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小枝の勇者

作者: 西順
掲載日:2025/10/19

「っ!?」


 暗雲立ち込める空の下、表皮も葉も赤黒い木々に覆われた深い森の中、遠く、己が向かう方向で起きた、雷を何十倍にも膨らませたような轟音が耳を震わせる。


 何かが起きた。勇者フィフスはこの先にある魔王の城から轟いた音から、そう判断した。そしてそれは、己に取って不利になる何かであると直感していた。気を引き締め直し、己の手にある良い感じの棒(先が二股に分かれた、ただの木の枝)を握り締めながら、フィフスは森の中を慎重に歩き続けた。


(何も出なかったな)


 魔王の城を囲う森では、魔属とは邂逅しなかった。城を護る森だと言うのに、魔属どころか、鳥の囀りも虫の鳴き声さえ聞こえず、まるで冬の森を歩いてきたような感覚に戸惑いを覚えながら、森を出たフィフスの前に現れたのは、崩れた城であった。


 かつては王都にある城にも負けない威光を放っていたであろう魔王の城は、ところどころが壊れ、煙が立ち昇っている事から、フィフスが来るすぐ前に、城で戦闘が繰り広げられていた事が窺えた。それが恐らく先程の轟音と関係している事に、フィフスは、いや、フィフスでなくても理解出来る事態であった。


 何があったのか? 他国の勇者が突入したのか? それとも人間軍か? 様々な憶測がフィフスの頭の中を巡ったが、答えが出る訳もなく、しかし空を覆う暗雲が、己の心を映すかのようで、不穏な感覚はまだ拭えておらず、フィフスは慎重に城の中へと足を踏み入れる。


「死んでいる……」


 人間ではない。魔属たちが城のそこかしこに転がっている。自然死ではない。魔属たちの死体には明らかに何かで斬られた痕跡が残っていた。しかも一撃で殺されている。他国の勇者はフィフスとは違い、パーティを組み、魔王討伐に向かっていたはず。であれば、魔属の殺され方が、斬撃一閃のみと言うのは不自然とフィフスは判断した。勇者パーティでない何かに殺された? しかも魔王の城にいる上位の魔属が? 何者に? 益々脳内は混迷するが、フィフスはそれでも歩を進める。


(本当に何も出なかったな)


 謁見の間にある大きな両開きの扉の前まで、魔属どころか鼠一匹出てくる事なく辿り着く勇者フィフス。それが逆にフィフスの不安を掻き立てるが、その答えも、この扉の先にあるだろう。とフィフスは取っ手に手を掛け、扉を押し開いた。


 広々とした大広間。広いと感じたのは謁見の間自体が広い事もあるが、天井が抜けていたからだ。上を見れば、暗雲がそこに垂れ込めている。魔王の趣味趣向は知らないが、謁見の間の天井を吹き抜けにするとは思えない。と言うよりも、明らかにここで何かが争って破壊された跡だと、一目見れば分かる天井の壊れ方であった。


「よう。漸く来たか、小枝の勇者さん。待ちくたびれたぜ」


 謁見の間の奥から声を掛けられ、フィフスが視線を下に落とすと、壊れた玉座に座り、片方の手はひじ掛けで頬杖を突きながら、もう片方の手で先程の森の木と同じ、赤黒い木の枝を弄んでいる魔属の戦士がいた。その足下には死体が転がり、それを踏み付け、戦士はフィフスを眼光鋭く見詰めていた。


「カーズ……か」


 不思議とフィフスに動揺はなかった。ここで何かを起こすのなら、気の狂ったこいつだと言う直感からの確信があったからだ。


「お前がそこに座っているって事は、その足下に転がっているのが魔王ホリブーか?」


「ああ。オレが殺した」


「そうか」


 魔王を殺したと言われても、フィフスからしたら納得しかない。いや、これまで数々の勇者パーティを返り討ちにしてきた魔王を殺したのだ。その強さは脅威である。


 そもそも魔王ホリブーが、四天王の一角、禍風のソニードの部下の一人でしかなかったカーズに殺されている今の事態がおかしいのだが。


「お前もしつこいな。何度となく俺の行く手を阻みやがって。挙げ句の果ては、一番の手柄である魔王まで俺より先に殺すとか、嫌がらせの才能あるよ、お前」


「カッカッカッ! 倒すべき魔王は死んだ! 倒したのはオレ! つまりオレこそが真の魔王だ! さあ! オレを倒す為に挑んでこい!」


 カーズの狂声がフィフスの耳をつんざく。狂った者の声と言うのは、それを耳にするだけで、怖気を覚えるのでフィフスは嫌いであった。特に、ソニードを狂信し、そのソニードを殺したフィフスに対して、執拗に襲撃を繰り返してきたカーズの声は、フィフスをイライラさせる。これに相対するにあたり、感情で動いてはならない。と平静を装うフィフス。


「魔王……、魔王……ねえ。カーズ、お前は魔王になって何がしたいんだ?」


「世界を滅ぼす」


「世界を滅ぼす? 征服するんじゃないのか?」


 そこに転がっている元魔王は、魔属による世界征服を謳っていた。そもそも、この世界シュヴァルツィアに、『人間』と言う種族はいなかった。いや、正確には魔属の中に『人間』と言う下位種族がいた。と言うのが正しい。下位種族で魔力量は少なく、しかし繁殖力だけはある『人間』は、他の魔属から奴隷として扱われてきた歴史がある。これに耐えられなくなった『人間』は、魔属そのものに反旗を翻し、そして魔属と人間との戦争が始まったのだ。


