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48勝手目 過去戻りの禁忌:京都府京都市(4)

学殿を探して、早数時間。


 風も弱まり、台風一過が晴れを呼ぶ。しかし惨事が明るみになるばかりで、状況が良くなる気配は一向になく。


 まだ流れの早い川には近づけず、立ち入れる範囲で学殿の影を探す。


 どうか、どうか生きていてくだされ。谷殿と服部殿は「もう無理なんじゃないか」と情けない弱音を吐いておられるが、宇吉は断じて信じませぬ。


 まだ電話が繋がるなら、きっと生きている。秀喜殿が力強く言うんですから、間違いない。


 混乱している中でも、やはり人に聞くのが近道だったりしますからな。宇吉は面倒がられても、根気強く学殿がどこかで見かけられて居ないかと声をかけるのです。


 何十人、いや、何百人と声をかけました。そしてまた、人を担いで俯く人に声をかけてみるのです。


「失礼! 髪が金色の、目が緑、そして少し背の高い顔の整った男性を見ませんでしたかな?」

「……あぁ……外人さん? 少し先の場所に、上がってたよ」

「上がってた……と申しますと?」


 声をかけた男性は酷くやつれて、肩に担いだ女性を見せるのです。顔は青白く、口から水を垂らしてピクリともしない。


 亡くなられている、ということですか――。


「お互い、辛いな……」

「……えぇ」


 宇吉はかけるべき言葉に迷い、背中を見送ることしかできず。ドクドクと心臓で血が煮えたぎるような恐ろしさに襲われるのです。


 外人さんとおっしゃられてましたが、学殿は日本人ですから。人違いに決まってますとも。金髪イコール海外の方とは、まあ時代的に致し方なしですな。


 宇吉の聞き方が悪かった。しかし念のため、今の情報が学殿ではないと確認する必要がある。


「しかし気の毒ですなぁ。日本に来て災害にあってしまうとは……無念でしょうに」

「この時代に金髪なんかおらんじゃろ……」

「そろそろ現実見ろよ。川から上がってくる体、ほとんど死体だぜ」


 このお2人ときたら、まだこんなこと仰る。確かに事実ではありますけどね、学殿の生存を我々が信じずとして誰が信じるのか。


「次同じことを口にしたらぶっとばすござるぞ!」

「なんだよ、ぶっとばすござるって……」


 宇吉は本気なのです。


 拳を作って殴るふりまでしましてな、お2人が二度と不吉なことを申されぬようにキツく叱ったのですから。


 そういえば相馬殿の姿が見えませんなぁと遠くまで見渡す。すれ違う方々への質問に夢中になって、先を歩きすぎましたかな?


 お2人に知ってますかと問いかける。すると目を泳がせて、突然、先を急ごうと宇吉を抜かしていくのです。


 これこれ。宇吉の質問は終わってませぬぞ。出せる最大の声量でお2人の名を呼ぶと、恥ずかしいからやめてくれと膝をついてしまわれた。


 あいや。やりすぎましたな。

 服部殿が言っていいのじゃろうかと戸惑いまして、谷殿が「オレが言う」とメガネを掛け直された。

 何を畏って。外れたらならそう言ってくだされば良いことですが。


「そ、相馬は……めっちゃ腹痛ぇって、漏れそうだからって、人間やめる前に全部出してくるって言ってたぜ!」

「おや。体調が悪かったのでございますな? 気付かずに失礼しました。待っていた方がよいですな……」


 そう思ったのですが、お2人はアワアワと宇吉の体を前へと押すのです。


「宇吉じゃて嫌じゃろ! もし、その――野でしてるのを見られたら、生きていけんじゃ!」

「そ、そうだぞ、そうだぞ、そうだぞ! 相馬は繊細な生き物なんだ! そっと、野でやらせとけ!」

「それは失礼! 確かに待たれていると出るものも出ませんなぁ!」


 相馬殿の気持ちも考えずに宇吉ってば。相馬殿にはごゆるりと楽になって頂いて、最優先は学殿。


 指定された遺体安置場所に到着すると、すでに息絶えた方々の体が眠るようにして置かれておりました。見ているだけで心の痛む光景。お一人おひとりの顔をじっくり見ては失礼でしょうが、思わず見てしまうものです。


