46勝手目 1つ呪いが消えたなら(1)
「洋! ブスって言われて悔しくないの!?」
「ソウダ! ネリー達、毎日メイクしてるのニ!」
「あたしはメイクなんかしなくってもかわいいもん!」
沖田の後ろにわらわらと女性陣が集まってくる。新見にブス呼ばわりされて腹を立て、沖田も何か家と責め立てるものの、無視。
かと思えばショートパンツのポケットから財布を取り出してカード入れを爪先で弾き、1枚抜き取るのだ。
何してんだ? と問いかけたら、粘りつくような姿勢で俺を見るなり、その1枚を大きく振り翳してテーブルに叩きつける。
破裂音のような槌音が八木邸に響けば、絶対に掌を痛めただろと谷が沖田を指差して笑っていた。
沖田が叩き置いたカードは相馬の方へと滑って行き、当然それを手にする。
見覚えのある裏面。何かはすぐにわかった。
「……免許証?」
なんで免許証なんか出したんだ。朝から表情も行動も不可解すぎて、何を考えているのか全くわからん。
服部や谷、尾形が相馬の手元を覗き込み、沖田の個人情報をジロジロと見る。
まあ、住所なんて知れた所で10人共通のもの。特に警戒する必要もないが、あまり気分は良くない。
「なんじゃ。ゴールドじゃないんか」
「沖田はんは年齢的にまだそない歳や――ハッ!」
相馬がタレ目を大きく見開いた。顎が外れるほど大きな口を開け、沖田に免許証をそっと返す。
そして咳払い一つすると、少し照れ臭そうにして誕生日の歌を歌い出すのだ。
「はっぴばぁすでぇとぅゆー……沖田はん、今日がお誕生日やったんやね。おめでとう」
「あ……」
何か忘れている気がするの正体。それは……
「ごめん! 忘れてた!」
伊東以外の東北組が青ざめたり、慌てたりしながら言葉を揃える。勿論俺も記憶から飛んでいた。
言い訳は京都支部と会う事で頭がいっぱいだったのだが、沖田にはそんな事は関係ない。
だから朝から不機嫌で表情も態度も冷め切っていたのか。
あれだけ誕生日だから京都へ連れて行けと騒いでいながら、多数が忘れているのはさすがにマズい。
しかし1人だけ余裕そうな顔をしている奴がいる。涼しい顔をしているように見えるが、ドヤついているのが隠せていないは伊東だ。
黒地に黄色いストライプを入たネクタイを付け、沖田は自分のものであるかのように主張している。
「オレは忘れてませんよ。ですよね、洋」
「伊東はちゃんと0時にメッセージもくれたし、おめでとうも言ってくれたし、プレゼントもくれたぞ」
「洋の誕生日ですもん、忘れるわけないじゃないですか」
伊東は沖田を抱き寄せて、自分だけが覚えていた事の優越感に浸る。
「忘れてたんじゃないよ! ちょっと……一瞬……ちょっと忘れてただけさ!」
「結局忘れてんじゃん! 晴太くんなんか嫌い! お前も、お前もお前もお前も! 喧嘩したり、疲れたってばっかり言いやがって! バァカ!」
沖田が栓を切ったように叫び声を上げる。目をキツく瞑る横顔には、ホロりと玉のような雫が見えた。
現代で涙を流す。
それは京都支部へ、呪いが現実である事を証明するには手っ取り早い物。
地鳴りと共に、座る畳が揺れるのを感じた。自分の目眩ではない。そして天井の梁が軋む音が響き、障子が細かく震え始める。
「なんじゃ!? 地震か!?」
服部が天井を見上げた直後、さらに大きな揺れが襲いかかる。床が波打つように揺れ、壁の掛け軸が落ちる。
「やだ、怖い!」
「樺恋! 私とネリーの下に!」
地震がトラウマになっている樺恋も泣きじゃくり、祈とネリーは覆い被さる様にして彼女を守る。
「なんやのぉ!? 出オチ感すごない!?」
新見もとっさに近くの柱にしがみついたものの、頭上から土埃が落ちてくる。天井板がギシギシと音を立て、まるで今にも崩れそうな気配だ。
さすがは歴史的価値のある場所。揺れもいつもより強く感じる。
誕生日を忘れられているくらいで地震を起こすな! と、怒鳴ればいいだろうか。
だが、沖田の性格や現在の状況を鑑みれば、今年に限っては身を割くような孤独に感じるのかもしれない。
「沖田、ごめん。京都支部の事で頭がいっぱいだった。だから泣き止め、な?」
沖田の頭を撫で、落ち着けと宥める。
その間にも庭の灯篭が倒れ、鈍く重い音が聞こえた。沖田は我に返り深いため息をつきながら、しまったと頬を叩いて涙を止めた。
軋む音や揺れが収まると共に、皆は安堵した。沖田を責める奴はいない。が――慣れていない京都支部の連中は驚きと不安で腰を抜かしていた。
服部に至っては「地震に慣れとらんから」と、頭にコブを作っている。飛んだ災難だが、許してやって欲しい。
「沖田さんの呪い、本物なんですね……」
尾形がごくりと唾を飲む。沖田は目を泳がせて、刺さる視線に耐えられないのか誤魔化しのダブルピースを作った。
「た、他人の不幸は蜜の味! ア、アタシ、幸災楽禍洋でぇす!」
舌を出して下手なウィンクをかまし、呪われているアピールを振り撒く。
沖田と名乗らないのは呪いのせいでこうなったと、正当性を主張するためだ。
