47勝手目 仲間って何だろう(2)
「なんやの! イライラする!」
田舎者のせいでウチが追い出された。八木邸は居心地が悪くって、足を迷わせながら壬生を早足で歩く。
京都支部長の娘なのに、こんなことされてええの?
尾形は女装趣味でも周りに受け入れられるようにしてあげたやない。
谷やって金がない時に何度もご飯食べさせたり、飲ませたりしてやったやない。
服部も稲荷屋が出せるように、地主と話をつけて上手いことしてやったやない。
相馬はウチのこと綺麗になるために頑張ってるって褒めてたくせに、軽蔑して見て来るし――
皆ウチに恩や気があるくせに、急に……!
さっきの事を思い出す。ウチが悪者みたいにされて、あの災厄の味方になる。省かれるべきは、あの災厄やん。なんでウチなん。なんで4人はウチの味方せえへんのよ。
悔しくて惨めで、親指の爪を噛んでしまう。歯を立てノコギリのように噛み切る。ささくれが出来て血が滲む。
折角施したネイルもボロボロにしてしまった。また伸ばさなきゃいけないやないの。
悔しい、悔しい、悔しい――!
「吉乃ちゃん!」
ウチの事を名前で呼ぶのは1人しかいない。後ろから声が聞こえても、立ち止まることも振り返るもしない。
草履で走る音は辿々しく、走り慣れていない危うさを感じさせる足取りが想像付く。何度も名前を呼び、ようやっとウチの3歩後ろ辺りまで追いつくと、ゼェゼェと肺炎のように呼吸を荒くする。
「吉乃ちゃん、ま、待ってよ……! と、突然、で出ていっちゃうから……あ、あ、愛ちゃん、び、びっくりしたよ……」
「うっさい!」
腹まである長い黒髪は呪われた日本人形のように顔まで隠れている。口元だけが動いて、見慣れない人はコイツを避けて行く。
この、「松原愛」はウチの幼馴染。幼稚園ん時にひっつき虫みたいになって、子分にし、それなら何でもかんでもくっついて来る。
ウチが居らんと何も出来んグズ。そらそうや、顔にはデッカい火傷の痕があるんやから。長い髪を垂らしてるのはそれを隠す為でもある。小さい時にウチにあった囲炉裏に落ちて、大変な騒ぎになった。
それは完治する事なく、痕になった。病院へも通ったけど良くはならんし、そのまま年齢を重ねれば当然イジメの餌食に。
ピィピィ泣いて面倒やさかい、髪の毛で隠せと言ったらずっとこうや。
医者になって自分で治す、なぁんて大層な事言ってたっけ。医師免許までなんとか取れたのに研修期間中にイジメられて、泣いてウチん所来たわ。
今やお父の情けで神霊庁の雑務をしとるけど、人と関わるのも苦手で大した事は出来ひんし。
そう、愛はウチが居らんと何も出来んのや。そして、ウチが言えば何でもやる。機嫌取るには丁度ええか。
足を止めて立ち止まり、愛の方へと踵を回す。愛は短い驚き声をあげてよろめいた。
「愛、ど田舎者見てどう思った」
実は愛も八木邸には居た。隣の部屋に居るように言いつけ、姿は見せるなと釘を刺してたんよね。
万が一、この火傷の跡を見て逃げられたら理想郷は作れんし。ウチは見慣れたからアレやけど、他の人が見たらウワって顔がひきつるし。
気味が悪いのは拭えんのや。
「あ、愛ちゃんは……」
しかもええ歳して、自分の事をちゃん付けで呼ぶ。社会への適合性が無さすぎるやろ。
だからいつまでもウチの言う事聞いてないと動けんのや。
ま、そうしてくれる人がおるのは悪くないと思うけど。
「か、カッコいいと思った! お、沖田さん、が、し、新撰組だって、言った時……あ、愛ちゃんの心、ふ、震えた!」
「な……何言うてんねん!? アホなんか!?」
「え、えっ……へ、変なの? そ、相馬さん達だって、た、楽しそうに……」
「あのアホは呪われてるんやで!? それ格好ええなんてアホ抜かしな! 地震かて災厄のせいで……神霊庁どころか日本の脅威や! ほんでも格好ええってか!?」
まさか愛まで毒されるとは。言葉で格好つける事なんでいくらでも出来る。少年漫画の一部を切り取った様な台詞、臭くて臭くてかなわない。
「で、でも……吉乃ちゃんの事も、誘ってたし……き、吉乃ちゃん、ちょっと嫌な言い方、してた……けど……お、沖田さんは、ちゃんと
……む、向き合ってくれてたよ?」
ほら。こういう社会性のない奴に、空っぽの言葉が響いてまう。アホや。あんなん上辺だけで、一緒おったら嫌気が指すに決まってる。
愛が幼稚なだけ。人間の醜悪性を知ってるくせに。騙されやすいから嫌な思いするんや。
愛の話を聞くのもバカバカしくなった。家に帰ってマッチングアプリ漁ってた方が有意義や。うちだけの新撰組を作る。その目標を達成するなら、あの男らを取り込むのが1番早いんやけどなぁ。
あの災厄さえ、居なくなれば――
「き、吉乃ちゃん……?」
「あぁ……あんまりバカらしくて聞いてへんかったわ」
「え、え……あの、ね、明日、き、禁忌、やるって……あ、愛ちゃん……見て見たい……吉乃ちゃん、い、行く?」
「何で京都で!?」
愛から事の経緯を聞くと、相馬達が加入を見極めるために提案したのだという。鏡が出入口となり、過去に戻って他者を救う。
過去に戻って、他者をねぇ……。
鏡をひっくり返せば戻って来れなくなって好都合ちゃう? そこでウチが上手いこと入り込めば、案外思い通りになるかもしれん。弱っている時に優しくされると、人間コロッと落ちまうもんやし。
嫌な役は愛にさせたらええんやし。運がうちに向いて来たな。
途端に活力が湧いて来たわ。胸がスッとする。やはり本当に苦労している人間に、神様は味方するんよ。
「か、陰から見るだけだから! あ、愛ちゃんは……か、隠れた、ま、ままでいるし……」
「ほんなら、京都支部長の娘として行かせてもらうわ。京都に何かあったら責められるんわウチのお父。それは嫌やし」
「ほ、本当!? お、沖田さん……な、仲間思いで、す、すごく、いい人……ど、どんな人だろう……」
愛は髪の間から口元をニヤニヤさせて、不気味な笑顔を浮かべる。来ている着物も折角の山吹色が燻んで見えるわ。
その方がうちが立ってええんやけど、同類とは思われたくないわ。
仲間思い? 笑ってまうわ。どうせ共依存の成れの果てやろ。綺麗な言葉で取り繕っておけば、それっぽくなるもんなぁ。
京都の街に大きな風が何度も吹く。さっきまで晴れて綺麗だった空に、グレーの雲が浮かんでいた。
「なんや……? 台風みたいな風やな」
きっと災厄が京都に居るからや。さっさと居なくなってもらわんと、色々と不都合。
ハリボテの友情に口角を上げる愛を後ろに、ウチは歩き出す。
ウチは自分のために生きて、ウチをバカにして来た奴を見返すんや。
その為なら興味のない女の犠牲になんか、心も傷まへん。
新見吉乃は特別であるべき。お父もお母も、そう言ってくれはったもん。




