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48勝手目 過去戻りのバッドエンド(1)

「全然繋がらないわ。学に何かあったのかしら?」


 祈はガラケーを耳に当てていた。言葉では心配するものの、電話に出ないと苛立ってギシギシと歯軋りをしている。


「台風の影響とか、ですかねぇ……どんな仕組みがわかりませんが、能力的な物なら何らかの条件が満たされていなくて使えないとか」


 尾形の分析もわからなくないが、アイツの事だから電話を壊したんじゃないだろうかと思う。


 今頃4人で焦りながら直そうとしてるんじゃないか? 先日、洋斗と電話を使いやすくしようなんて言って盛り上がっていたのを見たしな。


 メンテナンスといいながら遊んでいたようにも見えるし、その弊害だろ。


「そのうち繋がるだろ。信じてやれ」

「あら。お兄ちゃんの事を庇ってあげるの?」


 さっきまで歯軋り立ててたくせに今度はニヤニヤと……。そもそも学の事は幼少期から兄だと思っていないし、従兄弟だとも思っていない。たまに来る岩手の親戚くらいの認識だった。


 けどな、沖田が《《お兄ちゃん》》って呼ぶから仕方がなく――うわ……また沖田に影響されている。

 俺の人生に沖田が居ないページは無いのか? ないんだよなぁ。居ないと不安になるんだもんなぁ。


 祈から「難しい顔させて悪かったわ」と手を合わせられた。俺は何の質問に答えようとしていたんだっけ? 


 今日は頭がぼやっとしている。酒が残ってるのか? 禁忌を冒しに行ったうちの洋斗以外も飲んでいたが、まさか寝てたりしてないよな?


 確かめる術がないのは不便だ。そうだ、ガラケーで確認しよう。ポケットから取り出して耳に当てたが繋がらない。そうだ、誰も電話に出ないんだった。

 

「守は何をしとんのじゃ。阿保になったんか? ところで、この鏡って誰でも入れるもんなんか?」

「そういえば試した事ありませんね。守は入れるんですか?」


 服部と伊東の問いかけに我に戻る。誰がアホだ。アホに見えたかもしれんが、アホじゃない。俺は国立大に特待生で入ってるんだぞ……でもさっきのはアホか。言い返すのはやめよう。


 鏡に触れようとする服部は、寸前でひよったのか手を引いた。


「俺は行けない……と思うけど。いや、今なら行けるんじゃないか?」


 過去に戻れるなら行きたい。そしたら沖田の側にいて、怖い思いから少しは守ってやれるのに。ずっと、禁忌を冒す時に側にいられないのが不満だった。


 もし過去へ戻れるのなら、俺は迷わず鏡に入る。


 期待を込めて、北側の鏡に指先を触れさせる。波紋が広がって、体の一部が鏡に溶けるようになれば過去へ行けるのだ。


 だが――鏡は俺を拒否する。この中で1番行きたいのは俺なのに。11月の秋風で冷えた鏡面から指を離した。


「守がダメなら私達も行けないわよ。ほら――」


 続けて祈が鏡に触れる。すると水面が揺れるように鏡が溶けて、祈の手がスルリと入ったのだ。

 

「えっ、行けるの?」

「オー。手ないなったネー」


 さらに、ネリー、樺恋、宇吉と鏡に触れて行く。宇吉なんて肩まですんなり入っていくんだ、俺が普通じゃないみたいだろ。


「秀喜はやんないの? あたしでもやれたのにぃ、怖いのぉ?」


 椅子に足を組んで座り様子を見ていた伊東に樺恋が情けなぁいと煽る。

 ここで挑発に乗らないのが伊東で、良くも悪くも冷めているのも伊東だ。


「入れますよ。途中までは」


 組んだ足を解いて鏡に近づけて触れてみる。手首まで問題なく入り、ゆらゆらと波紋が多くなる。しかし手首より上に行こうとすると、鏡は突然元の姿に戻り、伊東の全身を映した。


「これから先は入れません。結論、過去には行けないって事ですね」

「はぁ、まさかお2人が行けないとは……いやぁ、新参者なのにも関わらず、なんだか申し訳ないですなぁ。怒らないでくださいなぁ?」

「これ、マウント取られてます?」


 宇吉に悪気はないだろうが、行けない事が恥ずかしいと感じている身としては煽られているように感じる。

 続けて京都支部も興味を持って鏡に触れ始め、本当に行けると興奮気味。


 「自分らは正常」だと喜んでいた。


 京都支部もいよいよ毒されて来たな? 禁忌を犯してる事が異常、過去に行けるのも普通じゃないって事を忘れ始めたか。

 バカめ。その点で言えば俺が1番正常だね。


 皆が盛り上がる中、俺はパソコンで台風に関する情報収集を続けた。別に不貞腐れてなんかいない。

 

 アイツらが何処にいてもいいように、被害状況について細かく調べた。

 

 強風による路面電車の横転、伏見稲荷大社の鳥居の倒壊、鴨川の氾濫、小学校の倒壊、北山・嵐山・東山の土砂災害、市内の浸水――


 どれに当たっても命に関わる。どうか安全な場所に居てほしいと思うが、行動は矛盾している。

 必ず帰って来ると信じているさ。けれど不安がないわけじゃない。


 連絡の一本さえあれば少しは気持ちが違うんだが――と思うと同時に、やっとガラケーが一斉に鳴り出した。


 待ってましたと応答ボタンを押すと、間髪入れずに学の声がする。


『やべぇ! 橋の下にいたら川が増水してきた!』

「川?」


 慌てた様子の学の声に息を呑む。いつもはなんとかなるだろ、と気楽な学がこんなに焦るなんて。

 パソコンの画面を横目で見ると、都合よく鴨川の氾濫のページが開かれている。沖田がここにいたら泳げないと不安で、文章をくまなく読んでいたのだ。


 増水してる? 学は三条大橋にいるのか?


