42勝手目 850kmの地獄(1)
「皆さァん! 旅行のしおりは持ちましたかなぁ!?」
「持っター!」
行くぜ、京都――と意気込みたい旅行当日の朝だと思うだろ?
叩き起こされた時間は午前2時。
おれ、ゲームしてたからさっき寝たばっかりなんだけど?
昨日はやけに夕食も消灯も早いなぁと思ってたけど、まさかこんな時間に集合するとは思わねぇじゃん? 寝癖を治す時間も無くて髪はボサボサよ?
キャリーケースにボストンバック、おれだけ慌てて用意したからリュックだし。何か絶対忘れてる自信があるわ。
準備してなかったのが悪いけどな、ちゃんと予定伝えろよ。
ネリーはしおりを振り回してめっちゃ元気だし、子供の樺恋も目を擦ってるけど準備整ってるし、おれ以外は皆ちゃんと出来てるわけ?
宇吉がしおりのページ説明しているのを無視して周りを見るが、祈と洋がいない。
よし! アイツら寝坊してらぁ!
洋斗とネリーに引っ叩かれて起こされた時は焦ったけど、あの2人が遅れてるんだからおれの寝坊はチャラ。ガッツポーズが止まらない。
いつもうるさい祈が寝坊なんて、マウント取り放題だ。普段尻に敷かれるような扱いされてんだ、とことんマウント取らせていただきますよっと――。
「化粧はいいってば!」
「京都に行くのよ!? 顔貸しなさい! ほら、化粧下地塗らせ……なさいッ!」
と、思ったら居るじゃん。祈が洋の顔を掴んでメイクしようと力んでいる。
洋は口を窄め、髪はおれと同じでボサボサのまま。女っ気はないが、あれは顔がいいからなんとかなっているんだな。おれと一緒だ。
祈と洋の攻防の末、洋が祈の手を振り解いて逃げた。左側だけ上に跳ねた前髪が走るたびに揺れている。ついでに脱ぐとすごいと言われている胸もな。
守と秀喜の後ろに隠れて、隙間から祈を見ている。
「お化粧いぶりがっこ」
「いぶりがっこって言うな! 折角なら可愛い顔で行きたいでしょ!? メイクしましょ!?」
「残念、元々可愛いが?」
隠れている場所が悪すぎる。守は口では呆れているのに頬をピンク色にしてツンとした顔。伊東は他のヤツには見せない、溶けたような柔らかい笑顔で洋を見て褒める。
しかし洋はどちらも相手にしていない。可哀想に、この悪女め!
「くぅう……! 腹立つ!」
祈だって無意識の同意とも取れる2人の表情を見たら何も言えない。暗がりでも少し寂しそうなのがわかる。
祈は祈で、洋に可愛らしくなって欲しいんだ。禁忌終わりの怪我の手当や傷を隠すためのメイクじゃ無く、同じ年頃の女性同士のやり取りがしたいだけ。
けどなぁ。ネリーはともかく、洋は全く興味が無さそうだ。
京都に行くと決まった時、祈はご機嫌で仙台の街へ繰り出して、トラベル用品や化粧品を洋の分まで服を買い込んでいた。
おれは荷物持ち。いやぁ重かった。
一緒に楽しみたいから準備した事を否定されちゃ、寂しくもなる。
「おいおい。ちったぁ祈の言う事聞いてやれよ。メイクの何がそんなにイヤなんだ?」
「学……」
祈は背中を少し丸めていた。おれは祈の右肩に肘をかけ、過度な助け舟を出さないように軽く聞く。
だって可哀想じゃん? こんなに一生懸命なのに無碍にされてんのがさ。
洋は歯を食いしばり、守と秀喜の間から顔を出した。
「今化粧しちゃったら車で寝れないだろうが! 目とか擦るぞ!」
「ん? じゃあメイク自体は別にしてもいいのか?」
「京都に着いたらいいけど」
祈の肩を揺らすと、くるっと首を回してありがとうと微笑む。そうそう。祈さんはさぁ、怒ってる顔より笑ってる方がいいのよ。
じゃあ! と、明るい声と共に大荷物の中からスカートやブラウスを取り出して洋に見せてやる。絵の具をぶちまけたような黄色いミニスカートに視線が持って行かれちまう。
「私とお揃いで京都歩きましょ!」
黄色のミニスカートと大きなフリルが甘々しいガーリーなブラウス。絶対に洋に似合わないだろ。お兄ちゃんわかる。
「スカートはイヤだ!」
さっきと違って全力の拒絶。額から目のあたりまで暗い影が掛かって、青くなる。
「お、沖田にスカートは履かせない方がいいぞ。学生の時に足開いて座ってたからな。だからな、ジャージを履かせてたくらいでな……」
「ちょっとスカート短過ぎるんじゃないですかね? ショートパンツとはまた違うじゃないですか。スカートは」
ほらみろ。独占欲強強のお2人さんが慌てふためいてるぞ。この2人の表情から察するに、特別仕様の洋を他のヤツには見られたくないってアレだろうな。
「ちょっとォ! そこォ! 宇吉の説明を聞いてましたかなぁ!?」
深夜の山の中とは言え、近所迷惑じゃないか気にする程のデカい声。宇吉に寝癖も指摘されたし、もう出だしは最悪だ。
軽く手櫛を通し、宇吉が集まれと言うから10人で円になる。
「何するの?」
「班決めでございますよ、樺恋様。これから車に5人ずつ分かれます故、恨みっこなしのドキドキくじびきタイムです」
「えぇ? じゃあ洋と乗れないの?」
「運が良ければ乗れますぞ!」
車? 今、車って言ったよな?
