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49勝手目 ピアスをあげた理由

――気がついたら眠っていたらしい。


 沖田や晴太たちが危機的状況なのに、俺は何をしているんだろう。過去に戻れない悔しさ、ショックな出来事に耐えられない心の弱さ、自分の無力さに嫌気が差す。


 瞼は開けたくない。開けてしまったら現実が動き出す。俺だけがこのまま、最悪を知らずに消えてしまえたり出来ないだろうか。


 嫌だ。嫌だ、嫌だ。嫌だ。

 俺のせいだ。俺が自然災害にこだわったから。人間が関わる人的事案ならば、沖田は誰かに傷つけられてしまう。

 それが嫌だった。


 刺殺、射殺、絞殺、轢殺、撲殺。どんな事も経験して欲しくない。ましてや沖田が誰かに犯されたら? そんなの耐えられない。死んでしまいたい。いや、死んでも足りない。


 そんなエゴのせいだ。自然なら、心のどこかで「仕方ない」と割り切れるから。

 沖田のことを考えてたんじゃなく、俺が傷つきたくなかっただけだ。


 だからこうなった。よりによって日本史上最強の台風に行かせてしまったんだ。台風なんて大した事がないと甘く見ていた。だから……だから……。


 このまま蹲ったまま死にたい。学や晴太、洋斗が帰って来ても、どんな顔をして話せばいいのかわからない。

 ましてや沖田が、沖田がいない世界なんか――


「土方」

「……沖田?」


 俺を呼んだ。確かに沖田の声だった。


 重く閉じていた目を開き、勢いよく起き上がる。京都の山に居るものだと思っていたら、何もない、果てしない白が広がる空間の中に居る。


 目の前には後ろで手を組んで、俺を見下ろす沖田が居た。


「沖田!」


 ごねていたのが嘘のように、足は直ぐに立ち上がる。意識するより早く腕が沖田を捕まえる。

 沖田の体は酷く冷たい。雨に濡れて寒いのかと顔を見る。


「沖田……?」


 目の色が、呪われる前の茶色に戻っている。


 全身の毛が逆立つような気分だ。呪いが解かれた。意識がない。知らない空間。目の前にいる沖田の冷えた体。


「イヤだ……」


 昨日、誕生日だっただろうが。一昨日は呪いがひとつ解けたって喜んで、今日で終わりです、なんて嫌だ。


 こんなの死ぬ間際に会いに来たみたいだろ。嫌だ。嫌だと繰り返す。けれど沖田は何も言わない。ただ腕の中にいるだけ。


 喧嘩して離れ離れの方がマシだ。訳のわからない理由で勝手に呪われて、過去に戻らないと救われなくて、人を助けて死ぬなんて。


 沖田はワガママで自分のことだけ考えて生きていればよかったんだ。だからワガママも身勝手も許してこれた。


 まともに教育されてこなかったが故に社会に馴染めず、整った容姿と我を貫く性格のせいで嫌われて嫌な思いをしてるのも散々見てきた。


 寂しくて仕方がなくて、俺に我儘を言って紛らしてるのもわかってた。

 

 沖田はもしも自分が新撰組の一員だったら、誰も死なせやしないのに。なんて切なそうに言っていた。ただのオタクの妄言かと思っていたんだ。


 今ならわかる。沖田が本気で言っていたって。史実の細かなことはさておき、沖田の目に映る新撰組は"共にいるべき仲間"に見えていたんだろう。


 だから自分よりも新見を優先したんだ。ワガママだった沖田が、自分より誰かの心配をする。

 それが出来るようになったのは良いことなのに、こうなるくらいなら自分中心の世界で生きていて欲しかった。


 ここで沖田を離したら、二度と会えなくなるんじゃないか。考えただけで朽ちていきそうだ。だから離さないように、離れないように腕に力を込める。


 土方、痛いとも言ってくれない。何も話さない。だけど沖田が隣に居てくれるなら、ずっとここに居たって構わない。沖田さえ居てくれたらいい。


 ずっとお隣さんだって言ってたんだから。


「土方、なんでピアスくれたの?」


 驚いた。急に話し出した。落ち着いた声、無表情とは違うけれど、目はまどろんでいた。


「なんでって……」


 沖田に渡した時、大学生になったから開けたかったなんてバカみたいな理由をつけた。

 

