48勝手目 過去戻りの禁忌:京都府京都市(7)
――京都市に台風が直撃する少し前。
ボクは小学校の中へと連れて行かれた。校舎内は風でみしみしと壁が軋む音で充満している。
本能では、逃げなければ、そして子供たちを逃さなければいけないと危険を察知しているんだ。
でもね、この幸才先生って人が手を離してくれない。すれ違う子供たちには笑顔で接するのに、ボクを握る手は骨を砕くように力強いんだ。
「この人、先生にそっくりやね」
ある子供がボクを見て、「ほら、幸才先生と似てるよ」と交互に指を差す。似ていると言われて、再び不安が押し寄せて来た。無邪気な笑顔はボクを嘲笑うピエロの仮面に見えてくる。
そんなわけないんだけど、外部から容姿の酷似を認められると終わりだよと告げられている気がしちゃうんだ。
でもね、子供たちはそっくりだと言いながらも、疑問を持つような顔で顔を傾けた。
「先生の家族って戦争で死んじゃったんやないの?」
「どこで見つけたん?」
「もしかして兄弟とかですか?」
ねぇなんでなんでって、質問が止まらない。
「さっき初め――イッ――!」
「家族だよ。先生のね」
まだ力が入るのか!? いよいよ骨が砕けそうだよ。ボクに余計なことを言うなって言いたいのはわかるけど、まるで人じゃないみたいな怪力だよ。
ボクらが家族だなんて嘘はいくら子供でも信じないと思うけど。
「えぇ! よかったやん! もうひとりじゃないんやね!」
子供たちの反応はボクの予想とは違った。まるで自分事のように手を挙げて跳ねて喜ぶ。
ボクだけがこの状況に置いてけぼりなんだ。
声を出せば手を強く握られるし、このまま黙って従うしかないのか?
どこかで我慢しなきゃ。何かを知らなきゃ対処のしようもないし、根拠のない死の影に付き纏われて不安なだけになる。
晴太さんは右半身のいろんなところ骨折してもちゃんと治ってるし、指の一本くらい折れても大丈夫じゃない?
痛いだけ。その痛いのが怖いけど、死んじゃうよりマシだ。ボクは呪われてないからこの時代で致命傷を負ったら終わりなんだから。
息を吸って腹を括り、一気に吐き出すように駆け込むように子供達へ質問した。
「どうしてそんな――にっ! 喜んでる、の?」
話すとやっぱり力が強くなる。痛みで目が熱くなるけれど、頬の内側を噛んで耐えるんだい!
経験したことのない激痛が指先を覆う。大丈夫、ボクは指だけだから。洋さんはボクの妹だけど、耳を引きちぎられても元気なんだから。
「先生の家族とかなぁ、みんな死んじゃったから、先生ひとりやってん。先生うちらに優しくしてくれるし、困ってたら絶対助けてくれるからここらの人はみぃんな先生が大好きなんや」
「大人もみんな先生を頼んねん」
「火事あった時も先生か真っ先に来て火を消したんやで!」
まるでヒーローみたいな扱いじゃんか……。ボクには誰でも助ける立派な善人になんて見えないけどね。地元に愛される教師と言われたら納得するけど、こんなに持ち上げられるような人なの?
そんなことないよと、洋さんそっくりな顔で微笑む。
「……さぁ、授業が始まるよ。私はこの人に話があるからね」
笑顔の子供たちはそうだと慌てて教室へ戻っていった。どさくさに紛れて足を踏み出すけど、まるで鎖が繋がれているかのように身動きが取れない。
廊下から木を踏む音がなくなると、再び死神がボクを逃すまいと囁いてくるんだ。
罠にかかった動物みたいにもがく。けれど体格差で強引に保健室へ連れて行かれる。相手のガタイが特別いいわけじゃないけど、まるで大男に体を振り回されている気分だ。
質素なベッドのフレーム目がけて体を投げられると、やっと手が解放される。ずっと握られていた指先は紫色に染まって、感覚が無くなってしまってる。
「ボクはあなたの家族じゃない……どうしてあんな嘘吐いたんだ!」
「台風から身を守りたいと言ったから連れて来ただけですが」
淡々と、冷たい冷気を感じさせるような声色に言葉を乗せて吐く。
そして「《《台風から、ね》》」と意味深に口だけ微笑ませるんだ。
「今は私に幸せになる権利がある。その権利が目的ではないなら逃しますが」
「権利……? 何の話をしてるんだい……? ボクはあなたを妹と見間違えて後をついて来てしまって、台風が近付いたから避難させて欲しかっただけだい!」
「……兄妹揃って私を殺した後、2人で殺し合うのか?」
「何言ってるんだよ! そんなことするわけないだろ!」
会話にならないよ。ボクの右肩を片足で押さえて、立たないようにして。
話が見えなくて混乱するけれど、この人はやっぱりボクを殺すつもりなんだ。
理由なんかわからないけど、殺人を犯す人の気持ちなんか話を聞いたってわかりっこない。
「手を掛けると"善い先生"ではなくなる。だからここから動かずにあの世へ行ってくださいね」
思考に夢中になっていたせいで体は無防備だった。右手首には包帯とベッドフレームが一体となって巻きつけられてしまった。
外そうと躍起になって暴れるけど、結び目が固くなっていくだけ。感情任せに動くから体力も削られる。
「子供たちには……台風さえなければ一緒にいられたのに……とでも言おうかな。あぁでも、下手をするとあの子たちだって、もう話す事はないかもなぁ……」
幸才は自分に酔っているみたいだ。唇から喉、胸を舐めるように手を滑らせて、ガタガタと激しく音を立てる窓ガラスを見ていた。
この人の口角が上がるにつれて風が強くなっていく気がする。そんなことありっこないけど、あり得ないをあり得るにするのが禁忌。
まるでこの人が台風を起こしているみたいに感じるよ――?
「幸才先生! 風が!」
保健室の扉が他の先生に開けられた。ボクは助けて欲しいと声をあげたけど、聞こえていない。
台風で校舎が倒壊するだろうから、隣の新校舎に避難すると伝えるのに一生懸命でボクの存在に気づいていないんだ。
それは大変だ、なんて驚いたフリをした幸才はすぐ行きましょうと真剣な顔まで作る。
そしてボクを見ずに「妹もすぐに追いつかせる」と言うと保健室から出て、ここには誰も居ませんと示すように扉を閉められる。
ボクは今までのことを思い出しながら何もわからないことに苛立って、その感情に任せて包帯とベッドを切り離そうとした。
洋さんにも何かするつもりなんだ。早く行かなきゃ。何なんだい、血が繋がってたら殺すってことなの?
洋さんは死なないよ。呪いがあるからね。大丈夫だけど、怖い思いはさせたくない。土方くんだって言ってたんだ、洋さんには殺される体験なんてしてほしくないって。
ボクもそれは激しく同意。怖くても、唯一の家族の危機には駆けつけなきゃいけないんだよ。
じゃなきゃボク、またひとりになっちゃう。今年の年越しは家族と過ごしたいから。
ミシ――から始まる崩壊の音。
窓ガラスの木枠が歪み、壁が崩れる。
大きな風が校舎の壁だった木材を凶器に変える。
「あ――」
見えるはずのない空が見えたら、ボクの体は思い出を染み付かせた学舎の下敷きになっていた。




