48勝手目 過去戻りのバッドエンド(2)
――4人が過去に戻った直後に、ウチらは鷲ヶ峰の現場へ到着した。
「愛、はよ行き!」
「だ、だめだよ……愛ちゃん、そ、そんな事、で、出来ない……」
禁忌を犯し始めたのを物陰でコソコソと見ている。鏡にヌルっと入って、過去へ戻る。信じ難いけど禁忌で過去に戻れるのはほんまなんや。
京都支部の連中もなんや楽しそうやし、見てるだけでイライラする。
愛も目を輝かせて連中を見てるのが気に食わない。いつもウチの後ろでグズグズしてるくせに、ヒーローショーを見る子供みたいに「カッコいい」なんて恍惚としとるし。
そんな目みたって、愛は仲間に入れてはもらえんよ。顔の火傷痕を見られたら逃げていかれる。何度同じ目に遭ったらわかるんよ。
人はやるかやられるか、なんや。ウチに逆らうならわからせるのはこっち。
夢見心地な愛に現実を見せるため、ウチはあの鏡を壊してこいと指示をした。
鏡を壊せば帰って来られない。ならあの鏡をこわしてしまえば、厄災は過去に葬られるし、ど田舎の新撰組は解体待ったなしのはず。
そう説明しても、愛は出来ない、嫌だと拒むばかりで言う事を聞かない。
いつもならわかったと従うくせに、今回は強情や。逆に説教まで垂れて来る。そんな事考えちゃダメって、愛はいつからウチに指図出来るようになったん?
「もうええ。アンタには頼まんから」
「き、吉乃ちゃん……!」
愛は、わかってくれたと長い髪の間から笑みを浮かばせた。
「その代わり2度とウチに頼らんといてよ。神霊庁もクビにしたるから」
鏡を壊すためにホームセンターで購入したハンマーを強く握った。迷いはない。連中が楽しそうに和気藹々としてようが、何かあったときに深刻そうにしてようが関係ない。
目指すは鏡。あれさえ壊せばと足は急かすように速くなる。
「ダメ! こ、壊したら……!」
後から愛が追って来るけど、足が遅過ぎて捕まるなんて微塵も思わん。
「今や、壊したる!」
「嫌だ! き、吉乃ちゃん、やめて!」
誰も鏡の近くには居ない。ラッキーや! 仮に新撰組が解体されんでも、神霊庁の職員としては褒められる行い。
ウチに恥をかかせたあの厄災さえ居なくなれば、ウチの気持ちは晴れるんやから!
「戻ってくんなよぉ! 厄災!」
ハンマーを振りかざしたかと思いきや、相馬に腕を掴まれて鏡には当たらなかった。しくじった! なんで相馬は邪魔ばっかするんよ!
「新見、アカン! 何やっとるん!」
離せと腕を振り払うと、草履が滑ってバランスを崩してよろめいた。あっと思ったら、もう遅い。そのまま鏡の方へと倒れてしまう。
――嘘やん、なんで?
体が投げ出された先は見慣れた風景によく似た場所だった。置いている物や配置が違うだけで、清水寺の本堂や。パッと見ただけでも現代から遡っている事がわかる。
ほんまに過去なんや。状況は理解できても、気持ちは追いつかない。開く扉全てを開けたりして現代に戻ろうと試みる。
アカン、戻れへん。
「どないしたらええの……?」
喉の奥から出る声に不安を自覚する。建物が破られそうな恐怖も追加されれば、外に出れば状況が変わるかもと本堂を彷徨った。
そしたら――ん?
恐怖の中に紛れる声が聞こえる気がする。こっちは清水の舞台や。誰かおるなら一緒に居た方が不安は紛れる。誰でもいい、縋る気持ちで舞台へ出ると、髪の毛が全て横に煽られた。
「風……強っ……!」
頭にしていたカチューシャ、花柄の紅いヘアアクセサリーは風に吹かれて飛んで行ってしまった。
手を伸ばしても届かない。だけどその先に、数人の僧侶が手すりにしがみついて強風に耐えている。
腰にはロープが巻かれて、顔を俯かせて念仏にも聞こえる唸り声を上げていた。この声やったんか……!
