48勝手目 過去戻りの禁忌:京都府京都市(6)
風は落ち着いた。雨も止んだ。
けれど清水寺は強風に吹かれていた時よりも悲鳴で騒がしい。
清水の舞台から転落した沖田が強風で折れた木に刺さって動かない。布に針を通すように、腹から背中にかけて鋭利な木が刃物となって肌を割く。
誰もが視線を奪われて、誰もが視線を逸らしてしまう。憎たらしい程美しい白い肌。生気を失っても変わらぬ、整った容姿。まるで敢えて残虐的に創られた美術品の様にも魅える。
パーカーと木に滲む赤は鮮やかだ。ありきたりな表現やけど、ルビーを溶かしたような血が綺麗で恐れを感じないんやもの。
ウチのせいでこうなった。責任は感じとる。でも、意識のない沖田に釘付けになって"見惚れてしまう"。
こんなことを思とるのはウチだけや。
「どないしてこうなったん」
木に刺さった沖田を見つめていたら、相馬がえらい低い声を出して睨みつけて来はる。
ハッと現実に戻される。けれど意識がどこか遠くに行っていたみたいで、相馬がここに居る理由を考える間も無い。
責められる。その焦りが全身を襲うと、毛穴から汗が滲んで肌を伝うのかわかった。
ウチを軽蔑する目がにじりにじりと迫ってくる。指一本でも触れたら捕まってしまう。逃げねばと体が後ずさるけれど、相馬のことやから執念深く追ってくる。
「ウチを瓦から庇って……強風に飛ばされてもうたんよ……」
嘘やない。この目で見とらんけど、僧侶たちがそう言っとったもの。だから清水の人らが沖田を助けようとして、木をどう切るべきかと話し込んどるんやないの。
「ちゃうやろ!」
相馬の鼻筋に何本もの横線が入る。憎悪のこもった否定に、表情筋が固まってしまう。ちゃうって、ほんまにそうやもん。
目撃者がおる、あの坊さんらに聞いてみぃと訴えてもダメや。
「何よ! 鏡壊そうとしたのはウチが悪いけど、厄災がこうなったんは風のせいやろ!? なんでウチがそない顔されないとあかんのよ!」
そうや。ウチがおらんかったら、こうはならんかったかもしれん。けどわからんやん。結果は同じだったかもしれんし。
「どうせいつもみたいに嫉妬したんやろ。沖田はんは新見が欲しいもん全部持っとるもんなぁ。鏡壊して戻ってこれへんようにって思ったんか?」
「――っ! そんなん……ちゃう! 京都で禁忌されたら厄介やと思ったから……それに、全国の神霊庁だって居なくなった方がええと思ってるやん!」
相馬は全部お見通しや。ウチの他人へ対する感情のぶつけ方がワンパターンと言われてるようで苛立つ。
けど、京都支部長の娘という肩書きを出せばそれも帳消しに出来るんや。
近くで沖田の救助にあたる人々がウチらを気にし始めた。遺体の近くで不謹慎だと言うんよ。
相馬はそれを気にしてウチの着物の袖を強引に掴み、無言で場所を変えようとした。
そんな態度の人間に着いて行くかいな! 強風で吹っ飛ばされそうなガリガリの体は女のウチでも突き飛ばせた。
後ろによろめくけど、相馬はすぐに体制を整えてスンと立つ。
「もうアカンわ。ボクは新見にうんざりしとる」
「別にかまへん。お父に頼んで神霊庁クビにしてもらうだけやもん! アンタなんかおらんくても、痛くも痒くもない!」
「あぁそう……」
勝った! 相馬は京都中の神社仏閣の売店や受付でふらふらして、ろくに仕事もせんかったし辞めさす理由も十分や。この際理想の新撰組を作るのは諦めて、ウチが許される状況を作らんと。
そうや……そもそもウチが過去に来たのだって、相馬に押されたからやない? つまり、沖田が怪我してるのは相馬のせいやない?
ウチ、悪くないやん。都合が悪いのは相馬やん。ってなれば、現代に戻った時に相馬を庇えばウチの株上がらん?
なんや。ウチ、被害者やん。
「現代に戻ったら、皆にウチを突き飛ばしたことは庇ったるから。禁忌を起こそう言うたのも、ド田舎者達のせいにしたる。それで綺麗さっぱりやろ? アンタ、ウチのこと追いかけて来たやろうし」
だから早く沖田の体を取って来いと指示をする。相馬は支部長の娘の指示だからと言って、今までだって渋々動いてくれた。職を失うことにビビれば、ウチの言うこと聞くやろ。
早よしぃ! と、顎で急かす。そしたらえらい鋭い痛みが頬に走った。かけていたメガネも顔から離れ、視界はぼやっと曇りガラスのように見えなくなる。
あまりに突然で、何が起きたかわからん。また風で何か飛んできたんか?
手を這わせてメガネを探す。指先を頼りに地面を踏む音が近づいてくる。メガネのフレームに人差し指がかかったと安堵したのは一瞬、蹴り飛ばされた音とともにその場から無くなった。
「新見は過去で一生過ごしたらええよ。なんで戻れると思っとるん?」
――は? 何?
「昔は、人の痛みが分かる人やと思ったのにな」
相馬の冷たい一言。そして何かが踏まれる音がした。
「相馬……? 待って!?」
返事はおろか足音も遠のいて行く。ウチはメガネないと歩くことも出来んと知っているのに。
許さへん、早よ戻って来いと声を裏返して叫んだ。けれど人の気配がない。
過去に置き去りにされる。あんまり突然で理解が追いつかない。ウチ、見捨てられたんや。




