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43勝手目 禁忌は京都で犯すもの(2)

僕は目的も忘れてすっかり浮かれていた。地下鉄の駅も通り過ぎ、洋が行きたい方に着いて行く。


 京都支部? どうでもいいよ、もう。明日の約束もすっぽかしちゃえばいい。


 洋はリュックを重たそうに背負い直しながら、僕の梓弓も大事そうに持ってくれる。禁忌を冒す訳じゃないんだから、車へ置いたままでもよかった。


 だけど洋ったらね、大事なのと怒ったんだよ。弓が大事なのかな? それとも……なぁんてね! 


「一応時計の電源は切っておくか。あ、携帯も。晴太くんも切って」

「皆と連絡取れなくなるからダメだよ。どうして電源落とすの?」

「邪魔されたくないから」


 洋と2人で京都を歩けるのが嬉しい。周りから見たら恋人同士に見えるだろうと思うと、多幸感、優越感が液体となって体から溢れる。あぁ、汗ね。変な液体じゃないよ。


 そしてねぇ、邪魔されたくないなんて言われたら鼻の下も地球を一周しちゃうよね。

 10歳から片想いして苦節12年。やっと片想いが報われたのかと思うと涙が出る。


 近藤に生まれてよかった。ありがとう、お父さん、お母さん。新撰組とはなんら関係もないけど、近藤でよかったよ……!


 空を仰ぎ、この世の全てに感謝する。京都、サイコー!


 洋は人気のない路地へ入り、ピタリと立ち止まって僕の顔を見つめる。そして目を細めて妙に色っぽく笑うんだ。


「じゃあ、始めようか」


 何を始めちゃうの……人気が無い路地とはいえ街の中だよ。リュックを下ろして取り出したのは2本の太い筒。蓋をかぽっと開けると、丸まった鏡が出てくる。広げるとそれは全身が映るミラーシートで、洋は方位磁針を用いて北と南を確かめている。


 この流れ、もしかしてだけど……全てを悟った僕の熱がサーっと冷めていく。


「まさか、禁忌を冒そうとしてないかい?」

「そうだよ! 折角京都に来たんだからさぁ、本物の新撰組の見たいじゃん! 禁忌冒そうよ!」

「ダメダメダメ! そんな事したらまた怒られちゃうから! 洋、我儘が過ぎるよ!」


 樺恋ちゃんの我儘の方が何倍マシか。禁忌はね、やってはいけないから禁忌なんだよ。

 僕らはイかれた集団なの。禁忌冒し隊に名前を変えた方がいいくらいなんだよ。


 洋は嫌だと聞かない。でも僕だって引かない。京都支部に啖呵切って、禁忌まで冒したら僕はどうなるのさ。いよいよストレス死。


 洋のために頑張ろうと決めたけどね、これは違う。完全に私用だもん。認められないってば。

 第一、報告書になんて書けばいいのさ。


「禁忌に付き合ってくれたら一ヵ月間何してもいいから!」

「そんな美味い誘い文句にはならないよ。はい、片付けて」

「デートでもなんでもするからぁ! 手繋いで歩くし、チューもするし、その先だってしていいから!」


 その先もして、いい……?

 僕の頭上に雷が落ちた。その先って、狼でも満月でも無いのに獣になっていいって事?

 

 ポカンとマヌケ面で立っていると、洋が僕の上着のポケットに手を入れて婚姻届を乱暴に取り出した。

 インクが掠れるボールペンで記入欄に洋の情報を書き込んで、僕の目の前に突き出すんだ。


「ほら、書いた! 禁忌を冒し終わったら出しに行くから!」

「……いいの? これ、本当に出したら結婚しちゃうんだよ?」

「結婚しても屯所にいられるんでしょ? ならいい! どうしても新撰組が見たいの! 沖田総司に会いたいの! ずっとずっと会いたかったの! 好きって言いたいの! それが叶うならなんでもするから!」


 洋が沖田に拘るのは沖田総司が好きだから。てっきり憧れてるくらいの認識だったけど、多分俗に言うガチ恋をしてるんじゃないかな。


 すごく複雑だ。沖田総司は故人だから何も進展しないにしても、僕は利用されてるって事でしょ?

