44勝手目 沖田の初恋と壬生寺の売店
「沖田……バカ、お前ッ、こんな所で……!」
「いいじゃん、土方も本当は見たいんだろ?」
逃げ惑う沖田を追い続ける。呪いのせいで体力の数値がおかしくなっているのか、疲れ知らずもいいところだ。
沖田は同じ所ばかりをぐるぐると回り、少しずつ禁忌の支度を整えていく。先日やけに大きな荷物が届いたと思ったが、まさか折りたたみ鏡を買ってるとは考えもしなかった。
普段は呪いに立ち撃つための過去戻りの禁忌も、新撰組の聖地である京都を訪れれば大チャンスに変わる。
過去に戻って沖田総司に会う。沖田の苗字に誇りを持ち、沖田総司に憧れ、長年想い続けて来た人に会えるのならこんなに嬉しい事はない筈だ。
気持ちはわかるが――ダメに決まっているだろうが。晴太との行動を選んだのはアイツがチョロいから。何か期待を持たせるような事を言って付き合わせ、怒られた時に1人でやった訳じゃないと言い張るために利用したんだな。
この女、昔からわかっていたけどクズだな。学生時代に知り合っていたら絶対に話していないぞ。人の気持ちがわからんし考えないし。
ただ幼馴染で家が隣だから情が湧いているだけ。今だって禁忌を犯そうとしているから止めるために追いかけているだけ。
俺だって神霊庁職員だ、不要な禁忌は止めるべきだと心得ている。
「あ! 弓!」
前を走る沖田はついに疲れ始めたのか、梓弓を落とした。石畳に木の転がる音が通りに響き、近くを歩く人が一斉に振り返る。
京都に来ても周りを騒がせて――沖田は本気で厄災だ。
「終わりだ!」
沖田より早く梓弓を拾った。これがなければ禁忌は犯せないはず。沖田が触れられないよう、すぐに背中の後ろへ隠した。
拾おうとして走りながら屈んだ沖田が腹の辺りに突っ込んでくると、空いていた右腕で体を捕える。離せと暴れても離してやるもんか。
パーカーの帽子部分を子猫を運ぶ親猫のようにして掴み、邪魔にならない場所へと引き摺る。全く、ジタバタとうるさい。
「明日はアタシの誕生日だぞ! 目を瞑れよ!」
「瞑れるか! 過去に戻って新撰組を見ただけじゃ気が済まんだろう!」
あぁイライラする。頭に血が昇って敵わん。お互い睨み合いながら呼吸が整うのを待った。
近くにあった自販機で水を2本購入し、腹は立つが沖田に1本くれてやる。
沖田は礼も合わずに蓋を開けてガブガブと口の中へ水を流し込み、わざとらしく不機嫌に息を吐いた。
「何が目的だったんだ」
「沖田総司に会いたかっただけだもん……嘘じゃないよ」
「会ってどうするんだよ」
沖田はペットボトルの蓋を閉めながら、外壁にもたれかかり、観念したようにリュックも降ろした。
「ずっと沖田総司が好きなの知ってるでしょ」
「耳にタコが出来るくらい聞いたからな」
「でね……あの……そのね……アタシ……あの……」
なんだ、らしくない。体をくねらせ、はっきり物を言わないなんて。先日もしおらしくなったが、あの時とはまた違う。
なんというか、少女漫画などに出てきそうな潤んだ表情。
「沖田総司の事が、好き、でさぁ……?」
「それは知ってる」
「土方の思ってる好きじゃないぞ? その……異性、として?」
「はッ……」
口が開いたままのペットボトルを地面に落とすと、水が飛び散る音が聞こえ、すぐにじんわりと靴下まで濡れた。
だが、そんな事どうでもいい。
俺が思ってる好きじゃないってなんだ。尊敬や憧れの意味を込めた好きじゃない、異性としてだと?
ストレートな表現で悪いが、もうとっくの昔に死んでるんだぞ。沖田がどうやってもその想いは実らな――いや、手段あるじゃねぇか。
「か、過去に戻って沖田総司に告白でもすんのか」
そんな訳ないと言え。照れるな、体をくねらせるな、微笑むな!
