42勝手目 850kmの地獄(3)
――約束通り、栃木県は那須高原SAに着いた。祈達は自販機で和気藹々と飲み物を買って談笑をしていたが、おれ達は違う。
守が無言で秀喜に鍵を投げ渡し、晴太は洋の腕にまとわりついて離れない。
はい皆さん、これが修羅場です。
「ぎゃあ! 怖い!」
「樺恋様、落ち着いてくだされ! あれは守殿と秀喜殿……だった、何かでありますな……いかがなされた?」
樺恋が2人の顔色の悪さ、表情、目つきを見て怯えている。おれも怖いもん、子供はもっと怖ぇえよ。
車内であったことを5人に話した。勿論しりとり含めて、洋のせいでぐちゃぐちゃになったとチクってやったんだ。
そしたら洋斗がずかずかと晴太の前に来て、弱々しいパンチを繰り出した。まるで不発のびっくり箱。痛くも痒くもない。
「ばかもぉん! 妹はやらんぞぉっ!」
「突然のお兄ちゃんムーブ! 洋斗にもついにお兄ちゃんの自覚が芽生えたのね!?」
洋斗はハアハアと息をあげて肩に力を入れながら、情けない声で続ける。
オレンジ色のアーガイル柄のジャケットは肩からずり落ちて格好が付かない。
「ダメじゃないかぁ! 洋さん、結婚はぁ、そんな適当にしちゃぁ! ボクは、お、お、お、お兄ちゃんとしてぇ、許さないからなぁ!」
「ハア……」
洋はめんどくさそうにため息をついた。腕に絡まる晴太を離し、首の後ろを掻きながら足元を見ていた。
「晴太くんが本気で出すわけないじゃん。アタシは名前すら書いてないんだし。でも京都中の神社と寺燃やすぞって脅しは本当だぞ?」
「そんな事したら警察が動くわよ? 神霊庁だけの問題じゃなくなる。関係ない人にまで迷惑かけるじゃないの!」
洋は肩をすくめて目を瞑り、母親に怒られた子供のように後ずさった。だってだってと言い訳を出そうにも、皆の視線が痛いのか両手の人差し指をツンツンしては口を尖らせる。
バカな晴太だけが浮かれたまま、かわいいと息を吐くように漏らした。誰かガムテープでコイツの口塞いであげて?
空気が悪いと樺恋が戸惑う。それを気遣う宇吉が、気晴らしにくじを引こうとSAに響き渡る声で叫ぶ。那須の皆さんすいません。悪いやつじゃないんですけど、うるさいっすよね。
ポツポツ見える家の屋根に向かい、ペコペコと頭を下げてみる。
しかしなぁ、洋は空気を読まずにゴーイングなマイウェイ発言をしちまうワケですよ。
「あ、じゃあ泣くか! 地震を起こそう! そうすれば警察は動かな――」
「黙って引け!」
大人だけでなく、樺恋まで加勢して怒られれば洋も目を丸くして驚いた。
渋々くじを引き、結果を宇吉に渡すと無意味に自販機のボタンを押したりしている。
皆に怒られたのが可哀想になり、なけなしの小銭を集めて飲み物を買ってやろうとすれば洋斗が手を止めて来た。
「ボクの妹なので! これからはボクが面倒みます!」
「えぇ……?」
顔を真っ赤にして相当怒っているとみた。なんでおれに当たりが強いんだよ。
心当たりがないのもあってカチンと来た。洋斗のジャケットを雑に掴み、他のヤツには聞こえないように自販機の影に身を置いた。
そして感情を抑えつつ、怒りの原因を問い詰める。
「何だよ突然。気分悪いわ」
「……お兄ちゃんだって言ってるのに、結婚とか大事な事を軽率にしてるの、なんで叱らないんですかぁ! 呪われて不死でもねぇ、1人の女性なんですよぉ! 冗談でも言っちゃダメだって言わないとぉ!」
「は……あ?」
洋斗は火山が噴火したように、頭のてっぺんから湯気を出して怒る。火山よりやかんの方が似合うか?
