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48勝手目 過去戻りの禁忌:京都府京都市(12) 

「沖田はん! 起きてぇ!」


 ――ほんの少し前。


 僧侶や地元の人らと沖田はんを助けようと奮闘する最中、ある男がやって来た。


 その男を見たら「もう大丈夫や!」と、皆口を揃えて安堵の声を上げる。


 小学校教師だという男は、自分に似ている人がいるという噂を聞きつけていても立ってもいられず、わざわざ清水寺までやって来たと言う。


 どこの小学校かと思ったら、歩いたら1時間半はかかる場所。えらい台風があった日に噂がそこまで行くかいな。しかも顔が似とるってだけで。

 普通は自分のことで精一杯、もしくは台風を凌ぐのでたくさんやろ。


 けれど皆、疑ったりせぇへんのよ。


 その男が来るのは当たり前で、あぁやっと来た! なんて言う。


 確かに沖田はんそっくりの顔や。親族が見つかったんやね、とか、奇跡の再会や、なんて声も聞こえる。


 行動や感情の読めない男。けれどボクが、アンタは親族やない、赤の他人やと騒いだら面倒なことになる。


 敢えて存在感をなくし、大衆の中に紛れてやる。


 男は沖田はんに近づいて太ももをそっと撫で、憐れむ表情は親族そのものやった。

 口を手で覆い、嗚咽を漏らすのだから、周りも血が繋がってるんだと信じている。


 この状況でボクだけがアウェイやった。


 でもなぁ、親族なわけないやん。沖田はん、この時代よりずっと先の未来から来てるのに。


 幸才先生と呼ばれる男は、木を切っている最中だった僧侶からノコギリをもらい、涙を流しながら一心不乱に木を切り始めた。


 引いては押しを何度か繰り返す。何往復かした後に静かに動きを止めると、鼻を鳴らして辺りを見渡した。

 

「焦げ臭い……」


 屋根に雨粒がひとつ落ちるように言った。皆は確認するようにスンスンと空気に混じる臭いを感じ取る。


 そして誰かが叫んだ時、滝之堂より少し奥から煙が見えた。同時にオレンジ色の炎が木々に燃え移り、次々と炭へと変わっていく。


「火事……」


 見たものを口に出しただけの声色。幸才の言葉がかけっこのピストルだったかのように、大衆は火に飲まれまいと一目散に逃げ出した。


「アカン、沖田はん――!」


 一刻を争う。うかうかしてられへんと、近くに投げ捨てられた斧を木に振りかざす。

 使い慣れていない上に、筋肉もない痩せた体は斧に振り回されるだけ。


 身が投げられて上手く扱えんのや。


 幸才はボクと2人になると、ノコギリをぷらんと手にぶら下げるだけになった。

 なんやの……? なんで誰もおらんくなったら助けようとせぇへんの?


「親族ちゃうんか! はよ木を切らんと!」


 声をかけても無表情で沖田はんを見つめるだけ。


「君はこの子を助けたいの?」


 洋斗はんの声を低くしたような、けれど少し甘さのある声色。

 当たり前やろ! と唾を飛ばしながら返す。また斧を大きくふるう。斧に少しずつ入る切り込みが助かるまいとボクを笑う。そして、後ろから迫る炎――。


 ボクの心臓は血液を沸騰させるように荒々しく動く。


「……好きにしたらいいよ」


 幸才は目を細め、どうせ無駄だと言いたげに怪しく微笑んだ。

 そしてまた涙の線を作り、器用にポロポロと涙の粒を流すと人々が逃げた方へと走り去ってしまった。


 なんやの、アレ。人に見られている時は"可哀想な善人"なのに、ボクとおる時は視線で殺すような冷めたい眼差しで沖田はんを見ていた。


 ようみたらノコギリを当てた所は少し線の入ったくらいで、切るつもりもないような傷跡しか残っていない。


 まるで炎が来るの、わかってたみたいやない?


「タイミング良すぎんか……?」


 背中に熱を感じ始め、焦りが一気に襲いかかる。


「沖田はん! 起きて! 土方はん待っとるよ!」


 血の通わない人形のように青白くなる顔色。沖田はんは少しと動かない。

 死んでへんよな。生きとるよな。


 閉じられた目を開いて瞳孔を見た。


 すると――。


「目ェ……茶色い……!?」


 沖田はんとあった時は黄色の瞳だったはず。それが茶色に変わっとる。いや、戻っとるんか?

 見間違えたかと思ったけど、あんなインパクトのある瞳の色なんて間違えへん。


 呪いが全部解けたんか? 今ここで? そんなわけないやん。ならなんで動かへんの?


 火の海はもうすぐそこまで来ている。ボクはガラケーをスピーカーにしながら、現代に残るメンバーに状況を伝えた。

 

 冷静に、けれど声を震わす伊東はん。

 声にならない絶望を泣き叫ぶ土方はん。


「必ず、必ず連れて帰るから……」


 自分だって危ない。それはわかっとる。

 けれどここで逃げたら沖田はんはどうなるん。

 斧を振る手が止まってまう。


 助けられんかったら、ボクは現代と過去、どちらに居るべきなん?


 火に包まれても助けられるん? 無駄なんと違う?

 頭の中はザワザワとうるさい。どこかで諦めてあるんや。


 そうしたら、何や。意識が遠くにいたから気付かんかったけど、幸才が落として言ったノコギリが無くなっとる。ボクの反対側で誰かがギコギコと不器用に動かしているんや。


 レンズの割れたメガネをかけ、ボロボロになった着物を着た新見。さっき捨てて来た、新見や。


「やっと気付いたん!? 焦げ臭いなぁ思って、沖田どないなったかなって不安になったんよ! 相馬、早よ手ェ動かし! よう見たら大した木やないから!」


 ご都合展開とは言うけれど。


 ボクは新見がたまたま居合わせたようには思えんかった。捨てた場所からはそんなに離れていないから、本気で心配して駆けつけたんやろう。


 割れたメガネ越しに見える必死な目には、助けたい、助けるという思いのこもった雫が光る。

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