「うーん……言いたい事は言えたらいいなぁって思う……」
沖田の部屋の壁に掛けてある、沖田総司の肖像画タペストリー。あれを燃やしてしまおうか。模造刀もへし折って、グッズも全て秋保にある大倉山に埋めてやろうか。
沖田が沖田総司を知っていても、沖田総司は沖田の事を何も知らない。
総じて性格が悪い事、ニートだった事、自己中で人を当てにする所、人の気持ちを考えずに発言する所。
全然知らないんだ、沖田総司だって沖田の本性を見たら逃げ出すぞ。
俺はずっと一緒に居たから受け入れられてるのだ。沖田は最近仲間が増えたからって調子に乗っているに違いない。
「仮に沖田総司もお前を好きだって言ったらどうするんだよ。戻ってこないつもりか?」
「戻って来るよ。でも沖田総司って直系の子孫はいないじゃん?」
「絶対行かせない。梓弓も鏡も宮城に送る」
「話聞けよ! バカ方!」
何がバカ方だ。話を聞けだ? どうせ直系の子孫が居ないからアタシが産んでこようかな、なんて平気で言うんだろう。
沖田のリュックから鏡と蝋燭を没収し、念の為財布も預かる。何がなんでも禁忌は犯させない。
「過去を変えて戻ってくるのも禁忌だ。沖田総司の子孫を作ることで変えられる歴史もあるぞ」
「例えば?」
不貞腐れた態度で聞いてくる。不貞腐れたいのはこっちだ。しかし、例を上げろと言われてもすぐには浮かばない。
だが、沖田を試したい気持ちが出てきた。言葉にするか迷ったが、言わなければ気持ちにモヤがかったままだろう。
両手は塞がっているから逃げられたらおしまいだが、とりあえず例を挙げてみる。
「俺の存在が無くなるとか」
「なんで土方の存在が無くなるんだよ。意味わかんねぇ」
「血なんてどこで繋がってるかわからんぞ。俺が生まれるまでに、先祖に関わる人が少しでも変われば運命も変わるかもしれん。沖田が沖田総司との間に子孫を残したから俺が生まれてこない事だってあり得なくないんだ」
沖田はそんな訳ないだろうと笑った。が、俺が真面目な顔をしているからか、笑い声は力が無くなって、引き笑いとなって消えていく。
「わかった、行かない! そんなの脅しじゃん!」
「脅し?」
「土方が居なくなるとかって話! 例えが悪すぎて萎えちゃった。はぁあ、やめたやめた!」
手に持っていた鏡や蝋燭を奪い取られ、リュックへ乱暴に仕舞い込んだ。リュックを何の迷いもなく俺に持たせてくるんだから、やっぱり性格が悪い。
「別にいいんだぞ。俺が居なくなってもいいなら禁忌を犯したって」
「もうやんないってば。土方じゃなくたって、居なくなるのは他の人かもしれないじゃん。樺恋が居たから、そこまで深く考えてなかったの!」
「そうか。なら今後は迂闊に禁忌を犯すなんて言わない事だな。晴太にも謝れよ」
「むぅう……」
むくれたってダメなものはダメ。晴太達の所へ戻ろうと言っても、沖田は石の様に固くなって動きやしない。
また始まった。早く行くぞと強めに言っても首を振る。
「もう勝手にしろ。俺は行くからな」
「待って、謝るから怒んないでよ! またツンツンしやがって! バァカ!」
「逆ギレするなよ……」
なんでこう我儘なのか。思い通りに行かなくて駄々を捏ねているならタチが悪い。
いや待て。気に入らなければ1人でツカツカと歩き出すくせに、今日はそうではない。
ちゃんと顔を見ると、泣くまでは行かないが不満プラス顔を歪めて何かを押し黙っているように見えた。
「……純粋に沖田総司に会いたかっただけだもんな。言い過ぎた、悪い」
本音を言えば、少し嫉妬していた訳で。嫌だろ。もう亡くなっている故人だとしても、好きだから過去に戻って子孫残してくるだのと言われたら。
「ずっとお隣さんって言ったのに。なんで居なくなるとか言うの」
「言っておくが、俺だけが悪いんじゃないからな。沖田も悪い。過去に戻って他で家族を作るなら俺は何も口出し出来んからな」
「もう言わない! ごめんなさい! だから居なくなるとか言うな!」
「悪かった。だから殴るな!」
沖田は本当は泣きたいのか、俺の腕をぽかぽかと殴ってくる。力は無く、加減しているのがわかる。