 当初は魔属軍優勢かと思われたが、繁殖力に優った人間軍が、数に物を言わせる人海戦術で、魔属を押し返し、魔属はその領地を大幅に狭められた。ただの人海戦術ならば、ここまでにはならなかったが、人間の中に、先祖返り的、隔世遺伝的に魔力量の多い者が現れ、それらが勇者や賢者などと呼ばれ、局所で暴れた為に、魔属軍の計算を狂わせ、遂には魔王の喉元まで人間の手は届こうとしていたのだ。


「ソニード様のおられないこの世界に、何の意味がある!? 無意味だ! 無価値だ! こんな世界をオレは認めない!」


「だから世界を滅ぼすのか?」


「そうだ! そして魔王となったオレが最初にすべき事こそ、ソニード様を亡き者とした貴様への復讐であるべきなのだ!」


 苛立ちのままに立ち上がり、赤黒い木の枝を勇者フィフスに突き付けるカーズ。


「熱烈な指名に、ありがとうと礼を言えば良いのかな?」


「いやいや、そんな謙遜しなくて構わないさ。ただ惨たらしく死んでくれ」


 フィフスの言に肩を竦ませたカーズは、次の瞬間にはフィフスと木の枝同士でしのぎを削っていた。そのかち合った両者の良い感じの棒の威力は凄まじく、一合だけで両者の間から魔力が空気中に発散され、謁見の間の壁が全て弾け砕ける。


「強くなったじゃないか!」


「最初の頃とは違うさ!」


 互いに木の枝を振るい合うフィフスとカーズ。キンキンキンッとまるで金属の剣が打ち合うかのような音が響き、それに呼応するように、城がドンドン崩れていく。ものの十秒で城は更地と化し、それでも両者のしのぎ合いは収まる事なく、木の枝を打ち合う度に、城の石材が弾け、土埃が舞い上がり、魔王の城があった場所は、一分でクレーターと化していた。


 二人の打ち合いでクレーターはドンドンと広がっていき、城を囲っていた森も既になく、どこからか間欠泉が吹き上がり、大地を、二人を濡らす。


 それはいつまでも続いた。元々二人とも素養があった訳ではない。両者共に使える魔法は基礎の基礎である『強化』の付与魔法だけだ。それだけを使い、木の枝を強化し、己自身を強化し、強化を繰り返し繰り返しし続け、その実力は魔王を凌ぐまでに到達した。


 一つを極めた二人は、ただの木の枝を振るい、その一閃は大地を割り、天を裂き、互いに一撃でも喰らえば必殺となる。そんな中で、二人は笑っていた。


「クハハッ!」


「カッカッカッ!」


 実力が拮抗する。死が眼前で暴力を振るう。少しでも気を緩めれば、次の瞬間には首が飛ぶ。そんな日常ではあり得ないヒリついた状況が、脳を興奮させて、狂笑が顔面に張り付く。ただの木の枝が世界の命運を握ると言う馬鹿げた出来事が二人を狂わせる。


 ひたすら。そう、ただひたすらに木の枝を振るい合う二人の姿は、魔王と勇者の戦いと言うよりも、子供のじゃれ合いの如き児戯の延長であったが、二人は大真面目であった。


 二人以外に誰もいない。誰も存在し得ない。足場は既に草一本生えていない不毛な大地と化し、見渡す限り地平線に霞む中で、その戦いは激戦、絶戦などと言う言葉も霞む。一合ごとに天が震え、一合ごとに地が歪む。この二人の戦いこそが、世界を滅ぼす行為の如く世界が軋む。


 日が沈み、月が昇り、月が沈み、日が昇る。それが繰り返される。それが何日繰り返されたのか、誰も知らない。二人も知らない。見詰める先は互いの木の枝だけ。


「はあ、はあ、はあ、はあ……」


「はあ、はあ、はあ、はあ……」 


 体力も、魔力も、気力も、二人とも既に底を突いていた。それでも二人は木の枝で互いを叩き合っていた。ペシペシと、最初の一合からは考えられない音で叩き合う。叩き合ったところで、既に木の枝にはもう互いを殺せる程の力はなく、それでも意地で、こいつにだけは負けたくないと力を振り絞り、二人は互いを叩き続けた。叩き続け叩き続け、精も根も尽き果てて……。


 ◯◯◯◯.✕✕.△△


「……っうぐ」


 フィフスが目を覚ますと、空はここに来た時とは比べられない程の真っ青な快晴だった。身体は動かず、何とか顔だけ横へ向けると、カーズが苦悶の顔で死んでいた。フィフスに斬られて死んだのではない。精も根も使い果たしたうえの、死絶であった。フィフスが目を覚ませたのは奇跡だった。いや、少しだけ、ほんの少しだけ、カーズよりも前から、己を鍛えてきた事が、二人の生死を分けた。フィフスはたまたま生き残ったのだ。


 カーズの身体が、砂が崩れるように消えていくのを見送ったフィフスは、何とか起き上がり、重怠い身体を引き摺りながら己の生まれた王国まで帰り着くと、「魔王を倒した」と国王に報告し、倒した証として良い感じの棒(ただの木の枝)を献上すると、何処かへと姿を消し、その後、フィフスの姿を見た者はいない。


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