 けれど本当は過去へ戻る沖田に、どこにいたって側にいるという意味を込めた証をつけて欲しくて渡したんだ。


 沖田がピアスをプレゼントする理由を調べるとは思わなかったし、照れ臭くてただのファッションとしてだと何度言い張ったか。


「いつでも一緒にいるって、伝えたかったから……」


 今は照れなんて隠さなくていい。本音だけが溢れ出す。

 沖田はやっと両手を背中に回してくれた。


「アタシが居ないと寂しいか?」

「寂しい。どこにも行かないで」

「それなのにアタシが死んだと思うのか?」

「だって、皆、洋が動かないって……」


 信じたくないんだ。けれど沖田に好意を寄せる伊東でさえその情報を信じてしまう。


 正直、学や宇吉が死んだと言っても信じないが、晴太や伊東に言われると心が折れた。

 お前らが言うならそうなんだ。でも違う、でも、でも……沖田に電話をしても出てくれないならそうなんだ。


 気持ちが抗っても、頭ではその事実を認めている。呪いが解けてしまった、と。


 俺の返答を聞いた沖田は、そっと背中から両手を解いた。そして向かい合って密着していた体を離す。


「土方が信じてくれないなら、どっか行っちゃおうかな」

「どうしてそんなこと言うんだよ」

「生きてるって思ってくれないんだろ? ならいいよ。もう苦しめたくないし、戻っても体も気持ちも辛いから。みんなが死んだ後、独りで生きていくのも怖いもん」


 きっと、本音なんだ。表に出さなかったのは、泣いてしまうからか? 確かに苦しい。禁忌を犯すのも、待つのも、神霊庁という組織から敵視されているのも社会的に圧されているようで怖い。


 なら俺や晴太、祈や学、伊東たちが無理矢理沖田といると思うのか?


 それは違う。全員自分の意思で集まってるんだ。沖田にかかった呪いを解いてあげたい。寂しい思いをさせたくない。独りにしたくない。もちろん、俺たちが死ぬまでに必ず成し遂げると心に決めていた。


 皆、忠義を持って沖田に尽くしているんだから。

 

「独りには絶対にしない。絶対に、絶対にしないから」


 離れた沖田を引き戻す。ここで離してやるもんか。


「だから、生きて帰って来てくれよ……」


 沖田の肩に顔を埋めた。どうしてお前が死にそうになっているのかなんて後で考えるから。


 全部解決してみせるから。だから意識を失ったり、不安にさせたりしないでくれよ。


 俺を置いて死ぬなよ。ずっと隣に居てくれよ。

 ワガママ言って疲れさせてくれよ。

 考え方は変わっても変わらなくてもいいから、沖田は沖田のままでいてくれよ。


 沖田はしばらく一点を見つめていた。もし永遠に離れてしまうなら、この腕は絶対に緩めないつもりだ。


 沖田は「土方」と小さく呼ぶ。顔を上げると、沖田は嬉しそうに笑っていた。


「わかった。帰る」


 目からこぼれた涙を、そっと指の腹で拭ってくれた。

 そして「帰るから、信じてて」と言って俺の肩を両手で押した。


――。

――――。


 また目が覚めた。今度は京都の山中にいる。沖田の姿を探したが、まだ過去からは誰も戻ってきていない。

 伊東の横顔を見るに、状況は変わって居なさそうだ。


 だけど俺は信じることにしたんだ。縋るのではなく、疑うのではなく、心から本気で沖田の言葉を信じて。


「沖田は必ず生きて帰ってくる」


 伊東やネリー、そして必要な物を買いに行った祈らが俺を見て居た。皆どこか諦めた表情をしている。


 だってお腹に……と愛が言うが、そんなことはわかっている。生きていても、木を下手に抜いたら死ぬかもしれないと、リスクも話される。


 皆、木を引き抜いたらトドメを刺すのではないかと慄いている。


「木は俺が抜く。沖田はそんなんで死んだりしない!」


 信じてと言われたんだ、信じてやる。左耳についたピアスを強く触り、心の中で沖田に訴える。


 誰一人欠けちゃいけない新撰組だって、沖田が言ったんだぞ。


 言い出しっぺのお前が欠けるなんて、許さないからな。

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