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48勝手目 過去戻りの禁忌:京都府京都市(13)

「きた! 新見、足を持って!」


 1本の木を切り終えるまでに時間はかからんかった。新見の家には囲炉裏や薪ストーブがあり、幼少期からの薪割りのおかげでコツは掴んでいたのかもしれん。


 二度と関わらんと思っていた新見に助けられるとは。背に腹はかえられぬってこういうことかいな。

 

 火が迫り来る前に腹に木が貫かれたままの沖田はんを2人で運び、木からなるべく離れる。

 

「木は抜かんでええの!? このまま医者に行くんやろ!?」

「変に抜いたら臓器を抉ってしまうかもしれん! 医者は……この時代の医者に頼ってええんか……?」


 医療やって現代程発達してない。それだけで頼るのは気が引ける。拘っていられないと頭で理解している。

 現代より文明が遅れているという偏見が拭えず、取り返しのつかないことになるのではと判断を鈍らせるんや。


「素人のウチらがどうするよりマシやろ! 迷ってるうちにほんまに死んだらどないするん!」

「せやけど……」


 新見の発言は最もや。自分の拘りのために友達を死なせたら敵わんもんな。

 ボクらは人の気配が多い場所へと方向を変え、医者はいますかと遠吠えのように叫んだ。


 体に木の刺さったグロテスクな沖田はんを見て悲鳴を上げる人もいる。ボクらかて友達やなかったら避けたいくらいや。


 そして人混みの中で「おい!」と一声かけられると、さっきの大衆の中に居たらしい人らに手招きされる。

 

「幸才先生の親戚さんやない?」

「あぁそうや! こっち!」


 新見は迷わず踵を回した。ボクは幸才に敵意を抱きつつ、それでも周りの人らは良くしてくれるだろうも信じてついて行く。


 そしてこの時代には異常な電子音がメロディを奏でる。新見の着物からと、ボクの半被からや。

 ガラケーが震えるのを無視できず、物珍しそうな視線を浴びながら片手で応答した。


『もしもし!? 今っ、どこに……いるの!?』


 着信画面には近藤と表記があるのに、電話口の向こうからは洋斗はんの声がする。


 痛みに耐える苦しそうな声は焦りを含んでいた。声の背後には瓦礫を避ける音と、谷、服部、そして晴太はんの声。


「清水や。新見もおる」


 沖田はんの体を、かき集められた衣類の上に乗せる。新見は医者を呼んでくると言って地元民とともにこの場を離れた。

 

 洋斗はんはこれまでの自分や服部らの状況を端折って話した。瓦礫の下敷きになって身動きが取れない、だからそっちに向かえないと。

 

 「ならまずは自分の身を考えんと」と返せば、そんな事言ってる場合じゃないと声を荒げる。


『多分心配はないと思うけど――幸才って男の人が居たら、洋さん連れてすぐに逃げて! ボクらに顔がそっくりだからわかると思う!』

「幸……才……?」


 名前を復唱すると、丁度新見が戻って来た。


『なんでかわかんないけど、その人ボクのことを殺そうとしたんだ! 妹が居るって言ってしまったから、洋さんの存在もわかってる。それにボクのガラケーがないんだ……もしかしたらあの人――』


 洋斗はんの言葉と同時だ。新見の連れて来た医者は先程見た幸才で、手には洋斗はんのガラケーが折りたたまれたまま握られている。


「相馬、この人医療の知識があるんやって! 診てもらおう!」

「家族を助けて頂いて、ありがとうございます」

「沖田の家族やって言うからよかったわ。ガラケーも持っとるし、なんとかなるやろ!」


 新見は何も知らんのや。この男が沖田はんを助けるふりをしたことも、そのガラケーに違和感すら感じないことも、新見はあの場に居なかったから。


 周囲が感動の再会だなんて囃し立てるけど、そんなんちゃう。顔は微笑んで、目の奥は殺気が湧いとるの丸わかりや。

 死を纏うような視線を誰も感じへんのが不思議でしゃあない。


「木を抜いて。それから腹を診ましょうか」


 迷わず、動じず、木に手を掛ける。


「触らんで!」


 バチンと木に伸びた手を叩く。

 ボクは洋斗はんの言葉を信じた。きっとこの男なら殺る。治療するふりをして、トドメを刺すんちゃうの。


「先生は助けようとしとるだけやないの!」

「家族が危ないのに何考えとるん」


 周りからはヤジが飛ぶ。幸才が絶対的正義であると、宗教のように騒いでいる。洗脳されてるんちゃう? と疑いたくなる一体感と熱気。


 ボクは幸才にとって、完全に敵になったんや。

 

