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46勝手目 1つ呪いが消えたなら(2)

「おい、新見つったか?」


 沖田は服部から視線を離さず、新見へ挑発的に声を掛けた。新見は返事をしなかったが、沖田へ関心を向けているようだ。

 

「毎朝起きて化粧して、さあ家を出ますよってのに何分かかる?」

「……なんやの。アホらし」


 質問の意図は読めない。新見は畳の淵を踏まぬようにして振り返り、帰るまでは別室に居ると不貞腐れた。

 近くに居た尾形の袖を引き、片足が襖の縁を跨いだ時だ。


「おい、逃げんなよ。 お前がここから出てくってんなら――」


 沖田はテーブルを飛び越えた。そして弓の先端で服部の右肩を突いて押し倒し、すかさず上半身に乗る。


 今日に右手で弓を回し、立てるように持ち直した。そして倒れた服部の喉元に突き立てる。


「はぁっ、はぁっ……お前、正気か!」


 服部は息を荒く吐き、汗ばんだ手で弓を掴んだ。殺される寸前のような緊張感を持って、目で命乞いをしているようにも見える。


「女なんかに、負けられんじゃ!」


 力任せに沖田を押し倒した。沖田は後ろへ倒れこむ寸前で、つま先を立てて体制を立て直す。


 壁に後ずさる服部の顔の横に弓を刺せば、もう逃げられない。


「女である前にアタシは沖田だぞ? 伊達に新撰組名乗っちゃいないんだかんね?」

「なんじゃぁ! その速さはぁ!」


 それにしても動きも俊敏だ。まるで本物の侍を見ているようだった。いや、言い過ぎか?


「洋! ここは文化財だから! 壊さないでよ!?」

「やべ。壁に穴あけちゃった! 言うの遅いよ!」

「もぉお! 修繕費いくら掛かるのさぁ! 弓もそういう使い方しないの!」


 晴太が穴の空いた箇所から弓を抜いた。最近建てられた物ではないし、修復を重ねられても脆い事に変わりはない。


 ましてや地震の後だ、穴は500mlペットボトルの直径くらいの大きさとなって現れた。


 こればかりは晴太だけでなく、伊東も顔を青くする。コイツ、本当に感情を表に出すようになったな……。


「文化財を修繕するのに下げる頭は一回じゃありませんからね……文化財保護法は器物破損財より重いですから。八幡宮の時は地震で処理が出来ましたが、今回は……」

「下げる頭が増えればどうにかなるか?」

「司法に詳しいわけではないですから、なんとも。故意ではないことを証明するしかありませんね。上手くいっても罰金刑は免れないでしょうけど」

「金でなんとかしたいもんだが……これからは沖田を文化財に近付けないようにしよう」


 そもそも服部が先に手を出して来たんだ。沖田は悪くない。


「沖田、もう相手にするな。帰ろう」


 壁に持たれる服部の足元で立ち膝をつく沖田の腕を引いた。

 早く離れたい。気持ちが手に伝わり、沖田は体勢を崩して前に倒れてしまった。


 やってしまったと思っても遅い。壁に持たれる服部の顔に、上半身が当たり、しかも壁に顎が擦れてしまっている。


「悪い、力入れすぎた!」

「痛てぇ……この壁で大根をおろせそうだぞ……」


 次はゆっくりと、沖田の脇に両手を入れて立ち上がらせようとした。が、此処である事に気が付いた。


 服部の顔面に沖田の胸が押しつけられているんだ。俺が悪い、そうだよ。俺が悪いさ。でもなんだこの、ラッキースケベ状態は。


 沖田は特に気にしてない様子。俺に傷ついた顎を見せて来て、呪いで治るけどなんか奢れよとしゃくれてくる。


 今回の被害者である服部はワナワナと肩を震わせ、顔を真っ赤にしながら強張った顔。


 謝りもされないから怒っているのか?


