46勝手目 1つ呪いが消えたなら(3)
「確信した訳じゃないぞ。なぁ沖田、どうして新見に怒ってるんだ?」
胸ぐらから手を離し、目をぱちぱちとさせて疑問符を浮かべる。膝の下まであった痣も脛あたりまで薄くなっていた。
1番最初の地震の時、沖田は本を読んだら痣が広がったと言っていた。しかし今はその逆。
呪いが解けるごとにこの痣は消えていくのか?
当の本人は気がついちゃいないが、きっとそうだ。
沖田は後頭部を摩りながら、言葉にするのが難しいと悩ましい顔をする。
「最初は誕生日を忘れられてたのに腹が立って……その後にブスとか、出て行けとか言われて……アタシが言われんのはわかるけど、皆は普通じゃん? だから皆の事悪く言われたり、帰さないとか言われて頭に来たんだよ」
「……洋」
祈も何かを察したらしく、しんみりと目を細めて微笑んだ。
自分の事ばかりだった沖田が、ハッキリと「皆」と言う。
ネクタイを緩めながら、新見に再度詰め寄る。新実は負けじと沖田に眉間を擦り付けるようにして顔を近づける。
しかし沖田は怯まない。メガネの向こうにある新見の目をしっかり捉えていた。
「晴太くんと伊東が作ってくれた新撰組なんだ。誰が欠けたってダメ。入ったら抜けるなんて許さない。宇吉も樺恋も、ネリーもお兄ちゃんも、学さんも、祈も、伊東も晴太くんも――全員アタシの新撰組《大事なモノ》だ!」
沖田の力ある宣誓に思わず体が熱くなる。
皆照れ臭いのか、眉を八の字にしながら口元を緩め、頬を染めていた。
そりゃあ、あんな真っ直ぐに大事だと言われたらくすぐったくもなる。どこかに隠れたい。だけどここに居たい。この矛盾は即ち、嬉しいって事だ。
「新参者の宇吉らも含んで頂けるとは……樺恋様、諦めずに探してよかったですなぁ」
「当たり前よ! 洋があたしを見つけてくれたんだからね!」
「今、ボクの事お兄ちゃんって言ったよねぇ!?」
「言ってタ! ネリーも皆、大事ダヨ!」
「祈、泣いてんのか?」
「だって洋の呪いが1つ解けてあの台詞なんて、ずるいわよぉ!」
口々に想いを吐いている。その光景はまさに祝福を象徴していて、沖田が居てこその新撰組なのだと新見に見せつける。
さすがの新見もどうにもならんと諦めたのか、悔しそうに扇子を握り、血管が浮き出る程強く握っていた。
ただの飲み仲間を新撰組だと言い張っているのは構わないが、俺とは掛ける思いに差があり過ぎる。
「わからせに行くって言った時、アタシの事認めないなら地震を起こして脅してやろうと思ってた」
「実際起こしたやないの!」
ちゃんとではないが、考えてたのか。強引かつ、ほぼ沖田の思い通りになる事が見えている提案だ。
が、それを思い直したって言うんだから成長したよ。
新見の言う通り、結果的に地震を起こしてしまったが、それはまた別な話。
口には出さないが、京都中の寺院仏閣を燃やそうとしたのは忘れていないぞ。
「アレは違う! ……んでも、急に気が変わった。今からの提案は新見に少し寄り添おうと思う」
「なん、1人くらいウチにくれるんか?」
「話聞いてたか? 誰もやらないよ」
沖田は庭の方へ体を向けた。
新見に寄り添うという台詞が引っ掛かって、さあ来いという気持ちでは居られない。
沖田は梓弓を剣を振るうように前に出す。空間を切り裂くような勢いで、風音が短くも勇ましい音が鳴った。
「京都支部も一緒にアタシの呪いを解いてくれよ。なんか言われても、晴太くんと伊東がなんとかしてくれるからさ!」
「……え!? 何とかするのは僕らなんだね! もぉお……」
晴太がいち早く反応し、頭を掻きながら「こうだと言ったら聞かないもんね」と複雑そうに笑った。
「それ、ボクらに神霊庁を敵に回せって言うとる?」
相馬はタレ目を鋭くさせる。
「そねぇ恐ろしいこと出来んじゃ!」
「清水には居られなくなりますもんねぇ……」
服部は勢いよく起き上がって番犬の如く吠え、尾形は惜しむように頬を撫でた。
大袈裟だが、犯罪組織に手を染めるようなもの。沖田の呪いの中で1番の脅威は地震だろうか。それとも神に呪われている事?