「ブスな上に厄介者なんて救いが無さすぎるやろ。地震起こすって……アンタ、外を歩いてええの? もうそれは化け物と違うやん。神霊庁は何考えとるん!」
「新見! 言い過ぎや!」
新見は扇子を畳み、沖田へ向けた。呪いや地震を起こす脅威として見れば新見の発言には少し同意出来る。
何も知らない他人が沖田と同じ状態なら、俺だって「迷惑をかけずに大人しくしていて欲しい」と思うだろうしな。
だが、その感情を沖田に向けるのは心外だ。
「洋は呪いを受けた被害者よ。泣いたら地震を起こしちゃうけど、だからって人間扱いしないのは差別だわ。今日は私達がそうさせちゃったんだから、洋を責めるのはやめて」
「ま、誕生日忘れられてりゃあ泣きたくもなるわな。おれだって泣いちゃうぜ? なぁ、アンタもそうだろ」
祈と兄貴が新見に反論する。祈は相変わらず険しい態度。一方兄貴は、感情的な話としてどうかと新見に問いかけた。
さっきまで喧嘩していた2人が頼もしく見える。
あんなに怯えていた樺恋だって沖田に抱きついて、誕生日を忘れていた事に謝罪しているくらいだ。
トラウマを呼び起こす人間だとしても、受けた恩が負の感情を乗り越える。
沖田にはそうさせる魅力があるんだ。人に興味がないと言いながら、誰よりも人に依存して取り込もうとする。バカにしていない。魅力があるというのは、本心だ。
おかえりが言えなくて喧嘩したあの日を克服した俺達だ、誕生日を忘れていた事の重大さは心得ているしな。
キレずに何処かへ行かないだけマシ――と思うのは、俺達の感覚が麻痺しているからだろう。
「そもそも洋の誕生日にこの対談を当てた僕が良くないし……本当にごめんね、洋。京都に住んでる皆さんには申し訳ないけど、地震は……許してください。そうとしか言えません。僕らがおかしいのはわかってます」
「バカか!? そねぇなんで許せるわけなかろうに! やっぱりその女は封印札を貼って、何処かの山にでも閉まっちょくべきじゃ! 谷、尾形、手伝え!」
服部は激しく怒り、刺股を手に取って沖田に向ける。すかさず沖田の前に体を出すが、服部は容赦なく鼻先に先端を突きつけてきた。
他支部に顔を出す度にこうされちゃあ、身が持たん。持たせるしか選択肢はないがな。
「顔はやめてよ。女はええけど、男は傷1つつけんといて」
新見の言葉は理解し難い。男漁りをするというくらいだから、学と同じタイプの人間なのか?
異性にだらしないのには碌なのがいないが、この新見ってのは群を抜いてやばいんじゃないか?
「えぇっと……近藤、土方、伊東、山崎、藤堂、斎藤……それ以外は帰り。ほんで新撰組の名を名乗らんで。特に、呪われたモンとなんかおったくないし。それ以上にブスは勘弁やで。虫唾走るわ」
「新見!」
相馬が声を裏返して怒鳴っても、新見は勿論、その他の京都支部の人間は口を結んだまま。
しかし、尾形だけは複雑そうに何もないテーブルを眺めている。
なんだ? 全員、新見に弱みでも握られているのか?
「何故女性が居てはいけないのでしょう? 樺恋様は女性であり、まだ未成年。それを承知しているのに、わざわざ人を侮辱するような言葉を口にする理由を伺いたい」
さすがの宇吉も耐えられんと新見の一定の距離まで近づいて、睨む様に見つめた。
新見がやってる事は区別ではなく差別。同性だからといって許される行為じゃない。
俺も人の事を言えないが、新見の発言には心底軽蔑しているし、分かり合えないと親睦を諦めている。
しかし、新見は違うらしい。再度扇子を広げて口元を隠す。首を傾けると、耳についた大きなタッセルが七夕飾りのように揺れた。
「……うちはな、新撰組がえらい好きなんの。ほんでなぁ、自他共に認める無類のイケメン好き。うち好みの新撰組を作ってチヤホヤされたいんよ。漫画やゲームでもあるくらいだし、それくらいの魅力が新撰組にはある――やさかい、ブスは邪魔やねん。はよぉ、いねや!」
これが厄介者の本心。沖田とタイプが異なるが、我儘極まりない。小根が腐ったクズと言っていい。受け入れられるクズには多少なりとも愛嬌があるものだ。
「不愉快だ。僕らは罵られに来たわけじゃない。啖呵を切ったのは謝りますが、僕らにも誇りがある」
差別がなされる場所なら、誰だって此処には居たくない。
だから晴太は鈍い怒りを隠しながら立ち上がるし、祈やネリーも樺恋の手を引いて無言で出ていこうとする。
が――それでも黙ってられない奴がいる。片足をテーブルに激しく掛けて、晴太の持っていた梓弓を服部の眉間に当てた。
「み、見えんかった……」
梓弓を振るう速さに服部は驚き、刺股を持つ手を緩めた。
「なあ土方、アタシ言ったよね?」
皆に誕生日を思い出してもらって、自分を肯定されたのが嬉しくて堪らない奴が差別も区別も書き消しにいくんだ。
「京都支部を、わからせに行くって」
我儘に、勝手に、我が道を――。
歯を出してニヤつく口元と、戦気と希望に満ちた黄色い目。
沖田洋という女は寂しい思いさえしなければ、仲間のために牙を向けられる。他人を思いやれない呪いなんてないような、そんな人間になっていたんだ。




