48勝手目 過去戻りの禁忌:京都府京都市(10)
「死んでない」
「……宇吉と服部の連絡を聞いていたでしょう。もう……」
ガラケーを強く握りしめ、絶対に違うと声を張り上げるのは守。
学と晴太はすでに息絶えていて、もう手の施しようがないと連絡を受けた。死なないはずだと思われていた晴太まで逝ってしまうと、洋斗の生存は絶望的。
ネリーも顔を上げずに蹲り、樺恋はそれに寄り添うようにして声を殺して泣いている。
「死ぬわけないだろう! 熊に襲われたって、土砂崩れに遭ったって帰って来たんだぞ! 京都支部は禁忌に慣れていないからわかっていないだけだ!」
怒りと悲しみに声を震わせ、北側に置いた鏡を激しく殴る。
「なんで俺だけ行けないんだよ! 学も晴太も帰って来い! もう何もしなくていいから!」
「土方くん、落ち着いて」
尾形が後ろから止めに入っても、守は止まらなかった。拳に感情を込めて訴えかける。けれど鏡は応えてくれない。守だけじゃない、オレだって過去には行けないんです。
「洋斗! あのバカ2人連れて帰って来い! 建物の下敷きになって寝てんじゃねぇ!」
洋斗の名前にネリーがぴくっと反応し、俯いたまま樺恋を抱き寄せた。本当は泣きたいけれど、樺恋が泣いていないから泣けない。込み上げてくるものを流せない。
こんな時に子供はやっぱり邪魔だと思うのは酷でしょうか。
樺恋がいなければ泣けたのにと思うのは、おかしなことでしょうか。
洋と洋斗が救って来た存在を邪険にするなんて最低だ。自分を軽蔑すると、目頭に溜まった涙が数滴落ちる。
守は握りしめたガラケーを持ち替えて、誰かに電話し始めた。
「沖田……。沖田、沖田は? なんで沖田は電話に出ないんだよ……おい伊東、さっき沖田と繋がったんじゃないのか? 電池切れか?」
「聞いてないなんて言わせませんよ。新見からの電話を取ったでしょう! 洋は腹に――」
「違う! 俺は沖田と話がしたいんだ! 新見なんてどうでもいい!」
「認めたくないのはオレだって同じだ! でも腹に木が刺さって動かないのは相馬も見てるんです!」
相馬から、もう何をしても動かないと連絡があった。けれどきっと大丈夫だろう、洋は必ず帰ってくる。強気でいたいのに、口からは事実しか吐き出せない。
守に対して強い口調を使ってしまうのは、やり場のない悲しみをどうしたらいいかわからず、この苦しさを他人に代わって欲しいから。
呪いが全て解けていたなら――と思うと、どうにかして自分も死ねないかと手首を見つめる。
尾形に体を押さえつけられていた守は力無くへたりと座り込み、ガラケーの画面に表示された"沖田"という文字の並びを見つめていた。
「沖田は……」
そして弱々しく、願うように呟く。
「沖田が、全員連れて戻ってくるさ……」
だから大丈夫――と、両耳についたピアスをぎゅっと握る。
そのまま守は声も発さずに動かなかった。
◇
「ここ深いんじゃね!?」
「とか言ってさっきも浅瀬だったじゃんかぁ! 体に戻ったらお腹痛いとかないよねぇ!?」
あれから何度も川に飛び込んだ。洋斗さんと学さんがいるから心が折れずに済んでいるけれど、1人だったら諦めて三途の川を渡っていたかもしれない。
ここで死んでたまるかって思わせてくれる仲間がいる。それだけで十分、生き返りたい理由になるよね。
恥ずかしいけど本音も知られちゃったし、もう生き返ったらこの2人には遠慮しないつもり。
洋斗さんは特にね。もう家族くらいの勢いで行かせてもらおうかなって思ってしまってる。
洋のお兄ちゃんだしね。伊東さんじゃないけど、お兄ちゃんになってほしいもん。
なんてね、守が許すわけないじゃんか。僕らや洋を心配しながら、「帰って来なかったらどうしよう」って不安でたまらないんじゃないかな。
もう1人の幼馴染のためにも、早く戻らなきゃ。
学さんの指差すところを目掛け、また飛び込むポーズを取る。
「怪しいところは全部飛び込みましょう! せーの!」
「ちょっと待ったぁ! そういやひとつ確認しとかねぇと!」
「だぶないやぁ!」
学さんの突然のストップに、僕と洋斗さんは川に落ちそうになる。慌ててバランスを取って立ち直ったけど、急にどうしたもんか。
「洋が危ねぇって言ってたけど、そもそもアイツどこに居んだよ。目が覚めて動けても、場所がわかんねぇと彷徨って終わるぞ」
「確かに。で、どこなんです? 洋斗さん」
戻りたい、助けたいが先走って、肝心なところを聞きそびれていた。学さん、時々こういうところがあるから頼りにしちゃうんだよね。
2人で洋斗さんを見つめる。洋斗さんは交互に僕らの顔を見て、ポカンとした後に眉毛を波打たせ、目を瞑って叫ぶ。
「わがんないよぉ! 目が覚めたら土方くんに電話すればいいじゃんかぁ! ボクもわかんないことだらけで頭ぐちゃぐちゃなのぉ!」
わ――っ! とわからないことを誤魔化したいのか、ボクらを川に突き落としていく。
落とされた場所はとても深くて、川というよりも海に近い暗さをしていた。沈んでいくほどに光は消え、深海のような暗さに包まれる。
頭がぐちゃぐちゃなのは僕だよ。戻ったらひどい頭痛から始まるんだからね。
――。
――――。
「晴太ぁ、起きろぉ! なんでお前まで逝くんじゃぁ!」
「もう服部は泣くなよ! 洋斗ん所ぉ、行くんだろ……!」
ぐずぐずと鼻水を啜る音がする。誰だろう。僕の体を揺さぶる手が4つある。
あまり揺らさないで欲しいな。体から伝わって頭が回されるようで気分が悪い。
瞼の向こうは眩しそう。きっと台風が去って空が晴れたのかな。土の乾いた匂いがするから、きっとそうだ。
聴覚、痛感、嗅覚が戻っていくや。
死の淵から戻ってこれたんだ。洋斗さんのいう通り、なんとかなったね。さすが洋のお兄さん。兄妹揃って皆を導いてくれるね。
さて、そんな洋斗さんに認められたも同然な僕は行かなきゃ行けないところがある。
あの時はゲンコツされただけで、ダメだとは言わなかったもんね。それって下心丸出しじゃなければいいよってことでしょう?
洋は婚姻届にサインをしようとしてくれたしね。まぁ……条件付きだったけど、拒否はしなかったし。
早くフィアンセのところに行かなきゃ――
「洋……」
瞼を開くと、そこには服部さんと谷さんの顔がある。目を腫らし鼻も赤くして、僕より年上のいい大人が鼻水垂らして泣いてるや。
そしてペタペタ僕の体を触るから、やめてよと掠れた声を出したら大泣きだ。
「晴太ァ――!」
頭が割れて痛いのに、僕の生還を喜んでは体の上でわんわん泣かれてしまう。
京都支部の2人がこんなに泣いてくれるなんて。
僕はやっぱり、まだ生きてなきゃ。