感覚が麻痺している俺達は沖田が起こす地震でさえも「しゃあない」で片付けられてしまう。
が、沖田の味方になる事で神霊庁関係者の何百人、何千人から敵意を剥き出しにされ、白い目で見られる事は生活を脅かすと言ってもいい。
俺達はバックに伊東の父親が居るから行動出来ているのであって、神霊庁から正式に良い顔で認められた存在ではないのだ。
「つぅことは、親父も敵か……お、俺は好都合だな。やんや言われねぇのはええこった! いいぜ、乗った!」
「谷さん、正気ですか!?」
尾形は長い頭を勢いよく乱して谷に詰め寄った。尾形のような反応が普通なはずなのに、根性無しのレッテルを貼るのは薄情だろうか。
祈や洋斗も怖くて堪らず逃げ出した事があるのに、今や当たり前に禁忌を冒す。洋斗は相変わらずビビって鏡をくぐるまでに時間を要するが、伊東やネリーが背中を押せば腹を括る。
藁に縋る思いで犯した、人の道を外して冒す禁忌――俺達にとっては、それが日常だ。
「おう! いいじゃんいいじゃん、いいじゃん? 人生谷あり山ありってな? ちっとくらい怖ぇ方が生きた心地すんべよ」
「アホじゃ! 命知らず!」
「まぁ確かに、一理ありますね。清水の舞台から飛び降りる気持ちで参加しようかな。私に何が出来るかわかりませんけど、ただの飲み会より有意義かもしれませんし」
谷のように楽観的な方が、禁忌を冒すには向いているかもしれない。尾形も谷の言葉に便乗するように、宇吉と樺恋の間に立った。2人は嬉しそうにはしゃぎ、尾形が着用しているブラウスの袖を激しく揉んでいる。
あそこは平和そうで何よりだ。加入してもクセ全開にして騒ぐなよ。
さて、――服部は規律に厳しいだろうから、沖田の提案に乗る事はないだろう。それでも俺はいいんだが。
「服部も乗るだろ? 喋った女子の事、薄ら好きになるタイプだからなぁ。沖田と山南の事は多分好きだぜ?」
「うっさいわ! 黙っちょれ!」
耳を塞いで……コイツ、図星か!? 稲荷屋に引っ込んでろ。なんだ、話した女子は薄ら好きって。なら顔面に胸を押し当てて来た沖田はどうなる。
が、祈に「そうなの?」と聞かれて、ガッツリ赤面しているのだから谷の言う事は事実だろう。28歳は拗らせ過ぎだろう。
しかし、イカれた集団だっていうのに案外ヌルっと入ってくるんだな……。この3人も俺達と同類か?
「新見はどうするん。散々言うたんやから、ちゃんと答えや」
相馬の問いかけに、新見は膠着していた。新見に加入されれば面倒が起こるだろう。
どうにも許せるタイプじゃない事は確かで、相馬に対しても余計な事を言うなと心の中で憤っている。
沖田の提案なのに、全てを受け入れられないのが悔しく感じた。
「ウチは……」
「今すぐ決めろなんて言わねぇからさ。明後日までは京都に居る。答えがハイならよろしくなだし、ダメならとことん歯向かうぜ。神霊庁なんかクソ食らえだ!」
沖田は大きく口を開けてガハハと笑う。呪われた象徴である黄色い目が、今は希望に満ちた光を纏う星に見えて来た。
新見は目を潤ませて、空気に耐えられなさそうに部屋を出た。京都支部の奴らは誰1人追おうとしない。
「待ってるかんな!」
沖田が新見に投げかけた言葉は、虚しく屋根に溶けていく。シンとした八木邸の空気を壊すように、兄貴が大きな声を出しながら蹴伸びをした。
「おい、洋。感動的な事言ったのは良いが、守の事言い忘れてんぞ。兄ちゃんは悲しいぜ?」
「だっけ? 土方は――」
兄貴が沖田の背中を軽く叩き、俺に言ってやったぜとウィンクする。気持ち悪い。やめろ。
沖田は両手の指を折りながら首を傾げて、記憶にないやと頭の後ろで手を組んだ。
気付いてなかったが、俺だけ言われてなかったのか……。胸がチクチク、胃がムカムカ……沖田に財布どころか内臓まで握られ始めたか?
「土方はずっとお隣さんだからなぁ。当たり前だと思って忘れたんだよ。新撰組には土方が居なくちゃな!」
「知らん」
忘れてたくせになんだ。
「また怒んのかよ。新見の所に行くのか?」
「行かんわ!」
嫌われて奪われるならいっそ、取り込んでしまおう。
その我儘は、沖田らしい提案だ。




