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48勝手目 過去戻りの禁忌:京都府京都市(8) 

ネリーからの電話を最後にボクの体力は限界を迎えた。普段は重さを感じないガラケーも持っていられなくて手から滑り落ちる。


 倒壊の衝撃でベッドが壊れて手の自由がきくようになったけど、全身に走る痛みが体を動かすのを拒むんだ。


 そしてどこからともなく、子供の泣く声が聞こえる。助けて、痛い――そして両親を求める悲痛な叫び。


 ボクの頭には樺恋ちゃんが浮かんだ。もし彼女が下敷きになっていたら、全身の骨が砕けていても助けに行くのに。現実は不可能だけど、そのくらいの気持ちがあるってこと。


「あぁ……痛い……」


 激痛がゆっくりなぶるように体力を奪っていく。気を失うのかな。それとも、2度と目が覚めないのかな。瞼を閉じたら終わりだと思ったから、ボクは目に力を入れて誰かが気付いてくれるまでは意識を保とうと試みた。


 根性論ではどうにも出来ない。視界がフッっと暗くなる。


 いけない、死んじゃう。起きなきゃ。洋さんのところに行かなきゃ。ネリーのことも悲しませちゃったから、早く帰らなきゃ。

 

 ボクも呪われていたら、何事もなく帰れたかもしれないのに。洋さんと血縁関係があるのに、どうして呪われないんだろう。晴太さんや学くんはよくて、ボクがダメなのはどうして?


 八十禍津日神……だっけ。今から呪ってくれないかな。やりたいこともあるけど、やらなきゃいけないことがたくさんあるんだよ。


 幸才って人、絶対にボクのルーツに関係があるに違いないし、ボクはそれを知る権利も義務もある。


 生きる気力はあるのに、体はそうじゃない。

 もうダメだ。眠りたい。疲労のような、睡魔のような、意識が薄れていく。


 ――。

 ――――。


「……あれ? 痛くない?」


 目が覚めたら、ボクの体の痛みは完全になくなっていた……んだけど。


「ここどこ……?」


 のどかな川辺。春先のような心地よい風、青々とした若葉、突き抜けるような晴天。

 ぼんやりと温かい日差しにうとうとしてしまいそうな、昼下がりみたいだ。


 遠くには大きな川が流れている。京都観光で見た鴨川とは比べ物にならない大きいのに、穏やかな流れが生み出すせせらぎが耳に心地いい。


「あの川を渡れば死ぬぞ」

「アッ!?」


 突然声がするんだもん、びっくりしたやい。隣にはパーマのかかった長髪の男性が猫背で立っていた。

 白いTシャツには「ぜつぼう」と気の抜けたひらがなが書いてある。こんなぽやぽやした場所に似合わない言葉だなぁ。


 初対面なのにそう感じない。ボクはこの人が誰かなんて、名乗られなくてもすぐにわかった。

 ロン毛に猫背、顔色悪い――確かにお金持ってなさそうだもん。


「もしかして……八十禍津日神だったりします……?」

「……だったら?」

「だったらって……ボクに用事があるから来たんですよね?」


 ボクが願ったから来てくれたんだろう。一切こちらは見てくれないけどね。


「ボクのことを呪ってくれませんか? 晴太さんたちみたいに、過去に戻ってる間は死なないようにして欲しいんです。出来ますよねぇ?」

「その呪いって言うのはやめろ。せめて加護って言え」

「加護ぉ? 洋さんに理不尽な呪いかけておいて何言ってんのぉ?」

「それがものを頼む態度なのか?」


 失礼が過ぎましたと頭を下げた。温かな日差しに照らされながら八十禍津日神は無表情で目を細め、少し間を置いて話し出す。


「……助けてやる代わりに、頼まれてくれないか?」

「えぇ? 神様がボクにお願いなんてろくなことじゃなさそぉ……」


 ちなみになんですか? と問いかける。だけど話すのを躊躇っているのか、なかなか口を開かないんだ。


「ボクに出来ない事、なんじゃないですか?」

「いや……お前に頼むのは酷だと思って」


 息を飲んで「今詳しくは言えない」と呟く。酷なことってなんだろうと思ったけど、聞くのも怖くてそれ以上は触れられなかった。


 ボクに頼むのは酷だっていうんだから、きっと洋さんのことなんだろうけどね。


 八十禍津日神はボクの目を初めて見てくれた。そして人差し指と中指がボクの目玉にツンと触れる。晴太さんたちは痛いと言っていたけど、ボクは触られたくらいにしか感じなかった。


「お前はもう色々奪われている」

「そうかなぁ……何の引き換えもなしに呪って……じゃなかった。加護ってもらっていいんですか?」

「二度言わせるな」

「うぇ……ごめんなさい」


 何かと引き換えに望んだものをもらえると聞いたけど、ボクは色々奪われているだなんて。自覚もなければ、心当たりもないや。


 それでも死なない体にしてもらえたのはありがたいけどね。体も治してもらえたし、これで洋さんのところに行けるや。


「出来るだけ早く元の時代に戻れ。幸才はお前じゃ対応しきれない。その結果がこれだ。お前は生き返らせたが、他の2人は死ぬ直前だしな」

「……へ?」

「あの川を渡れば戻って来れないぞ」

「あれってもしかして三途の川!?」


 質問したいことが多いけど、他の2人とは晴太さんと学くんのことかと問いかけたら、そうだと頷かれた。

 あの2人も死んじゃいそうだったの!?


 うかうかしていられない。急いでお辞儀をお礼を言い、2人を探しに行こうと走り出す。


 そうしたら八十禍津日神は「眉毛!」と声をかけてきた。眉毛? ボクのこと? ちょぉっと人より眉毛が太いだけなのに。気にしてるんだからやめて欲しいや。


「もし洋が悪いことをしていたら、お前はどうする?」

「悪いこと?」


 神様が変な質問をするなぁと思ったけど。悪いことをしていたら、律してあげるのが家族じゃない?

 形を決めつけるのは良くない。ボクが思い描く家族は「良いも悪いも受け入れてあげられる家族」だ。


「ダメだよって、怒るよ。だって兄妹だもん」


 質問の意図はわからない。八十禍津日神は静かに目を伏せて何も言わずにプツッと姿を消した。

 聞きたいことだらけで呼び返したいところは山々なんだけど、2人が川を渡ったらまずいや。


 ……ていうか、ボクも死ぬ寸前だったってこと? そう思うと全身の毛がブルブルっとくすぐったくなるや。

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