「沖田は!?」


 学の心配をするべきなのはわかっている。けれど勝手に口が動くんだ。


『おれ1人だ! 3人が何処かはわかんねぇ! 電話が壊れて直してたら、川が氾濫しやがった!』

「さっさと高いとこ逃げなさいよ!」

『風も雨も強くて上手く走れ――ヴッ――』


 祈が学へ怒鳴ってすぐだ。学は言葉を言い切れず、ガラケーの向こうから地鳴りのような水の音が耳を満たす。誰の声も聞こえない。ただ、ただ、水中にいる音だけが悲しく聞こえるだけだ。


「学! 学! 何してんのよ!」


 祈の涙を含んだ喉を震わす叫び声に似た呼び掛け。伊東もネリーも、宇吉も信じられないと呆然と立ち尽くしている。樺恋は何度も学を呼ぶ祈の腰に巻きついて、どうしたのと不安そうに眉を八の字にした。


 過去の記録によれば、三条大橋周辺では急激な増水によって人々が流されるという悲劇が発生したという。

 橋の下で雨宿りしていた数名が増水した川に流され、救助も間に合わずに犠牲になったと記載がある。


「学殿が……流された……と?」


 誰も口に出来ずにいた事実を宇吉が口にする。


「落ちツコ。洋斗達が助けられるかもシレナイ。電話が繋がってるナラ、3人にも掛かるヨ」


 ネリーはガラケーを持つ手をガタガタ震わせ、それでも冷静に洋斗へ電話を掛けた。

 直ぐに繋がったようでホッとしたのも束の間、ネリーの顔は青くなる。


「――洋斗! 待っテ、返事シテヨ! 洋斗!」

 

 ガラケーを耳から離さず、ボロボロと涙を流しながらネリーは言葉を詰まらせた。


「洋斗……小学校の……下敷きに……ナッタって……返事シテクレナイ……」


 洋斗まで? 落ち付け、怖気づくな。晴太がいる。そうだ、晴太ならちゃんとしてるんだ。晴太なら禁忌にも慣れてるし上手くやってくれていた。


 晴太のガラケーへコールを掛けた。頼む、出てくれ。何度も何度も口に出した。


「晴太、出ろ!」


 思わず叫んでしまう。念が通じたのか、小さく微かな晴太の声が聞こえてきた。

 

『ごめん……取り出すのに……時間、掛かって……さぁ……』

「晴太……?」


 様子がおかしい。後ろから聞こえるざわついた声も、悲鳴と恐怖に怯えた言葉ばかり。助けてくださいと声を枯らす男性の声に、喉の奥が詰まるようだ。


『体調悪くてさ……寝ちゃって……起きたら、台風が凄くて……慌てて路面電車に飛び、乗ったら……横転しちゃって……』


 大丈夫。晴太は過去に行けば死なない呪いにかかっている。大事なことはない。信じろ、信じろ――!


『ガラス、刺さって……頭も、打ってて……さ……体が冷たく、て……』


 声が細くなっていく。息で会話をするような、話すのも苦しそうな声だ。


『僕、ダメかも……』


 無理して鼻で笑い、その後は近くにいる人間の「大丈夫か、しっかりしろ」という緊迫した様子が聞こえるだけだった。


 あと1人、沖田。沖田が居るんだ。頼むから呑気に飯でも食っててくれ。そうすればお前が皆を救えるはずだから。


 しかし、伊東が沖田には繋がらないと首を振る。


「今や、壊したる!」

「嫌だ! き、吉乃ちゃん、やめて!」


 こんな状況で誰だ。壊すだなんて縁起の悪い言葉を使うな。焦りが怒りを生む。


 視界に入ったのは長い黒髪の女性を振り払って、鏡へ向かって猛ダッシュする新見だ。手には工具用のハンマーが握られていた。

 まさかコイツ、鏡を――!?


「お、お願いします! 吉乃ちゃんの事止めて!」


 女性は山吹色の着物を泥だらけにしながら、手を伸ばす。京都支部の全員が一斉に新見を止めようと駆け寄るが、ハンマーは無慈悲にも振り翳されてしまった。


「戻ってくんなよぉ! 厄災!」

「新見、アカン! 何やっとるん!」


 それでも相馬は新見の腕を掴んだ。が、それがよくなかった。新見はバランスを崩してよろめき、そのまま鏡の中へと溶けて行く。


「新見!」


 ハンマーだけが鈍い音を立てて地面に転がった。

 4人共安否不明、そして新見が禁忌の境界を跨いでしまった。

 

「ごめん……なさい! ごめんなさい! あ、愛ちゃん、と、止められなかったです! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 愛と名乗る女性が必死に額を地面に擦り付けて謝罪をしてくるのだが、だからって何でもない。


 ただ、頭によぎる「バッドエンド」の文字に絶望し、膝を落とした。

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