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44勝手目 暴力的なおいなりやさん

「喧嘩を売るのが流行っちょるそか? ようわからんなぁ。あぁ面倒じゃ面倒じゃ!」


文句を言い切ってスッキリしたのか、残りの水も撒いた。そして「稲荷屋」と看板を掲げた京都らしい瓦屋根の店の中へと入って行く。

 店のガラスの向こう側に、たくさんのおいなりさんが並んでいるのが見えた。稲荷って、お揚げのことね。


 というか――喧嘩を売るのが流行ってるって、まさか洋のことじゃないよね? なんて思ってしまった。

 そのまさかに賭けて、僕は息を切らしながら言葉をかけた。


「あの、神霊庁って、ご存知です……か?」


 男性は勢いよく振り返って、ギロっと僕らを睨む。この人、治安が悪い気がする。稲荷屋なんて穏やかな名前、全然似つかわしくないから!


「なんじゃ? 若いのに神霊庁を知っちょるのぉんて渋いんじゃのぉ。神霊庁に興味があるなら早う言えよ! さあ、店に入りんさい! おぉ、すごいべっぴんさんもおるしな、濡らしてもうた。冷やしたらいけん!」


 どこの訛りかわからないけど、京都の人じゃなさそうだ。祈を見てべっぴんさんだと言うけど、目の下は黒いし、つけまつ毛も取れてるのにね。


 祈は悪くないわねと言って、髪の毛を手で靡かせる。うん、でもつけまつ毛は取れてるけどね。


 名前を聞かれた祈が、あなたは? と問い返した。名乗ってなかったかと、手を体の横にぴったりつけてビシッとお辞儀をする。

 真面目な人なんだと思うんだけどね。その真面目さが怖い。


「ワシは服部司はっとりしんじじゃ! いやぁあ、神霊庁にも若いもんがねぇ!」


 色々早とちりしてしまってる。まずは一通り話を聞いて、それから僕らは職員だと明かそうと伊東さんと学さんにコソっと伝えた。


 この人が京都支部の新撰組だったら、ちょっと関わりにくいや。真面目過ぎて融通が効かなさそうっていうか。


 店内は小さいものの、4人掛けの飲食スペースが設けられている。席に通され、服部さんはお茶を持ってくるとお店の奥へ引っ込んでしまった。


 甘いお揚げの匂いでお腹を鳴らし、思わずごくりと喉を鳴らす。

 そういえば、車内で軽食をつまむ程度で、しっかりとしたご飯は食べてないや。


 無意識にショーケースに並んだおいなりさんを眺めていると、お茶が手元に置かれた。顔に揺れる湯気が温かいや。


「なんじゃ? おいなりさんが食べたいんか? 待ちなさんせ。ようけ持ってくるけぇな!」


 僕らの答えも聞かず、大皿においなりを山ほど積んでテーブルの真ん中へ置いてくれる。長距離移動と走り疲れ、僕らのお腹も限界だ。

 伊東さん以外はぐるると腹の猛獣を泣かせる。もう我慢できないよ! 

 両手を揃えていただきます!


「うま……いなりってこんなに美味かったのか? 京都効果?」


 学さんは飲み物のようにバクバク食べ進める。普段は行儀にうるさい祈も、あまりの美味しさに箸が止まらない。


 噛むたびに甘いお汁が出てくる。いい感じの酢飯や山菜ご飯の入ったもの、バラエティ様々でちっとも飽きないんだ。

 なんでもない緑茶もね、京都ってだけですんごく美味しいし。至れり尽くせりだなぁ。


「ここはあなたのお店ですか? 神霊庁へは所属している、と?」


 唯一おいなりさんを食べていない伊東さんが問いかけた。割り箸すら割ってないんだよ? どうして食べないんだろう。こんなに美味しいのにさ。


「ほうじゃ。ここはワシの店。神霊庁では祭事関連を担当しちょってな。何もなけりゃあ暇じゃけぇ、いなり屋を経営しちょるんじゃ。無理矢理神霊庁に入ったけぇなぁ。バイトみたいなもんじゃな」

「なるほど。京都は職員数も全国トップですから、正職員となると倍率も厳しいでしょう。京都の生まれではなさそうですが――なぜ京都に?」 


 伊東さんは質問を続ける。僕らまだ名も名乗っていないけど、知ったら怒るのかな。なんて、大皿に残ったおいなりさんの数を見ながら少し落ち込む。


「ワシは玉藻前っちゅうべっぴんさんが好きでな。天下一の美人と言われたその姿を一目見てみたいんじゃよ。金毛九尾って響きが既に良いんじゃ。ちいと危険な香りがするべっぴんさんに惹かれるんでなぁ……」

