5勝手目 喜んでいいことなのか(1)
「洋ちゃん、僕のこと、ほんっとうに覚えてないの!?」
あんな非現実的なことがあったにも関わらず、何事もなかったかのように晴太は体力を取り戻していた。
もしくは体力はないが、沖田が自分には全く触れずに立ち去るショックが原動力か。
疲労困憊で混乱が止まない沖田は、晴太の詰問にウザったそうな顔をしている。
そもそも人に無関心な沖田が、1年だけ一緒にいた同級生を覚えているとは思えない。
大学でほぼ毎日顔を合わせている星の名前ですら危ういのに。その証拠に、星の名前を呼んだことがないんだぞ。
晴太の場合、聞き慣れぬ青森弁にイタコになると言って再度転校していったのでインパクトは強いが、沖田には関係ない。
「何、この人も呪い?」
と、怪訝な顔で指を指す。
「違うだろ……」
案の定これだ。
晴太を呪い扱いしてんぞ。晴太は沖田をフィアンセだ、なんて言って今でも沖田が好きそうな素振りを見せていたのに。
「覚えてないのぉ!? 晴太だよぉ、晴太! こ、ん、ど、う、は、れ、た! 局長だねって言ってくれたじゃんかぁ!」
「きょくちょお……」
大きな瞳をぐるりと回して、思い出すふりをする。
局長と言っているだけ。思い出す気はない。
沖田のことだから、新撰組の近藤勇の方を思い起こしているはずだ。
「あ」
晴太は涙目で沖田の肩を揺さぶると、沖田がそういえばと口を開ける。期待した晴太は目を輝かせているが、騙されるな。唐揚げが食いたいとか言い出すぞ。
「アタシのファーストキス奪おうとしたけど、的外してほっぺにしてきた――」
「どぅえぇ! そこだけ覚えてんのやめて! 忘れて!」
沖田が人を覚えていることなんて珍しい。俺の知らない出来事だったが、俺の記憶にある晴太より印象があるのは確かだろう。
まあ、俺は知らないけど。
晴太は恥ずかしくて火が出そうだと、真っ赤になった顔を両手で覆いながら続けた。
「お、思い出してくれて、ありがと……その……青森弁のTシャツ着てるから、てっきり洋ちゃんも僕のこと……その……そういう風に思ってくれてるのかなぁ……って」
「せばだばまいねびょんね、晴太くんが言ってたんだっけ」
「え!? な、名前!?」
「え、違う?」
名前を覚えてもらえたと大歓喜。
モゴモゴ、モジモジ。晴太はあの頃と同じだ。心の中を細工することなく表に出す。
成人を超えてもなお、10歳の沖田を思い続けていたのだと思うと、その一途さは尊敬を通り越して怖いくらいだ。
沖田の記憶に晴太がしっかりいるということは、新撰組に関連した苗字かつ、ある程度濃い関係を作れれば、全く人に興味がわかないわけではないらしい。
随分特殊な人間関係の築き方だ。沖田らしさを感じる。
雨上がりの暗い神社は不気味なので、場所を変えることにした。
そういえばと思い出したが、この時間までスーパーの駐車場に父親と星がいるとは考えにくい。
が、目指せる目ぼしい場所がそこしかない。目指す場所が決まると、晴太と2人で額から血を細く流した沖田に肩を貸して歩いた。
晴太は沖田に触れられることを喜んでいるが、沖田は「こんな人だったっけ」と耳打ちする。俺もこんな晴太は知らん。素朴でピュアな晴太はもういない。いろいろ拗らせて変な奴になってしまったか。
「洋ちゃんが小学生の時にイタコになればって言ってくれたから、すっごい修行してイタコになったんだ! ずっと会えないと思ってたけど、こうやって洋ちゃんに会えてるんだからすごいよ!」
「素直に喜んでいいのかわからんがな。さっきまでのことが夢か何かなら、晴太との再会は素直に嬉しいと思う」
再会に舞い上がる晴太には悪いが、喜んでいいか戸惑うのだ。
沖田が呪われたから、口寄せができるイタコの晴太が呼ばれた。皮肉だが、沖田があの本さえ読まなければ、この再会はありえなかった。
額に残る撃たれた傷跡を見ると、晴太が来ない方が良かったと思うのは至極当然だ。
痛みを伴わないとしても、生傷は痛々しい。
晴太もそれは理解しているようで、はしゃぎすぎたと謝った。しかし、晴太の気持ちが理解できないわけじゃない。
「現実だよ。2人は神と話してたでしょ」
「金持ってなさそうな邪神だった」
「神様はお金なんていらないからね」
沖田はそう見えたの、と返す。
「僕、神様って概念はあってもさ、存在はしないと思ってたんだよね。無いものに縋るみたいな。霊や魂は普段相手にしてるからわかるけど、正直、神や仏は信じてなかったや」
「俺達に見るなって言ったのにか?」
「空気が物理的に重く感じなかったかい……? それに、梓弓を使って洋ちゃんが呼んだんだ。だからなんとなく、本物なんだろうなって」
晴太の背中には弓が頭より高く背負われている。
巫女が霊を呼ぶために使用するらしく、晴太の物は祖母の物を引き継いだ、代々伝わる古い弓だという。
巫女というくらいだ、イタコは女性がなるものだと思っていた。
晴太に疑問を投げかけると「僕のおばあちゃん、昔から都合よく多様性を大事にしてたから」と苦笑いする。
その祖母と沖田の一言でイタコになる決意をした晴太は、現在最年少で事実上最後の後継者として神霊庁でも優遇された存在だという。こいつは天然記念物か。
「神様にはひるんじゃったけどさ、僕は洋ちゃんの味方だから。呪い解く方法とか考えようよ」
神霊庁勤めのイタコという立場を知れば、俄然、晴太が頼もしく見えた。
しかし、沖田は――
「地震以外はあんまり自覚ないし。このまんまでいい」
と、まるで他人事。
コイツにはほとほと呆れる。暗くて表情があまり見えないものの、晴太の優しさを蹴り飛ばすような返答からするに、真顔ですんとしているに違いない。
「副長ォ――!? 無事ィ――!?」
壊れた鳥居まで出ると、遠くから星の声がした。父親も後ろから走ってきているのがわかる。
「副長、急にいなくなるからめっちゃ探したっすよ……で、えーと……その方は……」
戸惑う顔の先には晴太。初対面だ。
「局長」
沖田が感情なく言うと、星は「じゃあ近藤さんっすね!」と明るく返す。
「き、局長でーす……」
晴太は名前で呼ばれなかったことに落胆したのか、沖田を支えたまま左手でピースを作る。




