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42勝手目 850kmの地獄(2)

「なんだこの車! 越してやれ!」

「黙って乗ってろ!」


 まだ空は陽の光が無く、暗い。携帯の画面を見れば午前4時。この時間にまぁ、元気だこと。


「土方、京都まであと何分だ?」

「何分なわけないだろ! 助手席に居るんだから自分で確認しろ」


 地獄のドライブ中、寝ようと思っていたのに車内は騒がしい。

 正確に言うと後部座席はお通夜だ。前席の守と洋がひたすら喧嘩っつうか、イチャついてるっつうか……簡単に言えば2人の世界っつうか……。


 会話は普通なんだ。


 例えば――後ろから来た車を追い抜けだの、ウィンカーを出さずに車線変更してきた車を煽れだの……。それに対してツッコむ。この2人が小さい時から見てきたやり取りだ。


 今更イチャついているなんて思わない。そう思うのは、おれが2人のお兄ちゃんだからっつうね……。


 おれの両脇、晴太と伊東の顔。無表情で腕を組んで、微動だにしない。恐ろしいよ。真っ直ぐ前を見ているフリをしてね、洋の事ガン見してんだからね。

 

「よ、洋! 皆でしりとりしようぜ!」

「しりとりぃ?」


 長距離ドライブの定番っつたら"しりとり"だろ。単語を考えるのに一生懸命になって会話は止まるし、無駄なコミュニケーションもない。


 今の状況に最高で最強のゲームってわけだ。お兄ちゃんってば頭いい。


「じゃあ、お兄ちゃんから行くぞ! 次は晴太で洋の周りな! えぇっと、んじゃあ……新撰組の"み"から行くか!」


 晴太にパスを渡した。


「"み"んなで話せばいいのに2人でずっと話していて、さぞかし楽しそうだ"ね"」


 長いし、単語じゃねぇし、無表情だし。


「ねぎ」

「祇園……豆腐」


 洋は何も感じねぇの? 今ので普通に続けられるもん? 

 守は祇園だけじゃ負けるから、慌てて豆腐と付け加えてるし。

 

 晴太の圧力は何も感じないんだな。それともあえてのスルーなのか? 

 対向車のヘッドライトが眩しくて目を細めてんだが、それとも前の席に座る2人に呆れてんだかわからなくなってきた。


「"ふ"つうは気を使って、1番金を出している人に隣を譲ったりしないんですか"ね"」


 えぇ……秀喜まで晴太に便乗するんですかぁ?

 相当イラついているのか、左足だけ貧乏ゆすりみたいにガタガタ震えてやがる。

 お兄ちゃんの膝にめっちゃ当たってるのにね、お構いなしなんだよね。


「悪い……しりとり、止めよう……」


 張り詰めた空気に耐えられない。口のなかを噛み、もう何も考えないようにした。

 

 トワイライトが車内の空気を重くしている気がする。

 しかし空気を変えたのは洋。重くするのも軽くするのもこの女だ。


 晴太と秀喜の発言を気にしたのか、上半身を捻って後部座席組に話しかけて来た。

 表情は旅行が楽しみで仕方ないって感じだ。


「京都支部ってどんな奴が居るんだろうな? 皆アレか? 顔白くして着物着てんのかな」

「舞妓さんって事? 僕が話した人は若そうな女性だったけど……伊東さんは会った事ないの?」


 西日本の神霊庁とはあまり関わりがないんだと晴太は付け加えた。

 京都って言えば舞妓だが、神霊庁の職員なら坊さんを浮かべてしまう。

 女性の住職も居るらしいしな。


「記憶にあるのは作務衣を着た年配の男性職員ですね。女性は見たことがありません」

「そっかぁ。神霊庁自体若い人ってあんまり居ないから、支部で見かけたら覚えていそうだもんね」


 秀喜はいえ、と続けた。


「ほとんどの支部に行きましたが、京都支部って少し特殊ですからね。他県のように一県に大きな支部を構えているわけで無く、それぞれの神社仏閣が自らを本部だと名乗っているんですよ。京都支部へと言われたら、どこの誰なのか聞かないと一生辿り着けませんよ」 

「じゃあ会議に参加する人間はどうやって決めたんだよ」

「さあ、それは知りませんけど……一応本物の京都支部の事務所は清水寺にあるはずです。住職は忙しくて顔も出しませんけどね」


 そんなところに今から行くんだぜ? 晴太曰く、相手はどこの誰かもわかんねぇって言うし、もう普通に観光でよくないか?


「どうしようか……とりあえず新撰組に関わる場所を巡れば会えるかな?」


 晴太は携帯で回る場所に目星をつけようとインターネットを閲覧し始めた。

 新撰組と言えばな壬生寺をはじめとし、平安神宮や東寺、北野天満宮、稲荷伏見、八坂神社――などの観光地も候補に挙げていく。


 晴太がおやゆびでスクロールをしながら本能寺は違うかなと、小声で呟く。

 それに洋がピクっとシートから背中を剥がして後ろを振り返った。

 

「ねぇ! めっちゃ良いこと思いついた!」


 めちゃくちゃ満面の笑みと、鼻息を荒くして勝ち誇った様子が混ざる。

 守がどうせ碌でもないことだと言えば、洋は彼の太ももを高い音が出るように叩いた。


 一応聞いてやろうと耳を傾ける。


「お前らから出てこないなら、京都中の神社とか寺燃やすぞ! って言えばいいんだよ!」

「言えるわけないだろ!」


 さすがに全員で言葉が揃う。何考えてんだ。先祖が先祖なら子孫も子孫だ。八十禍津日神、あんた、洋を呪って正解だよ。


 神社に放火される神や仏が増えるぞ。もっと呪ってやれ。

 

「ほ、本当に燃やすわけないじゃん。うちの先祖じゃあるまいし」

「洋が言うと洒落にならないの! 僕の胃をズタズタにしたいの!?」

「ちょっと脅すだけだって。晴太くんに迷惑かけないからさぁ」

「絶対ダメ! そんな事したら勝手に婚姻届出すよ!」


 どこから取り出したかわからんが、晴太は4つ折りになった紙を素早く開き、婚姻届を洋に見せつけた。

 あのぉ、婚姻届って勝手に書いたら違法じゃないっけ……?


 洋はそれを薄目で見た後すぐに目を開き、真顔に戻る。


「別にいいよ。出せば? じゃ、京都の奴らにそういうメールしといて」


 ……何が起きた? 多分そんな軽くあしらえる事柄じゃないはずだ。けれど洋は前を向き、福島県から栃木県へと入る標識を見て、まだ着かないと愚痴る。


 晴太は石化し、ポーズを変えないまま固まっている。まさか、いいよなんて言われるとは思ってなかったんだろうよ。おれも思わなかったし、守や秀喜も思っちゃいない。


 再び誰も話せなくなった。朝日が昇って来るのが恐ろしい。暗いまま、表情が見えにくいままの方が良いのに。


 この空気に耐えられないと祈にSOSの電話を入れる。眠たそうな声で電話を取ってくれた。


「大至急! 次のSAで休憩! おれ、死んでしまう! 班替えも希望しまずぅう!」


 大人になってから泣いたの、いつぶりだろう。芸能界干された時だって泣かなかったのに。

 目尻から熱い水滴がツゥと流れていくのがわかるぜ……。

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