「ごめん。壁は痛かったよな」

「すごい柔らかかったけぇ、せわぁない!」

「おぉ! 服部、よかったなぁよかったなぁよかったなぁ! 28歳にしてやっと女体に触れられたじゃんか!」


 表情と台詞が合っていない。谷が手を叩きながらそれを讃える。

 沖田はワイシャツのボタンをひとつ開けて中を覗く。


「あぁ、下着着けてくんの忘れてたわ」

「沖田はん、そういうの大きい声で言わんほうがええと思うよ!?」

「ちょっと来なさい! 何歳なのよ!」

「えへへ、今日で22歳」


 爆弾を投下され、声帯を失った。


 祈に連行された沖田は小言を言われてもニコニコし、誕生日だから許してよとご機嫌だ。


「新見……話くらい、聞いちゃげたらどうじゃろう……」


 服部は壁に顔を向けて背中を丸めて蹲り、手は下半身に隠すように抑えている。

 服部、絶対に今の一瞬で堕ちたぞ。沖田の容姿ではなく、ただ触れられたからその気になったタイプだ。


 谷はそれを見て腹を抱えてゲラゲラ笑っているし、新見も拳を作って面白くなさそうに歯を食い縛っている。


「ウチの新選組がぁ……!」


 男だらけで揃えたい新見にとって、服部が堕ちた事は許されない事なのだ。


 そして伊東は一度大きく舌打ち、晴太は羨ましいと服部を睨む。


「……もっかい座る?」


 ぐだぐだな空気に戸惑う相馬は、このまま帰るのも格好が付かないだろうと、落ち着いて話し合う事を提案してきた。

 

 何かあるごとに喰ってかかってきた服部が大人しい今がチャンスかもしれない。新見がどうかはわからんが、相馬は話の通じる奴だ。


 沖田は戻ってこない。が、新見以外の理解を得るために話を切り出す。

 

「新見が新選組に拘る理由はさておき……俺達が新撰組の名を借りて行動するのには理由があると伝えておこう。ごっこ遊びだと思うだろうが、沖田の居場所である象徴なんだ」

「苗字が同じってだけで集まってるのは俺らと変わんねぇモンな。ぶっちゃけ、谷っつわれてもよぉ、新撰組ぃ? って、パッとしねぇよな」


 谷はテーブルに頬杖を突いて膝を立てて率直な気持ちを述べた。


 確かに土方や沖田と言われれば新撰組が浮かぶが、谷と言われて新撰組とはならんかもしれんな。


「尾形もそこまでは……新見さんに言われて所属しているだけですし、事務員で生活出来れば文句はありませんから」

「ボクだって相馬にこだわりはあらへんよ? 新見はともかく、相馬、尾形、谷、服部言われて"新撰組"や! とはならへんやろ?」

「沖田さんが呪われて、神霊庁が混乱しているのは気になりますが……新撰組に対しては何とも……」


 京都支部は俺達に解散を求めていると聞いていたから、3人の回答に呆気を取られた。

 誰が「ウチの新撰組は黙ってない」だって?


 黙るどころか興味すらないぞ。しかも谷が言うには「お宅らみたいに特別仕事もしてねぇし、たまに集まって飲んでるだけだぞ」と、苦労して京都に来たのがアホらしくなる現実を告げられる。


 と、なれば。新撰組をごっこ遊びとしているのはどっちか。うずくまったままの服部はさておき、全員新見に視線を移した。


 テーブルの短辺に座る新見は居心地が悪そうに正座した足を崩す。


「なんやの……」

「何が、新撰組は京都の物、だ。アンタのいらん欲のせいで俺達がどれだけ心労したか考えて欲しい」

「かなん! こないに顔のええ男集まってるのに、みすみすど田舎に返すわけあらへんは行かへん!」

「えぇ? 東北いい所ですよぉ?」


 洋斗が呑気に口を挟むと、新見はチビは黙っとれ! と痛烈な暴言を浴びせた。


「男にチヤホヤされて暮らしたいんや……。あっちにこっちに求められて、毎日、ウチはこないな罪な女でええんやろうか……って、女として生きていきたいで! やさかい、帰さへんさかい! 特に――」


 新見は懐からこれまたド派手なふくさを取り出した。そして自身の苗字が書かれた札の上を切手を舐めるように舌を這わせ、俺、晴太、伊東、兄貴、宇吉の額に貼っていく。


「あんたらはウチ好みや。ど田舎には帰さん、京都支部でウチに男として尽くしぃ!」

「ボクだけ貼られてないの、なんかムカつくよぉ! チビだから!? ねぇ、チビだから!?」


 洋斗は良かったのに良くないと背中を仰け反らせた。新見の唾液が付いた札が貼られて居るのが心底気持ち悪い。


 京都支部だからではなく、人として生理的に受け付けなくなってきた。恐らく、これから出会う赤縁メガネにも同じく嫌悪感を持つだろう。


 チヤホヤされたいって……つまり、俺が新見を甘やかしたり、愛でたり、女性として扱うって事か?