言葉の真相は不明だ。恐らく幼馴染としてだろうが、居なくなってほしくない存在ならそれでいいだろう。
無意識に沖田の手を取り、俺の5本指と沖田の5本指、そして掌を隙間なく合わせた。
バカ沖田、俺は何処へも行くもんか。なんて言えたら、どんな反応をするのだろう。
自分の大胆な行動に驚くこともなく、保護者の様な気持ちである事を伝える。
「また何処かに走り出されたら困るからな」
「なんだそれ! 何処にも行かないし! 全然信用されてないじゃん」
「なら、繋ぎたいから繋いだ」
沖田は目を少し見開いて、徐々にニヤニヤと悪い顔をする。人を揶揄おうって顔だ。本当に性格が悪い。
「……ふぅん? じゃあ特別に繋いでやろう」
「はいどうも。……なんだ、ここから壬生寺が近いんじゃないか?」
「本当だ。走ってたから全然気づかなかった。折角だから行こうぜ! 毎年来てるけど、やっぱ壬生らないと京都は始まんないっしょ!」
「はいはい」
沖田の誕生日には京都に来る。それは過去の家族旅行も含めて毎年の事だ。
今年は人数も面子も新たになり、慌ただしくこの日を迎えた。
手を引く沖田の境遇や環境、目の色が変わっても、ここに来れば沖田は沖田のままだとホッとする。
沖田総司へは複雑な感情が芽生えたが、俺が居なくなる方が嫌だと言うんだ。お隣さんの意味が変わる日も来るかもな。
◇
「相馬はん。ええの? 神霊庁のお仕事サボって。また新見はんに呼ばれますえ」
「ええんよ。どうせ急ぎとちがうんだし、あの人は男を隣に置いときたいだけやし」
壬生寺境内の売店。ボクは清水寺の神霊庁京都支部の仕事を放って来て、今日から数日間ここに座る事にする。
いつも売店を担当している職員から仕事を奪い取ってまで、ここに座るんは理由があってこそ。
毎年11月10日から13日に掛けてのいずれかの日に、土方・沖田と呼び合う男女が来る。
その2人のやり取りを見るのが好きでね。秋の風物詩みたいに感じてもうて、いつからかこの時期は必ずここへ座る様になった。
しかもなぁ、今年は神霊庁の東北支部に新撰組出来たちゅうから大騒ぎ。
新実はんは会議で近藤と沖田ってやつに宣戦布告されたとハンカチを噛んでましたわ。
しかも来るのは11月11日。あらびっくり。ボクが楽しみにしてる時期と同じくらいやな。
まさかとは思いつつ、あの2人ならおもろいなぁと期待して壬生寺の売店に座る。
――そしたらね、ほら、聞こえて来た。
2人の会話やのに他にも数人いはる様な賑やかな声。お寺さんやさかい、静かにね言わなあかんけどなぁ、沖田と土方って言うならボクは許してまうんやもん。
「土方ァ! アタシの誕生日だから持ってないグッズ全部買って!」
「また始まった。……全部は無理だが、何個かは……」
売店の目の前でぴたりと商品を吟味する黄色い目。
あぁ、この子や。幸災楽禍なんて可哀想な忌み名をつけられて、全国の神霊庁職員から嫌われてるのは。
それが毎年来るお客さん――沖田はんやったんやな。なんか切ないわ。
呪いが解けへんで、しんどかろうに。そやけど、土方はんに物をねだってニコニコするのんは、一年前とは変わらへんね。
「こんにちは。沖田はん、土方はん。一年振りやなぁ」
声をかけると、青い瞳がボクを見る。土方はんは、いつもの売店の人やと気づいたのか、軽く会釈してくれた。
「あぁ……どうも。覚えてくれてるんですね」
「アタシの誕生日だからな! お兄ちゃん、サービスで5個くらいなんかつけてよ!」
「寺で何言ってんだ!」
これや、これ。ボクはこのやりとりが見たかったんやわぁ。
そやけど今年はもう1つ別な目で見なあかんから困ったわ。
まどろっこしいのは面倒や、単刀直入に聞いてまおか。
「ところで、神霊庁の京都支部に宣戦布告したって言うのんは、お2人?」
「え――」
2人は一歩下がって警戒する。そないな、取って食べたりしいひんのに。
「ボクは相馬志蓮。沖田はん、土方はん。今年も待っとったよ」
愛情を込めて微笑んでも、2人の顔は敵が目の前におるって感じ。新見はんのせいやないの。
それとも、2人にはボクの微笑みも胡散臭く感じるんかいな?




