48勝手目 過去戻りの禁忌:京都府京都市(2)
新見から告げられた現実は信じがたい程残酷だった。
まずは誰にどう話したらいいのか、新見には何を聞けばいいのか、どうするべきなのか。
重たい沈黙を終わらせたのは守だ。そしてまた彼も、ガラケーで会話を聞いていた。
「なんで……?」
人は本当に怖い思いをすると笑うという。数々見てきたスプラッター映画にも死に際に笑顔を見せるシーンはいくつもあった。
新見を庇って狂風に飛ばされたと。人が飛ぶってどんな狂った風なんでしょうね。それとも洋が軽かった?
どちらでもいい。新見さえ居なければ、そんな残酷な目に遭わずに済んだのに。腹の中に黒い渦が巻き付き、以前父親達に向けていたような殺意がまた蘇ってくる。
洋の状況を皆に伝えれば、相馬は責任を感じているのか瞳が揺らいでいた。
「どうしたらいいの……」
祈、ネリー、そして守は力無く座り込んで呆然としていた。守に至っては呼吸も浅くなり、何を考えても考えられないと言う矛盾の中に彷徨っているようで。
過去に行けない事がこんなにもどかしい日はない。行けるなら今すぐにでも飛び出して、必ず助けてあげるのに。守も、オレもそれが出来ない。
頼みの綱の3人も意識がない――。
金じゃどうにもならない。けれど他の誰かに行ってくださいと言うのは違う。例え新見のせいで洋の意識がなくなっても、その責任を問う事は出来ない。
新見になんとかしてもらう手があるかもしれない。でも、あの人だけではどうにも出来ないでしょう。
全滅。洋と晴太は死ななくても、学と洋斗はわからない。
洋斗とは長い付き合いで、初めての同僚であり部下だった。歳上なのにオレをボスと呼んで慕ってくれて、いつもニコニコして仕事もこなしてくれていた。
辛く当たっても「ボスにもそういう時あるんだねぇ」と笑って流して、洋の兄だと分かった時は兄妹揃ってオレの家族にならないかななんて思って。
「もう、洋斗に……会えないのカナ……」
ネリーの涙声に釣られて視界が揺らぐ。特別経理部は無くなってしまう。それが全身を強張らせる程辛く感じた。
「学のバカ! なんで川の近くで電話なんて直すのよ! 太ったから足が遅くなったんじゃないの……」
祈も自身の太ももを殴りながら、泣かないように学への不満を漏らして堪えている。
守は涙も言葉も出さずに目の焦点が定まっていない。
樺恋がいる手前、大人達は取り乱さないように必死なんですよ。オレだって泣きたい。けど、樺恋も泣いていないのに、泣けないでしょう。
子供はいいですね、状況がわからなくて。樺恋を見ると、彼女は両手で拳を作って守を凝視していた。
「宇吉!」
誰より強い声はいつも通り。お気楽なもんですよ。
「あ……か、樺恋様には刺激の強いお話でしたな……何、大丈夫です! きっと皆様戻って来ら――」
「行ってきて」
「はい?」
樺恋の一言に皆が顔を上げた。勿論オレもです。
「洋と洋斗が助けてくれたから、あたし生きてるの。ホントはあたし行きたいけど、あたしはまだ子供だからなぁんにも出来ない! だから宇吉、洋達の事迎えに行って!」
「樺恋様……」
何を言いだすかと思えば。普段は大人だと言い張るクセにこんな時は子供だなんて都合のいい。
だけど彼女の眼差しを見て、その考えは改められた。涙ひとつ浮かべない真っ直ぐな曇りも迷いもない視線。宇吉はその視線に戸惑うどころか、深く頷く。
それほど忠誠心があるということなのか――自身の命を危険に晒してでも、9歳の子供の命令が大切だとでも?
「5年前に洋殿を探すと申された時と同じ目ですな」
「そうよ。約束したでしょ」
「勿論心得ておりますとも。樺恋様は洋殿と洋斗殿に生かされたお人。その恩人をお助けするのも宇吉の役目です。樺恋様の恩人は宇吉の恩人ですからなぁ」
樺恋はツインテールを止めている紫色の玉の飾りが付いたヘアゴムを外すと、それを宇吉に手渡した。宇吉は長い髪を結い、そして樺恋も同じ様に髪の毛を1つにくくる。
「秀喜殿。守殿が指揮を取れぬ今、頼れるのは参謀であるあなただけです。宇吉が駒となります故、指示をくださらぬか。命令されてやっと動ける体でしてなぁ」
普段と変わらぬ、大きな声。煩わしいと思っていたそれは、光を差す様に絶望を照らす。
守の様子は変わらない。過去への行き先を決める事、従兄弟と幼馴染、そしてその兄の生死が不明なら誰よりも責任を感じているはずです。
頭の中では、室戸台風なんて言わなければとばかり考えているでしょう。
これでも一応、神霊庁の新撰組の中では3番目。特別経理部部長、そして父親の会社をいつかは担う存在でもある。
リーダーとして修羅場を越えるなら今。1番非情で感情のないオレだからこなせる場面なはず。
樺恋や宇吉に決心がついたんです。オレが出来ないなんて、おかしいでしょう?