僧侶のところに行けば助けてもらえるかもしれん。淡い期待を描いて一歩踏み出すと、足を滑らせて風が横転した体を舞台上に転がした。
この下に落ちたら死んでまう! 生まれてもない時代に死ぬなんていやや! 床に掌を這わせても滑り止めにもならない。
だけど何かにぶつかって、ウチの体は動きを止めた。なんやと首を振り向かせると、黄色いジャージに浅葱色のパーカーを靡かせた厄災がウチを見ている。
「捕まれ!」
厄災は腰に巻いていたロープを手すりや腕に絡めた後、腰に巻き付けてまた手すりに結んでくれた。
横を見ると、このロープは他の僧侶達とも繋がっているみたいや。
「姿勢を低くして、風の吹いて来る方向を向くんだぞ」
伏せろと背中を押される。厄災からのポケットから軽快なメロディーが流れると、鬱陶しそうにガラケーを取り出して、ウチに持っててくれと手渡してきた。着信画面に表示された名前は「伊東」とある。金庫番や。
「アタシ、自分の体支えるので精一杯だから! アタシになんかあったら新見が出てくれ!」
ロープを結びきった厄災の腰周りには何もない。ただ体幹だけでなんとか耐えているんや。
もしかして、ウチが来なかったら厄災がこのロープ使ってたん? ウチが来たから、何も言わずに巻いてくれたん?
そんなんウチが悪者になるやん……!
「アンタ、ロープ他にないの!?」
お前が悪いって言われたくない。その一心で厄災を責め立てるように問いかけた。
厄災は黄色い目を半分閉じながら口を尖らせる。
「ねぇよ! 1本しかくれなかった土方に文句言え!」
「飛ばされたらどうするん! ウチの腰の捕まりや!」
「ダメだ、ロープが緩んだら新見だけじゃなくて坊さんも飛ばされる! アタシは大丈夫! 何があっても死なないから!」
厄災が、「なんてことない」と笑うと、近くの木々が轟音を立てて折れ始めた。紅葉が綺麗に手入れされた木々達が折れるのは、心苦しい。自分の家が荒らされていく気分やった。
風がますます強くなり、本堂の屋根から瓦が飛んで行く。どうか飛んで来ないでと願うも虚しく、意思を持ったようにウチ目掛けて飛んでくる。
今度こそ終わりや。背中を丸めて体を伏せると、体に一瞬だけ重さが掛かって、体が発する防衛本能から出るような短い声が聞こえた。
「飛ばされた!」
僧侶の1人の言葉にハッとして顔を上げたら、ウチの手元には血が垂れていた。痛みはなかったけど、当たったんか?
見える範囲で血を辿ると、舞台の途中から血痕は無くなっている。
僧侶らが慌てて舞台の下を覗き込む。誰かが絶望を含んだ悲鳴を上げた。そして今度こそ念仏を早口で唱えて、酷く汗をかく。
何、なんなん? てか、厄災は?
ウチも風が少し収まったので舞台の下を覗くと、折れてささくれた木に黄色と浅葱色、そして肌色が見えた。
「――!」
言葉を失った。ウチは目が悪いから良くは見えんけど、確かに厄災の体が舞台の下にある。
体の全てが凍えるように冷たくなり、ガタガタと寒気を起こす。そして何度も鳴るガラケーの応答ボタンを押し、なんの覚悟もなく耳に当てた。
『洋! 今どこにいるんです!? 他の3人が意識なく』
「ウチのせいや」
『貴女は……新見?』
伊東はガッカリした様子で声を低くする。でも伝えんと。ウチが悪い事したって、ウチがおらんかったらって、心が苦しくなるんやもの。
「厄災……沖田……沖田が……」
どうか動いてと"沖田"から目が離せない。電話の向こう側にいる伊東は、洋を出せと苛立つけど、出られへんもん。
だって――
「風で折れた木に……串刺しになってもうた……」
また大風が吹く。ガラケーを強く握って、耳から離さないように食いしばる。
電話の向こうでは沈黙が続いていた。




