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6勝手目 冷たい唐揚げ(1)

 目が覚めたら、何十人もの大人がアタシを見下ろしている。


 目隠しするように陰で瞳が見えなくされていて、不気味なのが怖くて思わず手を伸ばした。

 触れようとしても、体が透けている。どれだけ手を振っても、なんの感触もない。


 あたりは白が眩しい果てしなく広い部屋。部屋っていうより、空間っていうのだと思う。永遠に先の見えない、白い空間。


「永遠の命……羨ましい」

「私が49番目に……」


 何、なんなの? アタシを見下ろして「羨ましい」とか喧嘩売ってんの?


 言い返してやろうと思ったのに、声が出ない。感覚もない。

 一方的に「羨ましい」と言われるけど、人じゃなくて物に話しかけてるみたいだ。


 名乗られてもいないのに、あの本にどいつが何を書いたのか当たり前にわかる。


 こいつは医者で、こっちは宿屋で、そいつは武士で、あいつは火消しで――職業とか、人をどう救って何の見返りがあったとか、そんなのが血が巡るように流れてくる。


 けど、その中に職業が意味不明の奴がいる。この中で1番ガタイがよくて、首も腕も足も太くて、顔も傷だらけで、毛深くて、人すら食べそうな男――。


 1人だけ気迫が違う。視線も合って、逸らそうとしても目線に首を掴まれているような緊張感が体を襲う。


「神も仏も、生者も死者も救わない」


 重力がのしかかる、どぎつい低音。


 あの邪神の一件よりも空気が重い。体の中に重たい石があるみたい。

 逃げたくても、話したくても、それが許されない。


「想い、言葉、祈りは強く願えば叶うもの。そうやってこの一族は人々を救って来たというのに、何故お前は救わない?」


 人に興味がないからって言いたい。見返りとかどうでもいい。


「49番目は永遠の命を持っている。生きている者は生きている者に救われる。しかし、死者はそうはいかない。我々は死んでわかったのだ。救われないと。だからここにいる」


 何言ってんのかさっぱりわかんないんだけど。アンタ達が勝手に救って、勝手に死んで、勝手にここにいるだけじゃん。


 言い返せないのが腹立たしい。イライラする。先祖だかなんだか知らないけど、お父さんやお母さんは何も言ってなかった。


 あの古い本だって、雨が降って来たからお父さんの部屋の窓を閉めるために入ったら、たまたま見つけただけ。


 別に持ち主とかじゃないし。あんな幸災楽禍とか変な名前じゃないし。


 アタシ、沖田だし。新撰組の、沖田と同じなんだし。


「永遠の命を得たお前にしかできぬことよ。死者を救え。我々一族には人を救う義務がある。自分のために泣くことは許さない。泣けば自分が1番になり、目的を失う。自分のために泣けば、人が助からないと思って生きろ。我々もそうして自分を律してきた。人のために涙を流せ。それは救いとなる」


 コイツ、マジで何言ってんの? 泣くのは許さないって?


 なんでアタシの感情を、先祖だかいるかもわかんないオッサンに決められなきゃなんないの?


「その忌々しい名前が復活した以上、八十禍津日神アイツに対抗せねばならない。救えるのは我々だけ」


 救え救えって――アタシには興味ない。


 声が出ないとわかっていても、一方的な要求には黙ったままじゃいられない。

 喉の奥が熱くなってくると、今まで黙っていた分、大声が出た。


「バァカ! 誰がお前らの言うことなんか聞くか! アタシはアタシの生きたいように生きるね! 皆勝手に生まれて勝手に死ぬ! 死んだ後なんか知らない! だから――」


 当たり前のことなのに、この大人達は赦さない。


 白い空間に突如、しかもアタシの足元に黒い渦巻いた穴が現れて、無数の青白い手が足を掴んで引きずり込む。


 助けろ、助けろ、助けろ、助けろ、助けろ――と数え切れない人の声が、アタシを責めるように叫んでる。


 先祖達を見ても、同じように助けろと怨念のように叫んでいる。

 足掻いても這い上がれない、底なし沼――


 あの男だけは腕を組み、引きずり込まれるアタシを見ている。


「神に抗え、そして討ち勝て。末裔」


 男の声を最後に、すっかり指先まで飲まれた。



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