 とんだ当て馬じゃないか。僕はそんなキャラじゃないもんね。


 婚姻届を音を立てて破り、口をへの字にして「なんで」と不満気な洋に詰め寄った。


「そんな理由で禁忌は冒せないよ! 僕がチョロいから連れて来たんだろうけどね、結婚はそんな理由でしちゃいけないの!」

「いつも印籠みたいに婚姻届出してくるくせに!」

「相手にされると思ってないから出すの! 洋が僕を本当に好きでね、本当に結婚してもいいかなぁって思ってくれたらしてほしいんだよ。沖田総司に会いにいくためなんて、そんな条件付きの結婚は望んでない!」


 ぐぬぬとお互い歯を食いしばる。数秒睨み合うと、洋は断りもなしに住居の壁にミラーシートを貼り付けた。蝋燭や日付を書く紙も取り出し始めて、禁忌をやる気満々。


「もういいもん! アタシ1人でやるから! 晴太くんのアホ! 明日はアタシの誕生日なのに!」

「あぁ――もう! ちょっと見に行くだけだからね!」


 誕生日ってずるい言葉。嫌なやつにでも、おめでとうと言ってしまう魔法の日。お世話になっている人や好きな子なら、尚更なんでもしてあげたいと思うじゃん。


 意地でも行くって言うんだもん。見返りがなくても着いて行くしかないよ。


 立てかけていた梓弓を渋々手渡すと、洋は熟れたりんごのように赤くなって笑顔になる。頰のつるっとした肌は触りたくなる程に艶めかしい。ウワッ、笑顔と相まってめちゃくちゃ眩しい。可愛い!


 過去へ戻る日付はいつにしようかと相談していると、鐘を打つような怒鳴り声が聞こえて来た。


「沖田ァ――!」


 守と伊東さんだ。すごい険しい顔をしてるから、鬼だと思った。僕が洋といるから嫉妬に狂って追いかけて来たってこと!?


 京都駅から現在地まで突き止められるのはすごいよ。さすが、伊東さん。違うかな。もしかして、守もGPS仕込むタイプなのかなと疑ってしまう。


「やべ! 土方じゃん。絶対に行かせてくんないよ……土方と伊東を撒いて、別な場所でやろう!」

「止めるのが普通なんだよ。全くもう、自分がチョロくて嫌になるよ!」


 僕は大慌てでミラーシートを剥がし、洋は走りながら器用に荷物を拾い上げる。

 碁盤の目で有名な京都の街をゆったりと歩く観光客の横をお構い無しに横切る。気分は警察に追われる泥棒のようだよ。


「沖田! 禁忌を犯して新撰組に会いに行くつもりだろ!」

「時代を遡り過ぎて戻ってこれなくなったらどうするんですか!?」


 全部バレてる。さすが守。洋の思考はお見通しだ。


「帰れなくなったらアタシも新撰組に入れてもらうもんね! 邪魔すんな!」

「僕も巻き添えにする気満々じゃん!」

「晴太くんだから一緒に来てって言ったんじゃん。ったく、土方も伊東もウザいなぁ!」


 何度も言うけど、正しいのは守と伊東さんなんだよね。でも洋は自分を信じて疑わない子。体力もあるから、目的を果たすまでは絶対に捕まらないし、観念もしない。


「洋! アンタ、旅行に来たんでしょ!」

「うわっ、祈だ!」


 走る先に祈と学さんが立ちはだかった。面白い、全部バレてるんだ……。

 祈は汗だくでロングスカートを捲し上げ、せっかくの気合の入れたメイクもドロドロに溶けている。つけまつ毛が口元に降りて来てヒゲみたいになってるんだもん。


 慌てて道を右に曲がると、先回りした伊東さんが顔を出す。


「伊東も面倒くせぇ!」


 洋の判断か早くてまた右へ左へとやっているうちに、僕は肩にかけていたショルダーバッグを掴まれてしまった。


「捕まえたぜ! お訛リーダー!」

「ごめん、捕まっちゃった!」

「アホ! 早く来てよ!」


 と、言いながら走り去って行くんだね……。学さんに羽交い締めにされて身動きが取れないから、どうしようもないんだけど。


 洋はスピードを落とさないし、守もまだ負けてない。同い年なのになぁ。


「守……ごめん、もう、私達は、走るの、無理……」

「あの2人が体力ありすぎなんですよ!」


 吐く息と吸う息が上手くいかず、皆窒息しそうだ。僕も座っていられなくて道にグダっと倒れ込んでしまう。


 邪魔だとわかってても体が疲れてどうしようもない。そうしたらね、バシャっと冷たい水が降って来た。


 冷たいと飛び上がった祈、そして水が目に入ったと騒ぐ学さん。

 騒がしい彼らの前に人型の影が掛かる。


 影の正体は、柄杓を持ち作務衣の中にワイシャツを着た、僕らと同じくらいの男性。大きな目を吊り上げ、怒鳴りつけてきた。


「うるさいやつらじゃのぉ! まったく最近の若いもんは……」


 すみませんと謝るけれど、どうも納得いかないみたいで昭和の頑固親父に怒鳴られてる気分だ。

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