「部外者はお引き取り願えますか」

「何が部外者や。さっきは助けようともせんで見捨てとったくせに」


 ボクのひ弱な力は幸才に負けそうだ。彼が沖田はんに触れないように腕を掴んでも力が強過ぎる。


「新見!」

「な、なんやのぉ!」


 止めることは諦める。すかさず沖田はんの脇の下に手を入れて、新見に足を持てと目で合図した。

 ここはアカン。場所を変えんと――!


「先生の家族が連れ去られる!」


 ほんの1人が走り出すだけで、ボクらは悪者になる。幸才はあとは他がなんとかするだろうと見越しているのか、そこを動かずに冷ややかにボクらを見つめている。


 見慣れ、居心地のよかった清水寺が地獄と化す。


「走れ新見! 捕まったら沖田はんが殺される!」

「死なないんとちゃうん!?」

「そうやと信じたいけど、そう思えへんのよ!」


 口を動かすより足を動かせ。けれどボクと新見じゃ限界がある。筋力のないボクと運動不足の新見。ヘタるのは早い。


 ましてや重症の沖田はんを抱えたままじゃ、後どのくらい持つか――。


 アカン――と手の力が抜けそうになった時。向こう側から金髪と揺れる1本に束ねた黒髪を靡かせ、汗だくで呼吸を乱して死にそうな顔をした男性が走ってくる。


 2人は互いに持ち合わせたロープを結んで1本にしているようだ。


 距離が近づくと、大縄跳びを回すようにしてボクらの真上でロープを回し、彼らはボクらを颯爽と横切っていく。


「宇吉ぃ! 引っ張れぇ!」

「心が痛みますなぁ!」


 後ろを振り返る。ロープの端を持ち、2人は左右へと長いロープをピンと張るようにして離れて行く。


 そして腰を下ろし、追ってくる人々の足元にそのロープが罠のように敷かれた。


「恨むなら伊東秀喜を恨むんだな!」


 罠に足のかかった先頭を皮切りに、ドミノ倒しのように人間が倒れて行く。それは大惨事と言っていい、いや、れっきとした犯罪行為やった。


 痛いと悲鳴や怒号が上がる。2人はロープから手を離してボクらと横並びになるように並走する。


「電話繋いでっから状況はわかってた! 秀喜がよぉ、相馬たちが追われてるみたいだから足ひっかけろって。酷だよなぁ!」

「さすがと言ってよいのか……しかし、非情とは時に強さに変わるのですな!」


 学はんと宇吉はんが疲労を隠せない笑顔を作ってくれる。宇吉はんが新見と場所を変わり、学はんは前を見据え直して受話器に集中する。


「おい秀喜! あとはどうすんだ!? 洋斗の回収か? それともその、幸才ってのをどうにかすんのか!?」

『洋斗もついさっき瓦礫から出て来ました! 皆さんが行っている年代の地図が出てこないのでなんともいえませんが……京都御苑で落ちあってください! あそこになら水がある!』


 了解! と力強く頷く学はん。ついさっきまで死んでいたと思ってたんに、もうピンピンしとる。

 さすが、タフやなぁ。伊達に修羅場潜って来とらんわ。


「新見、先頭走り。京都御苑まで案内するんや」

「え……でも、ウチ……」


 新見は走りながら、さっきボクに言われたことを思い出しているんやろう。下を向き、徐々に走る速度が落ちて行く。


 反省したんやね。許すわけないけど、ここで見放したら胸糞も悪い。


「誰が欠けたってダメ。入ったら抜けるなんて許さない。沖田はんがそう言ってたん、忘れてたわ」


 ボクは新見の顔を見ずに沖田はんの言葉を思い出しては、口に出した。

 新見がどう思ったかはわからんけど、地面を蹴り進む音が速くなったんやから、わかったんやないの。

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