 紫色に色を変えた唇を見ると、寒い想いをされて天へ旅立たれたのでしょう。手を合わせながらご遺体の近くを通るものの、足取りは重くなる。


 そして1番端には何人かの女性らが集まって、1人の体を囲んでいるのです。


「いい男なのにねぇ……生きてるうちに会ってたら、声くらいかけたかもしれへんわ」

「外人さんやない? 可哀想やわ」


 宇吉は女性らの会話を聞き逃しませんでした。いい男、外人さん。それは学殿に当て嵌まる外見の特徴に違いないと、女性らを掻き分けて横たわる体に目線を向けるのです。


「学、殿――」

「……マジか……」


 谷殿が力無く言葉を漏らす。金髪に緑色のジャージ、腰と肩に決して体から離れないようにと巻かれた壁掛け電話。

 唇を紫色に変え、長い睫毛に水滴を纏う。


「学殿! 宇吉が来ましたぞ。早く起きなされ!」


 声をかけても無反応。起きる気配もない。ははん、さては水に濡れて疲れておるのですな?

 まったく学殿きたら。また祈殿に怒られますぞ?


 肩を揺さぶり、頭を動かし、手を触る。ひんやりと冷たい肌からは少しの動きもない。

 

 いやいや。それはないでしょう。失礼を承知で隣の方に触れてみる。こちらの方はすでに息絶えており、体が冷たい。

 そしてまた学殿に触れる。


 どういう事ですかな。学殿。そんなギャグはつまりませんぞ。わざわざ冷やして「お兄ちゃんはこんなことも出来ちゃうんだよなぁ」なぞと、洋殿たちを驚かせるつもりでしたな?


 ――けれど、何度名前を呼んでも、学殿は意地悪をして目を開けてくれないんです。


「学殿ォ! 死んでる場合じゃございませぬぞ! 何を死んでおられる! ばかタレですかな!? 守殿が怒りますぞ、洋殿が自分を責めますぞ、祈殿が泣いてましたぞ!」


 顔や胸、腹、局部など、振るえる力を全て使って学殿を殴り、叩きました。


 しかし服部殿と谷殿が宇吉にやめろと体を掴んで離してくれないのです。


 宇吉はガラケーで皆さんにチクってやることにしましたぞ。学殿が笑えない悪戯で取り返しがつかなくなり、起きずにいると。


 けれど皆さん黙るんですな。どうしてでしょう? 何故でしょう。もっと怒らないと。いつもの皆さんらしく「学!」と、不摂生やだらしのない態度を叱り付けないと。


「宇吉……これはさすがに……現実じゃっ……」


 服部殿は宇吉の右腕をキツく両腕で縛りながら、大粒の涙を流すのです。それが宇吉の腕に伝うものですから、熱くてたまりません。


 電話口の向こうからも、ネリー殿が声をあげて泣く声が聞こえてくる。

 暫くネリー殿の泣き声だけが聞こえてくると、久しぶりにあの方が口を開いたようなのです。


『兄貴の耳元に電話をあててくれ』


 守殿でした。泣くわけでもなく、悲しむわけでもない。ただ淡々とそう仰る。宇吉は言う通りにガラケーを学殿の耳に当てました。


 ――守殿が何を申されたかはわかりません。頃合いを見てガラケーを耳に戻す。守殿は「他の3人が待ってる」と、迷わず先に行けと言うのです。


「従兄弟が死んだんじゃ。気が動転してるんじゃろ。遺体は後で回収しよう。次は洋斗じゃ」


 服部殿は逃げるよう場から離れた。谷殿も同じ。


 宇吉はなかなか場を離れることが出来ません。


「お兄ちゃんってのはよぉ、年下に弱いのよ。弟や妹なんかにねだられると、意地でも思うようにしてやりてぇって思うわけ」


 いつか、守殿と洋殿を見ながら笑顔で語っていた姿が脳裏に浮かぶ。

 学殿が大切にしていたヘアピンについた水滴を、半被の袖で拭う。


 幼少期、守殿の洋殿がお金を出し合って買ったヘアピンだそうで。何年経っても塗装を繰り返し、大切に大切にしてきたと。


「また後で、迎えにきますからな……」


 声をかけても、いつものように「おう!」と、笑ってはくれないのですな。

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