも悲しみに暮れて泣いていたらしい。


「子供が死んで泣くのは悪党にだって出来んじゃねぇか?」

「じゃあボクが"死んだ"と思って泣いたのは?」

「それは洋斗がよぉ、チビだから子供だと思われたんじゃねぇの!?」

「真面目に答えてるなら性格悪いよ!」


 洋斗さんは谷さんの両耳を引っ張って「キーッ!」と奇声をあげる。


「その、顔が似てとるってだけで家族判定するのもガバガバじゃな。洋のところにも行っとるんじゃろ。血の繋がり関係なしに顔が似てたら殺そうとするのは理由があるんじゃろうがな……」

「顔が似てるだけなのにね。僕らは顔を見てないから、どのくらい似ているかわからないけど」


 見ておきたい気持ちはあるけど、出会ったら危険が迫る。ここはグッと気持ちを抑えて帰ることを考えよう。

 

 現代に戻れば、検索力と洞察力に長けた幼馴染がいるからさ。


 やがて京都御苑に到着し、学さん達を待つ。九條池という場所で待つと連絡すると、程なくして柄の渋滞を起こした着物姿が見えた。新見さんだ。


「新見! こっちや!」


 服部さんが笑顔で大きく手を振る。


「晴太――ッ! 洋斗と先に帰れ!」

「新見も先に行き!」


 学さんの切迫感ある叫び声に気持ちに緊張が走る。


「嘘じゃろ……!?」


 学さん達よりも速く先頭を走る新見さんが、服部さんに倒れ込む。


「殺される! はよ逃げぇ!」


 彼女の青ざめた表情の理由は明らかだった。1番遠くで宇吉さんが後ろ向きでこちらへ歩を進めながら、誰かと棒のようなものを振りかざし合っている。


 相馬さんと学さんは2人がかりで洋を運び、命からがら池の前まで辿り着いた。


「宇吉! もういい、幸才から離れろ!」

「ならば早く洋殿と洋斗殿を!」


 金属がぶつかり合う音。宇吉さんは鉄棒を、そして洋と洋斗さんに似た顔――幸才は軍刀を振るう。


「家族は置いて行け! 家系の決まりがある!」


 幸才は言葉や声は必死だけど、顔は嗤っている。鋭い眼差しのまま、躊躇なく宇吉さんに軍刀を振りかざしていた。


「う、宇吉もそろそろ限界ですぞ!」


 宇吉さんは奥歯を噛み締めながら、必死にその攻撃に耐えている。鉄棒を振るい、軍刀の軌道を逸らすのが精一杯だ。

 洋たちを殺そうとするその刃を弾く。だけど、弾くだけ。攻めに転じる暇なんてない。


「……そろそろ、限界じゃないか?」


 幸才の軍刀が快晴の空を切った。宙に細く血が舞う。


「宇吉さん!」

「頬だけですからご安心なされ!」


 それでも幸才の攻撃の手は緩まないんだ。宇吉さんが防御をやめたら、彼が刺されたりしないだろうか。


 どうしたら、どうしたら――。


『宇吉ィ! いつまで何やってんのよ! 洋が痛い思いしてるんだから早くして!』


 学さんの電話から、幼いじゃじゃ馬の声がした。

 宇吉さんはその言葉を聞くなり、鉄棒を大きく振りかぶって幸才の手首を強く痛めつける。

 怯んだ隙に猛ダッシュ。池を目掛けてまっしぐらだ。


「宇吉も皆様に続きます! 早くドボンなされ!」


 人差し指を下に向けて池へ飛び込めと言う。新見さんから始まり、服部さん、谷さんは洋斗さんを背負ったまま、相馬さんと続く。


 洋を横抱きした学さんは幸才に向かって中指を立てて見せた。


「オメェなんて怖かねぇんだよ! バァカ! せいぜい老後は孤独に死に腐ってな!」


 すごい煽り文句。だけど僕は少し清々しかった。

 学さんも池に飛び込む。僕は宇吉さんの手が触れる距離まで来ると、彼を先に池に入れ、あとに続いた。


 幸才は軍刀を振るえば僕の背中に届く所まで来ていたけれど、そうはしなかった。

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