京都まで車で行く気なのかよ。だからこの時間に起こされたのか?
冗談じゃねぇと携帯で京都までの所用時間をナビで調べると、およそ10時間。しかも高速道路を利用して、だ。
飛行機や新幹線があるだろうと声をあげるが、皆にきょとんと痛い視線を向けられる。
そうしたら晴太が「夕飯の時やメッセージアプリで伝えたけど」と眉間に皺を寄せて応える。
そんなわけない。おれは連絡のチェックはマメな方で、だからこそ下半身で失敗したんだ。
ところがどっこい、見てませんでした。夕食の時なんて殆ど話聞いてませんでした。おれのミスです。
携帯を隠すようにポケットへしまう。おれが知りたいのはそういう事じゃねぇのよ。
車で京都へ行かなくてはならない理由を問いたいんだ。
そして全ての旅費を持つ秀喜は面倒くさそうに理由を話してくれた。
「新幹線の席が全員まとめて取れなかったぁ?」
「いきなり旅行と言われましたからね。新幹線の最上クラスが全員分空いていなくて……洋の誕生日なのにそれじゃダメだと思って」
「い、いや……最上クラスじゃなくても座席空いてたろ……普通でいいんだよ……相変わらず重てぇな……」
車で行く方がしんどいだろと、言いかけた。だけど洋が車を望んだというんだから仕方がない。主役の言う事を叶えてやるのが伊東秀喜という男なんだ。
宇吉は串が入った竹筒を手に持ったまま中央に出した。雰囲気的には王様ゲームでも始まりそうな高揚感があるが、おれはまだ置いてけぼり。
「では、宇吉が用意したくじを引いていただきましょう。こちらの筒に、黒塗りと白塗りにされた串が5本ずつ入ってございます。そしてどちらの色にも赤丸が1本ずつ。その方が最初の運転者と言う事で……」
「へぇ! 本当に修学旅行みたいだねぇ!」
引く順は揉めたが、結局年の若い順になった。樺恋、洋、守、晴太、秀喜、祈、ネリー、洋斗、おれ、宇吉の順だ。
別に誰と乗り合おうと構わないと思っているのだからどうでもいい。
そう思っていた自分は死んでくれ。結果を知り、おれはリュックを地面に叩きつけた。
おれの結果を見て、祈と洋斗は口を覆って大層憐れんでくる。戻せるなら時間を戻してくれ。なんなら、おれだけでも新幹線で行く。
膝をついてやり直しを要求しても無駄。恨みっこなしと言われればどうしようもない。
「可哀想……火の中に飛び込んだ虫だわ……」
洋、守、晴太、秀喜、おれ!
あぁ……今日が命日だ。起きるなよ、ド修羅場。バチバチの乱戦が起こって殺し合いとかにならないでくれよ。
しかも赤丸がついているのは沖田。必然的に助手席の取り合いになるじゃねぇか。旅行に行く前から疲れるってどういうことよ。
浅葱色のコンパクトミニバンの後ろに荷物を詰めて、乱闘が起きる前に助手席に乗り込んだ。洋の隣にいたいとかじゃねぇんだ。
これは争いを起こさない為の自己犠牲なんだ!
「僕、洋の運転なんて初めてだなぁ。ちょっと新鮮かも」
「……沖田はペーパーもペーパーだぞ」
「行けるだろ! アタシも免許あるし」
洋はハンドルをがっしりと握り、エンジンをかけたら思い切りアクセルを踏み倒した。
山の向こうまで届きそうなエンジン音に目を見開く。ど深夜だぞ。
「おい土方、走らないぞ!」
「バカ、サイドブレーキかかったまま!」
「どれだよサイドブレーキって!」
「まずアクセルから足を離せ! ったくお前は……」
痺れを切らした守が後部座席から降り、洋に運転を代われと苛立ちながら交代する。
「だ、大丈夫ですかな? 洋殿……」
隣の車から宇吉が顔を出し、汗を垂らしておれ達を見ている。向こうの運転は洋斗だが、アイツも擦ったりして大概じゃないか?
「免許は持ってんだけどなぁ。ま、いいや。学さん、どけて」
「な、なんで?」
「後ろの席、3人で乗るの狭いから」
洋はぐるっと助手席側にくると、シートベルトを外しておれを引きづりおろし、後部座席に押し込んでくる。
こんな不穏な車に乗りたくねぇ!
隣の車の後部座席にいる祈とネリーは面白そうに親指を立てて「健闘を祈る」と口パクで伝えてきた。
なんだ、おれに死ねってか?
「運転の交代は県を跨いだらにしよう。兄貴、免許は?」
「あるけどペーパー……」
運転席からデカい舌打ちが聞こえた。ソウデスネ。この車は運転出来る人が3人しかいませんもんね。舌打ちしますよね。
「俺と伊東しか居ないのか……」
「え? 晴太は運転出来ないんですか?」
「出来るんだけど、洋がいると照れてできないんだよね……えへへ」
「嘘でしょう……」
京都まで約850km。守と秀喜だけが頼りのカチコミ長距離ドライブが始まる――!