「晴太さんって頼りになると思ってたのに、ちょっと危ない人なんだ……! わかってたんですか!?」
「危ないって言っても暴走が過ぎるだけだぜ? それ以外は普通だし……まあ晴太には暴走し過ぎんなって、おれから言っとくわ」
晴太だってまさか洋が受け入れるとは思ってなかった訳で。今の所本気にしているのは洋斗だけ。
何が地雷だったんだか。
「洋さんもあんなにズレてると思わなかったぁ……ボクがちゃんとしなくちゃ。うん。お兄ちゃんなんだし、妹の乱れた異性関係はちゃんとしてあげないと……」
独り言をぶつぶつと呟いたり、頭を掻きむしったり。洋の人間関係を気にしているようだけど、過保護にも感じる。
「乱れたって……大袈裟な」
洋斗はおれの独り言に反応し、クワッっと顔を顰めながらおれの服を掴んで体を揺さぶって来る。
酒を飲んでいたら吐いてしまう揺らし方。激しいのなんのって。
「お義兄さんって言われるのはボクなんだぞぉ! 誰が相手になっても睨まれるのもボクなんだぁ!」
あぁ、なるほどね。
今はまだ誰のものでもない洋だけど、誰かのモノになったら洋斗を丸め込もうとしてくる可能性がある。秀喜なんかは特にやりかねない。晴太も怪しい……守はそんな事しないだろうが、また引きこもって社会から消えるだろうよ。
洋斗の気持ちを考えると、気の毒ではある。
「よし! じゃあ兄ちゃん達で、弟達を正しく導いてやろうぜ!」
洋斗の肩を叩き、おれとお前は運命共同体だと固い誓いを立てた。
おれの顔を見るなり口をへの字にして、目を潤ませてブワッと喚き出す。
「学くんには無理だよぉ! いろんな女の人とスケベなことして芸能人辞めてるのにぃ!」
「あぁはいはい! 説得力ねぇのな! ハイ!」
どいつもこいつも過去のおれ基準で話しやがって! 異性関係はまともになった事を評価しちゃくれねぇのよ。ああ悲しい。
こう言われようとも洋斗とは同い年。しかもお兄ちゃん同士とあっては放って置けないのが、おれ。
「ちなみに洋斗は誰だったら義理の弟にしてもいいんだ?」
「えぇ……?」
答えられる訳ないと思いつつ、ワンチャン! 守って言わねぇかなぁと期待を込めて質問してみる。やっぱり身内には幸せになって欲しいじゃん? 弟だし。
洋斗はうぅんと難しい顔しながら顎に手を当て悩み出す。
「晴太さんは洋さんを大事にしてくれそうだし、ボクとの関係も良くしてくれそう」
「普通にしてりゃあ好青年だからな」
「ボスはぁ……1番付き合い長いしぃ……生活には困らなさそうだけど、洋さんを誰にも会わせなくなりそうだからぁ……」
「確かにな」
「でもそれだけ洋さんを好きって事だよね! お金で呪いとか解いてくれそうだし!」
昭和みたいにズッコける。金はそんなに万能じゃねえよ!
金でどうにもならねぇから、禁忌を犯してんだろうが。
「守くんは……うぅん」
「何だ? 守だっていいところあるぜ」
「うん。洋さんの事、1番わかってるしね。でも経済面と、学くんと血が繋がってるからモテモテそうだし……洋さんが自分だけのものになった瞬間冷めちゃったりしないかな」
「――ないと、思う、けど、な……」
ごめん、守。おれのせいでお前にまでとばっちり行ってるわ。
洋の親族目線では守くんは難色を示されてます。おれのせいです。本当に、本当に申し訳ない。
守に向かって合掌――許せ……弟よ。
「何してるんだ? 早く来い」
「守……なんか、ごめんな」
「は?」
守から呼ばれ、腰を丁寧に折って深々と頭を下げた。守は意味不明だとそっぽを向く。
班も変われば気が晴れると思ったのに、かえっていたたまれない気持ちになった。
自覚していなかった時期よりまともだとしても、おれの行いのせいで守には迷惑を掛けている事を思い知る。
「お、また土方と一緒だ。土方は本当にアタシの事が好きだなぁ」
「2分の1の確率だぞ。続けて一緒になっても不思議じゃないんだ、おかしな事言うのはやめろ」
くじの結果を見ながらの談笑も言動と表情が合ってない。洋は普通だが、守は嬉しそうにする。
おれの行動で永遠に悪く言われようとも、守は自分の気持ちを貫くだろうよ。
そして万歳、あの2人とはくじの色が違う。地獄から解放される。悠々自適に京都へ向かえるぞ!
洋と離れる。それだけで修羅場回避なんだ。おれも昔は洋側の人間だったとは信じ難いねぇ。
さて他はと見渡せば、洋斗が膝から崩れ落ちていく。
「ヒィヤァア――!」
「頑張れ、頑張りなさい! お兄ちゃん! お兄ちゃんは苦労する生き物のなのよ!」
祈の励ましも届かぬ絶望。奈落の底に落とされたと、太い眉毛をうねらせてその場に倒れ込む。
「また洋と乗れないの? 洋斗、交換しなさいよ!」
「いけません、樺恋様! 危険です!」
宇吉は冷や汗を屋根を伝って落ちた雨のように流し、洋と乗れない事にごねる樺恋を抱えて車へ乗り込んだ。
それに続いて祈も逃げるように去り、ネリーは洋斗にドンマイと肩を叩いて後へ続く。
おれも遅れまいと車へ飛び乗った。祈はアクセルを踏み、銀行強盗でもしたんかってスピードで車を走らせる。
「見てる分には面白いのよね、あの4人。でもねぇ、あの中に1人はキッツイわ」
「ネリーは気にしなイヨ」
「じゃあネリーが乗って来いよ! 大好きな洋斗か苦しんでんだぞ!」
「ンー。洋斗が苦しいナッテるのも、かわいいジャン?」
「えぇ!? 洋斗可愛くなぁい! あたしの方が可愛いもん!」
「樺恋トハ、別なかわいいダヨ」
こっちの車の方が平和だ。言いたい事は言うが、まだ節度があるし会話にもなる。
洋斗よ。同じ兄仲間として、困難なく京都で会えることを楽しみにしているぜ。
聞こえるわけがないのに、洋斗の叫び声が聞こえるよ。
仕組まれたようなくじ結果、快適な車内が眠気を誘う。目を瞑って休もうと思った頃には、すっかり眠ってしまった。