「過去に行く前に、万が一の時のために樺恋を任せる人間を決めてください。居なければオレが引き取ります」
「秀喜殿が?」
「えぇ!? 秀喜ヤダァ……子供に冷たいもん」
「オレも子供嫌いなんで。必要最低限しか会話しませんよ」
好きで引き取ると言ったわけじゃない。洋と洋斗が生かした責任がある――と言っていたから、部下と愛する人の責任を背負うだけの事。
「その時は私が樺恋を引き取るわ」
「ネリーでもイイヨ」
祈とネリーは同性の方が成長した時に困らないだろうからと理由をつけた。その方がありがたいですけどね。
洋の父親じゃないですけど、オレがやってやれる事なんて金が関係する事ぐらいですし。努力はしますけど、努力なんてすぐにどうなるモンじゃないですから。
同意書なんて今すぐは作れませんから、携帯のボイスレコーダーを使って「宇吉が最悪の事態に陥ってしまった時」にどうして欲しいかを話してもらい、録音する。
樺恋は不安な様子を見せる事なく、宇吉が話す様子をジッと見つめていた。
録音が終われば、宇吉は樺恋に必ず皆を連れて帰って来ると指切りを交わして約束する。
「宇吉はあたしの言う事聞いてトーゼンよ!」
「今までで1番の大仕事ですなぁ!」
これから禁忌を犯すのにお気楽な、と思いましたが、この軽さの中に信頼関係が確立されてるのだと思うと、少し羨ましくも見えますね。
「あの……」
指切りを交わす2人の前に相馬が近付いた。樺恋が、何?と問いかけると、相馬は彼女の目線までしゃがむ。
「ボクも宇吉はんのお供してええかなぁ。必ず宇吉さんは帰すって約束するさかい、信じてくれんかな」
「相馬!? お前、正気か!? 戻って来れんかったらどうすんじゃ!」
相馬の言葉には驚いた。しかし彼の目的は単なる救助ではなく、責任の所在は自分にあるという自責の念から来るものでしょう。
服部が相馬に考え直せと肩を揺さぶるものの、タレ目から見える決意は揺るがなそうだ。
「禁忌を見せてと言ったのもボク。新見を過去に送ってしまったのもボク。興味が招いた人災やん。ボクが行かんでごめんなさいだけなんて、誰が許すの」
やはり。こちらは誰も相馬を責めるつもりはありませんけど。それを代弁するのは意外な人物だ。
「誰もそこまで考えちゃねぇだろぉよ。ま、オレも新撰組に入るって言ったし? 新見と洋斗には飯奢って貰ってっからよぉ、行ってくっかな」
「谷まで! バカばっかじゃ!」
ギャンギャン文句を言いながら、服部は「これで4人じゃから分担して探せるじゃろ!」と仕方なさそうにそっぽを向く。
まさか京都支部が過去へ行くと言いだすとは。最短で4人を救うにはどうしたらいいか頭を動かす。
4人をバラバラに行動させるべきか。
二手に別れさせるべきか。
まとめて行動させるべきか。
指示を出すのは難しい。ましてや命が関わると判断に迷う。いつもはこの役目を守に任せ、禁忌の場所まで決めさせていたんですから。今日初めて、随分と酷な事をさせていたと気がつく。
「行ったとして、誰が最優先――?」
殺したいと思っていたオレが、人を生かさなきゃと思うんです。気持ち的には洋を1番初めに助けたい。けれど今はそれは判断ミスな気がして。
そもそも怪我が酷かったら? 致命症だったら――?
もしもばかり考えていたらキリがない。樺恋に渡そうと思っていたガラケーを相馬へ、そして予備のガラケー2台を谷と服部に預ける。
「言っておきますけど、優秀な指示が出来るとは思わないでくださいね」
「おぉ……一気に不安じゃ」
不安なのはこっちも同じですけどね。京都支部なんて信用してませんし。
「正解はわかりません。まずは三条大橋を目指してください。学を最初に回収します!」
連絡が取れなくなったら困る。まだ過去との電話が繋がってられるのは、学が生きているからだとしたら。
スプラッターやグロデスク映画で見てきた残酷なシーンを過去へ戻った4人に置き換えると、吐き気が込み上げて来る。
本当は順番なんて付けたくない。そう思うのは自分を非情だと思い込んでいるだけで、新撰組を作った時点で居場所であるという感情が芽生えてしまっているからでしょうね。




