48勝手目 過去戻りの禁忌:京都府京都市(9)
「あったけぇ……」
川に飲まれて冷え切った体を温める日差し。さっきまで空を見るのに必死で、水中をもがいていた。
それが今は、絵本に出てきそうな穏やかな川辺にいる。
電話はどこにいったかわかんねぇけど、服も乾いて不安な気持ちも何処かへ行った。
大好きなゲームや娯楽がなくても、ここでぼーっと大の字になって寝れるだけで幸せよ。
ここが何処かなんて知らねぇよ? でもいいんだ。ひとつの不安もないって素晴らしいんだから。
ゴロゴロと柔らかな草の上でうたた寝をしていると、知っている顔を見つけた。あっちもおれを見つけてくれた。
「あれ、学さんじゃないですか」
「おぉ。晴太じゃん」
屯所で挨拶をするかのように、ごく自然に小さく手を上げた。晴太が隣に来て膝を抱えて座る。おれは起き上がって同じように座ると、その姿は似合わないですねと笑われた。
2人で目を細め、ゆったりとした空間に心を許しきってしまう。
どこか遠くから誰かを呼ぶ声が聞こえると、晴太はきっかけが出来たように口を開いた。
「僕達、死んじゃったぽいですね」
「やっぱり? ならおれの死因は溺死だな。晴太は?」
「僕は頭が割れちゃいました。痛いってもんじゃなかったですよ。死んだほうがマシだ! って思う痛み」
「マジ? でもここにいりゃあ痛くも寒くもねぇし、いいよな」
「意外と、死んじゃったや……くらいにしか思いませんしね」
死んでしまったのになぁ。以外とそれを受け入れられている。突然生を絶たれたのに、心のどこかで濁流に飲まれれば死ぬだろと、諦めていたのだろうか。
にしても不思議だ。普通は生き返りたいと思わねぇもんなのかね。大抵そうやって悔やんだりするもんだろう?
「なんかやり残したことある?」
特に浮かばなかったので、暇そうに草をいじる晴太へ質問した。
「そりゃありますよ。仕事とかそのまんまだし、もっとみんなと居たかったです」
「そんだけ?」
「……何ですか」
晴太がそれで終わるわけないだろうよ。あんなに洋にべったりだったくせに、それには一切触れないのは不自然だろ。
「どうせ死んでんだし、欲望を吐いて成仏もありじゃね?」
「なんで僕にばっかり言わせようとするんですか!? 欲まみれだった学さんから白状してください!」
「死んで後悔してることってねぇんだよ。守とも話せるようになったし、違約金の支払いで金に困ってたけど、死んだから払わなくていいのかぁ……なんて思ってるくらいだぜ?」
「皆に会えなくなるのが嫌だと思わないなんて、随分薄情だなぁ」
「それは思ってるわ!」
それはマストだろうが! それ以外のことを聞いてるんだよと草を毟り取って投げつけてやった。
晴太は冷めた目でおれを見た後、やり残したことを考えていた。
そしてやっと気付いたと言わんばかりに、ニヤけ顔と困り顔を混ぜた表情をする。
「し、強いて言えば……ですけど……」
「勿体ぶってねぇで言えよ。おれ達死んだんだぞ。誰も聞いちゃいねぇから」
墓場まで持って行きたいことなら聞かねぇけど。
「あの……そういう……こと……あの……未経験で終わったのは……ちょっと後悔してますかね……」
「は……? あ……あぁ……それは……人に拘らなければ経験出来たんじゃね? プロも居るんだし」
くだんねぇ――とは思わねぇけど、下心丸出しで拍子抜けした。てっきり晴太は恋愛感が小学生で止まってんのかと思ってたけど、ちゃんと狼だったんだな。
その証拠に胸ぐら掴んでくんの。怖いって。
「洋じゃなきゃダメに決まってるだろ! 学さんと違って誰でも盛れる猿じゃないんですよ!」
「めちゃくちゃ酷いこと言うじゃん! 兄ちゃんは改心したのでそういう事してませんけどねっ! つうか、洋じゃなきゃダメってんなら一生無理だったろ!」
晴太はキーッとハンカチを噛むような仕草をした。また声のような音が聞こえると、晴太は急に感情が爆発したのか、ビャーっと泣きながら欲望を吐き出し始めた。