 考えただけで胃液が込み上げてくるぞ。


 見ろ、札を貼られた奴の顔。全員口を噤んで虚無ってるぞ。下半身で失敗した兄貴ですら、な。


「バカ言ってんなよ。全員で宮城に帰る」

「災厄……!」


 そこに沖田と祈が戻って来た。胸に何かを巻かれているのか、不自然に出っ張っている。

 それはそれでよろしくないんじゃないか。特に服部とか、晴太とか。


「変に強調されてて向こうを見れないよ」


 と言いつつ、指の隙間から見てるんだな。服部も一度チラッと見たのだが、すぐに蹲って「柔じゃった」と念仏のように唱えている。


 時々ビクついたりするのが不気味だし気持ち悪い。


「で、さっきの質問。お前は起きてから家を出るまで何分かかるわけ? ちなみに祈は2時間、ネリーは1時間半、樺恋は30分だ」


 沖田は先程の質問を再び新見に問う。その質問に意味があるかはわからない。しかし2度も投げると言うのは、沖田にとっては気になって仕方がない事なのだろう。


 対して新見は面倒そうにする。沖田がゆっくり新見の顔に顔面を近付ける。


「なんなん? 化粧とかして、2時間や」

「で、そのゴテゴテが出来上がると」

「誰がゴテゴテや! 化粧かて研究しとるし、それも含めてウチ、全部可愛おっしゃろ?小物も揺れる物を選んでるんや。男は揺れる物好きやさかい、気使ってんねんで」

「ふぅん」


 祈も似たような事をしている。見た目は趣味嗜好によってこうも変わるものか。


 新見の場合はリボンや耳についたタッセル、おさげにし、その半分をドーナツのように丸めた個性的なヘアスタイル。

 

 それが男性受けするのかどうかで考えると、俺はノーセンキューだ。


「じゃあお前も皆と同じだな。努力して出来た身なりだろ。それで祈達の事をブスだって……自分の事を否定してるようなもんだぞ?」

「はぁア!? 元の顔の話をしとるんよ! ウチは地が良いからこうなんであって、ブスとは――」

 

 新見が言葉を言い切る前に、沖田が着物の胸元を掴んだ。


「アタシの新撰組をバカにするなら許さない。ちっとは人の気持ち考えろ!」


 どの口が言う!? 沖田が1番それを出来てこなかっただろうが。


 いつも自分本位で決めて、考えて、人の気持ちを尊重してこなかった。


 尊重してこなかったのに……今、人の気持ちを考えろと言ったな?

 アタシの気持ちを考えろ、ではなく。


 沖田が、人の気持ちを考えて言動している――?


「ウチ以外の気持ちなんかどうでもええんよ! ウチ、京都支部長の娘やぞ!」

「だからなんだ! 人の事もっと大事にしないとなぁ、いつかひとりぼっちになっちゃうんだからな!」


 沖田らしからぬ言動が続く。人を思いやれない感情が欠落している沖田が、人の事を考えている。

 

 誰1人この異常に気付いていないのは、ほんの些細な事だからだ。意識していなきゃ気付かない、本当に本当に小さな変化。


 沖田と22年一緒にいる俺だからわかる事。自分本位でない沖田なんて、いつぶりだろうか。

 近くへ行き目の色を確かめたが、特に変化はない。


「沖田」

「止めるなよ土方、アタシは怒ってんだ! だってアタシの新撰組がバカにされてんだからな!」


 確かめる方法なんてない。何が解呪条件なのかもわからない。恥ずかしげもなく「自分が新撰組だ」なんて沖田なら言うだろうが、「自分の新撰組だ」とは言わない。


 細かいし矛盾しているが、そうなんだ。沖田はアタシが新撰組だとは言ったが、アタシのとは言わなかった。


 "が"と"の"では意味が全く違うだろう?


「お前、呪いが1つ解けたんじゃないか?」

「ん?」


 沖田は新見の胸ぐらを掴みながら、俺を見てキョトンと澄ましていた。

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