「そうですか……え、だから何故京都に?」


 鼻の下を人差し指で擦りながら照れている。けど、回答にはなってないよね。

 僕も服部さんもきょとんとしている。


「狐はお揚げが好きじゃろう? 稲荷伏見神社が京都にあるじゃろう? 狐じゃろ? 玉藻前が来るじゃろう?」

「えっと……玉藻前で有名なのは栃木じゃないかな……。殺生石って、ほら。ねぇ……?」

「おれでも知ってるぜ? んまぁゲームの知識だけどさ。あれだろ、有毒ガスが出て生き物がバタバタ死んでいく」

「それそれ! 服部さん、知ってますよね!?」


 有名も有名な話。玉藻前の妖狐の化身、九尾の狐が巨大な毒石に変化して、人間や動物等の命を奪うようになったと言われる石がある。


 その付近の神社近くに居るならわかるんだけど、この様子だと稲荷と狐ってだけで京都にいるんだよね、


 服部さんは耳と顔を真っ赤にし、持っていた木製の丸盆で口元を隠した。そりゃあ恥ずかしいよね。好きなのに間違えてるんだもん。


 誰にだってあるから気にしなくていいと思うけど、全く知らないのはちょっと違くないかい?


「た、玉藻前は京都におるんじゃ! 狐はお揚げが好きじゃけぇ、稲荷伏見神社に集うものなんじゃ!」

「めちゃくちゃ浅はかねぇ! 勘違いして稲荷屋を経営して、それでいて美人な妖怪に会いたいってイカれてるわよ!」


 祈のセリフがど正論過ぎて、ぐうの音もでないみたいだ。恥ずかしそうに店の奥へ逃げようとするのを止め、話を戻す。再び服部さんの出身地を聞くと、山口県と答えてくれた。


 京都へ来たのは先ほどの通りで、神霊庁職員になれば玉藻前と会えるかも……と淡い期待を抱きながら入ったらしい。

 もともと妖怪が好きみたいだから、京都に来たことは間違いじゃない気がする。


「そういやあアンタらはなして神霊庁の事に詳しいんじゃ? 職員なのか?」

「おう、職員も職員。これを見な!」


 学さんは財布から職員証を取り出して見せる。あぁもう、何も考えずに出しちゃって。得意げな顔しないでおくれよ。

 僕らは全国の敵なんだからね。皆して自覚がなさ過ぎる。


 服部さんは最初こそ、おぉ! くらいのリアクションだったのに、職員証をまじまじと見るなり表情のグラデーションが驚きから怒ったように変わっていく。


「新撰組……新撰組……ん……? お……? 新撰……ア、ア、アァ――!?」

「悪いな。おれ達はあの新撰組なんだ。京都の新撰組ってのを探しててよ、どこにいるか知らねぇ?」

「アギャ……ウェ……んん……? はっ……」


 びっくりし過ぎてしゃっくり出ちゃってるよ。伊東さんが手をつけてないのでとお茶を差し出すと、一気に飲み干した。息を少し長く止めて、胸を叩くとしゃっくりが止まる。


「お前らか! 喧嘩売ってきた、えぇと、なんたらかんたら洋の一味は!」

「そう! そのなんたらかんたら洋の仲間!」

「おのれぇ! お前らのせいで神霊庁中めちゃくちゃじゃ!」


 勢会計近くにあった防犯用の刺股をギュウと音が鳴るほど握り、僕らに問答無用で向けて来た。

 

「なんだよ急に!」

「黙れ! いろいろ言いたいこたぁあるが、新撰組は京都のもんじゃ! さっさとその肩書き外しなさんせ!」


 怒りに任せて刺股を振り回している。こんな狭い店内で暴れたら、後で後悔しちゃうと思うけど!


 長くて頑丈な柄が、ビュンと風を切るたびに鈍く唸り上がる。立ち上がり、一歩踏み出した学さんの脇腹をかすめて壁に激突。べっこりと穴が開いた。


 ほらね、言わんこちゃない!

 

「ちょろちょろしんさんな!」


 興奮した服部さんは構わず刺股をを振り回す。逃げ惑う僕らを消して逃さないと、壁や床に叩きつけながら荒々しく息をついていた。


「ワシだって服部じゃ! 新撰組はワシらのもんじゃからな!」


 あぁやっぱり。嫌な予感って的中しちゃうんだよ。僕らはただの一般人……より少しイかれた集団。戦うなんて知らないんだ。


 だからね、僕ら側の新撰組の誰一人として、服部さんから逃げ惑うしか出来ないで、狭い店をぐるぐる駆け回っていた。

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