41勝手目 京都支部をボコろう(2)
「何やってんのよ! このバカタレ!」
宮城の温泉地の山奥――空がオレンジ色に祈の怒声が響く。怒られているのは洋だ。
僕があった事を全て話したせいで、洋はあの後とんでもない行動を取ったんだ。
まだ続いていた会議にログインして、全国の神霊庁職員に「京都支部をわからせに行く」と宣戦布告した。
当然画面のスピーカーはざわついたし、僕も心臓が無くなったと思った。慌てて洋の口を塞いでも、時すでに遅し。
吐いた言葉は戻らない。今こそ禁忌を犯すべきじゃない!? と、思ったけど……こんな事に使っちゃいけないし。
そんな訳で、僕らの京都旅行はカチコミに変わった。
祈は旅行が台無しになったことだけでなく、神霊庁全体に喧嘩を売った事に怒っていた。
感情が昂るたびに、ショッキングピンクのジャージが濃くなっている気がするや。
洋は畳に寝転がり、守のジャージからぴょろりと出た糸を爪先で器用に引っ張って遊ぶ。
「だって晴太くんが喧嘩売られたって言うからさぁ。なら買うしかねぇじゃん?」
「どこにそんな喧嘩買うバカいんのよ! あぁココに居たわね! バカ!」
祈の容赦ないゲンコツが脳天にヒット。痛そうな音だけど、今日ばっかりは痛い目にあって欲しいな……。
「痛ァ! バカって言うな! 暴力いぶりがっこ!」
「暴力いぶりがっこ……ブフッ! 洋さんダメじゃんかぁ、怒られてるのにさぁ、そんな事さぁ」
「咄嗟に思いついたんだ。センスあるよな?」
洋斗さんまでケラケラと両手で腹を抱えて笑い出す。洋と同じ顔、似たような仕草でキャッキャッとはしゃぐんだから、祈の怒りボルテージがどうなるかわかるはず。
「バカ兄妹! 今日の夕飯抜き!」
普段は女性らしさを大切にする祈が、ガニ股で足音を大きく立てながら障子を勢いよく締めた。
そしてその向こうにある台所から、今日は2人分抜いて作るからとヒステリック気味な声が聞こえる。
夕飯の支度をしていた宇吉さんとネリーは、祈の剣幕に圧倒されてとりあえず返事をしているようだ。
で、こっちはこっちで洋洋兄妹が守にご飯が無くなると泣きついている。
守は黒縁のブルーライトメガネをかけながらパソコンの画面に夢中で話をあまり聞いていない。
「土方ァ! アタシのご飯無くなる!」
と、洋はさっきまで遊んでいたジャージの糸を思い切り引っ張った。
すると、どうでしょう。
とっても長い長い青い糸が守から出てきた。さすがに守も気がついて、その糸を見てみるみる顔が怖くなる。
「何やってんだ沖田!」
「土方が悪いんだかんね!」
「そうだよぉ、土方くんが話聞いてくれないからぁ」
僕は頭が痛い。厄介だと言われている兄妹2人は似た者同士過ぎて、京都で何を仕出かすのか。
ギャアギャア騒いでいたのが気になったのか、台所で宇吉さんと居た樺恋ちゃんが居間に来て、僕の隣に立つ。
洋の事が大好きだから、てっきりそっちに行くと思ったけど……。
「あたしよりお子ちゃまじゃない?」
「そう、かも……ううん、そうだね」
9歳にこんなこと言われてるんだよ。京都支部で何もしないでねと、神霊庁の職員、北東北の代表、局長として全力で願う。
京都支部のメンバーの事は何も知らない。けれど新撰組を取られたと思っているのなら、あっちにも何か理由があるはずなんだ。
京都イコール新撰組だから……って理由だけなら納得いかないよ。
それにしても、"うちの隊士"って言うくらいだから、京都にも近藤とか沖田とか土方がいるのかな。だとしたらすごい偶然だ。
どの苗字も日本中探せばたくさんいるけれど、僕らみたいに集まっているなら奇跡だし。
味方は多い方がいいけれど、敵はなぁ……。