「洋と付き合って、結婚して、年老いて死ぬまでイチャイチャしたい人生だった! 洋とスケベなことがしたい人生だったんだぁあ!」
デカイ声でアホなこと言ってんなぁ。だけどそれがやり残したことってんなら、まぁ……可哀想だわ。なんて同情してるのも束の間。晴太の頭上にオレンジ色が降ってくる。
「バカタレェ! 呼んでるのに返事しないしぃ、人の妹を変な目で見てぇ! 変態たちめッ!」
「洋斗!?」
晴太は洋斗がお見舞いしたゲンコツが脳天にヒットしたのか、声も出さずに悶えていた。死因は頭が割れたからって言ってたのに、死んでも頭を狙われんのかよ。カワイソ。
洋斗は息を切らしながら、まだ拳をにぎっている。死んだってのに体を疲れさせるようなことしなくていいのに。
「お前も死んだんだな。何で死んだの?」
「死んで、ない、やいっ! ボクも死んだと思ったけどねぇ、体は生きてるから、2人を迎えにきたんだよぉ!」
「息切れしすぎ……つうか言ってる意味わかんね……って、おい。目の色変わってんじゃねぇかよ」
太い眉毛の下でおれたちを見つめる目は、夕方の空のようなオレンジ色に光っている。日差しが入り込む瞳に映る光は虹色にも見えた。
「そぉなの! 八十禍津日神に呪ってもらったの! 早く帰るよ! 洋さんが危ないかもしれないから!」
「戻るって……ここは死んだ人の世界ですよ? どうやって戻るんですか。それに、洋はがっつり呪われてて死なないんだから大丈夫ですって」
晴太の言う通りだ。八十禍津日神に呪われた晴太でさえ死んでここにいるんだぞ?
洋の呪いとは軽さが違うんだろうが、おれらは死んでんだから戻れないんだよ。洋斗だって呪われたとて、生き返るにはどうしたらいいんだってわからないだろう。
ここに来たら無力。だまってお日様に当たり、ぽかぽかしていた方がいいんだよ。
「禁忌と同じじゃない? ねッ!」
けど洋斗は腹を決めているようで、真っ直ぐ視線を見据えながら、人差し指を突き出して「あそこだよ」と、だだっ広い川を指差す。
「三途の川にダイブしよう! やるったらやるんだい!」
「渡るんじゃねぇんだ……」
洋斗に強引に引っ張られ、川の淵に立たされる。戻りたい気持ちが全くないわけじゃないが、支払いの文字が頭をよぎると憂鬱だ。
死因もダセェし、守に怒られそう。
そういえば、こっちに来る時に「局中法度破ってんじゃねぇ。殺すぞ」って、守に似た声で言われたような……。あー……そういや、勝手に抜けるの禁止だったわな。
洋も誰1人欠けてもダメだって言ってたし。
俺の妄想かもしんねぇけど、守に言われたら戻んなきゃなぁと思っちまう。
結局、兄ちゃんが居ないと寂しがるってことじゃん? 素直じゃない弟を持つと察してやるのは大変だねぇ。
「よし。んじゃ戻るか」
決断は軽いかもしれないが、死んだら寂しいだろうからまだいいや。金なら払えばいいんだし。
晴太も同じで、22歳とは思えない小学生のような下心のために生き返りたそうだ。
「戻れるって信じて飛び込むんだよ! こういうのは勢いが大事だぁ!」
「三途の川って落ちたら存在が消えるんじゃなかったかな……まぁいいや、行きますよ! せーの!」
晴太の掛け声と共に、飛び込み台から飛ぶように川へ飛び込んだ。
飛んだはいいけどバチンと腹を打ちつける。小川で激しい水遊びをしてんのかってくらいの飛沫が上がった。
ダイブどころか、薄い水の張った地面に突っ込んだだけだったんだ。
「浅い浅い浅い」
「死んでんのに腹痛いってどゆこと? おれたちまだ生きてんの?」
「だぁからそう言ってんじゃんッ! なんでこうなってるかは……わかんないけど! ヤソマガさんの気まぐれでしょ!」
「ヤソマガって略し方、洋そっくりだなぁ……」
自分たちの体に戻るため、三途の川の深い部分を探す。
失敗したらどうなるかなんてわかってはいるんだが、洋斗の「なんとなく大丈夫な気がする!」と根拠の無い自信に賭けるしかない。
ったく八十禍津日神ってのは、おれたちをどうしたいんだかなぁ。