現実逃避するように苦手なパソコンを開く。先日の栗駒山での禁忌の報告書や引越しに関する届出を完成させるため、両手の人差し指で、ぽちぽちとキーボードを打っていく。
「ねぇ! 晴太くんは味方だよね!?」
「何が?」
「アタシのご飯無くなるから! 祈にご飯寄越せってお願いして!」
こんな時に限って洋がご飯目当てにすり寄ってくる。僕の好意を利用して、上手く丸め込もうとされる。ちょろいってわかってるからね。
……でも、今日はちょろくないぞ。会議の事がフラッシュバックするとね、喉が絞められて熱くなり、胃が痛くなるんだもの。
「ごめんね。今日は味方したくないや」
「裏切り者!」
背中に頭を押しつけて、攻撃なのか甘えなのかわからない行動を取る。
洋の隣に居るって決めた以上、多忙も絶望も希望も切って離せないや。
◇
――その夜、枕と掛け布団を担いで洋と守が部屋に来た。
洋はニコニコ、守は渋々って感じ。
僕は久々に3人になれたのがなんだか嬉しくて、溜まっている仕事を中断して2人を部屋へ入れた。
「たまには3人で寝ようと思ってさ」
洋はそう言うけれど、魂胆は違う。僕はそれを見抜いていた。
「嘘つき。僕の部屋にお菓子があるのわかってて来たでしょ」
「バレてた? ちょうだい!」
ぐうとお腹を鳴らし、実家から届いた青森のお菓子をテーブルに出すと涎を垂らしながら手に取る。
りんごのパイ、りんごけんぴ、にんにくせんべい、津軽煎餅、缶入りのりんごジュース。
いただきますは早口で済ませ、ご飯代わりにもくもく食べる。
「余計な事を言うから夕飯を食べれなくなるんだぞ」
守はりんごジュースを片手に持ち、洋を見て呆れた。祈も「暴力いぶりがっこ」なんて言われなきゃ夕食抜きなんて言わなかったろうし。
けれど洋は、それが原因だと思っていない。お菓子を口いっぱいに頬張って、何もわかってねぇなぁと手についた食べかすをゴミ箱に払いながら言う。
口は悪いけどゴミ箱に払うんだ……かわいい。
「んじゃ何。言われっぱなしで黙ってろって? そんなのイヤだね。アタシが新撰組だ!」
「そうじゃなくて……京都支部にだけ言えばよかっただろ? 何も全国に喧嘩を売らなくたって。沖田だけの新撰組じゃないんだぞ?」
守のド正論。普通ならぐうの音も出ないはず。だけどね、相手は洋だから。
「アタシの新撰組だけど? 大丈夫、何かあったら全員守ってやるよ。アタシにはその力があるからな」
あれだけあったお菓子を平らげて、満足そうにお腹を撫でる。お腹がいっぱいで眠くなったのか、大きな欠伸をしては掛け布団に潜っていった。
「そもそも神霊庁なんて敵みたいなもんだろ。喧嘩売ったところで何も変わんねぇよ。うぁああ。眠い、寝る!」
「寝るな! 歯磨きしろ!」
守にジャージの首根っこを引っ張られて、布団からぬるりと体を引きづられて行った。
洋の力ある言葉は、僕の全身を駆け巡る。
洋にあって僕にないもの。それは皆を引っ張って行く力だ。洋は力任せなところがあるけれど、その強引さに皆救われたり、心を動かされたりしている。
僕が気にしてる言葉、普通であれば大切で当たり前な事なんだ。それが長としてやるべき事だし、心配する事。僕の考えが間違っていない事もわかる。
でもそれじゃいけない。もしかすると、リーダーとして相応しいのは洋なんじゃないかなと思った。
けれど、そうじゃない。洋はやっぱり方位磁針みたいな存在なんだ。
僕は洋が行く道を、皆も歩ける様に整備して行く係なんだ。
だから誰が味方でなくとも、我のままに行く洋を信じなくっちゃ。
「まあ、そんな簡単に腹は括れないんだけどね……」
好きと責任の間で揺れ動く複雑な感情も、ちょろい僕だから簡単に動かされてしまう。




