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バグ  作者: 雲崎友来
9/11

バグ⑨小田と先生

 

「よかった、天…。」


 疲れ切った父と、ひどい顔の母が、最初に目に入って来た。ピッピッと鳴り響く機械音に、カーテンの閉まった病室だった。


「ああなんだ俺、生きてるんだ。」

 生き残ってしまった。まだ生きていた。死ねなかった。あきらめの声色を感じ取って、事故ではないと察してしまった両親は押し黙った。もう半分の勘違いであってほしいという気持ちから、口を開いた。

「そうよ、あんた手を骨折して、足は捻挫だって。」

「とにかくよかった。」

 しかし二の句が継げなかった父は、とにかく休みなさいと続けた。母を促し、一度病室を後にした。

 今はいったい何時だろう。外が暗いのがなんとなくわかるので、夜だろう。いったい自分はこの先どうやって生きていけばいいんだろう。おかしくなった頭でどうやって。


 一人になってしまえば聞こえるのは、機械音と遠くでナースコールに応答する声。湿った空気が肌にまとわりついていた。そういえば雨に打たれた気がする。今はすっかり乾いているが、どうせなら風呂に入りたかった。がんじがらめに固定されている右手に、頭に巻かれた包帯。左手には点滴と身動きが取れなかった。足も痛いしそのせいで脂汗が出てきた。その夜は高熱にうなされてまた眠ることはできなかった。


 明るくなってきてからようやく、目をつむれるようになってきた。

 点滴が左手から右手に差しなおされ、何とかなれない左手でお茶を飲んでいると、椅子に座っていた母が、重たい口を開いた。

「何があったの?」

 ペットボトルを握りしめ、捻挫した小田の足を眺めていた。小田は口を開きかけ、そして閉めてから、あー、と意味のない言葉を吐いた。

「クラスに、ずっと休んでいた女子がいたんだ。そいつが、毎日学校に来ていたらしい。」

「どういうこと?」

「あー、俺には見えなかった。3カ月間一度も。」

 母と目が合って、しばらくじっと顔を見られた。こんな荒唐無稽な話、信じてくれなくてもしょうがない。

「それで、どうしたの?」

 一応最後まで聞いてくれるらしい。

「コワイだろ。見えない人がいるの。同じ教室に幽霊がいるんだ。だから耐えられなくなって、逃げてきて、そして逃げたら、落ちた…。そういう感じ。」

「その子は、幽霊なの?」

「俺には。でもクラスメイトは普通に話している。俺には聞こえないのに話してる。それをもう入学当初からずっと。最初はからかわれているのかと思ったけど、みんな真面目なやつだし、そんなことしないし、だから、俺の頭がおかしんだと思う。」

 そこまで言うと母は少し考えたそぶりを見せた。

「もしかしてだけど、お医者さんに行ったら、何かわかるかもしれないわね。」

 それは精神科にかかるとかそういう話だろう。むしろそうしてほしかった。頭がおかしいなら、その専門家の人に聞いてみたい。

「そうしてほしい。もう、限界。」





 そんな話をした後に来たのが小林だった。

 なんで、自殺しようとしたの。

 そう言われて初めて、そういえばそうだったと思いなおした。あの時やみくもに走って、そして小林を追い越したような気がする。そのあとに公園の階段に上っている時に、水たまりを踏んで、駆けあがっていくうちに、何か声が聞こえたのだ。木々の隙間から。

 しかし言って信じてもらえるだろうか。なにせ、見えないのは、小林が『いつも一緒にいる親友』なのだ。口をへの字にして、何かをこらえながら話を聞いている彼女に、どうしてもコガワコトリが見えなかった、そういえなかった。

 結果だけ言えば、意外なことに小林はこのことを飲み込んでくれたようだった。小田の体調が悪くなると気が付いてからは、心構えをさせるべく、コピーしたノートに付箋を貼って、『今日は遠藤、小林、コガワで来た。』と書いてくれたので、体調は悪くなったが、気持ち的には楽だった。



 7月に入ったある日。

 菊山からメールが来た。明後日金曜日の放課後に、小林と一緒にお見舞いに行ってもいいかというものだった。最近は病状も安定してきていたのでいいと返事を出した。そういえば週末に譲渡会の手伝いに行くと言っていたのに、すっかり約束を破ってしまっていた。


「天、先生がいらしたわよ。」

 母がまだ年若い先生を連れてやってきた。今日は精神科の先生の診察の日だった。手に持っていたサッカーボールを膝の上に置いた。捻挫はだいぶ良くなったが、足を曲げられるほどではないので、体だけそちらに向いた。

「どうも、佐々木です。」

 優しそうな男の先生だった。

「こんにちわ。」

 自分の頭がおかしいのは半ばあきらめている。今後同じ『症状』が出ないように治療できれば、それが一番いいし、見えるようになったらいい。でもそれができないなら、自分はいったいどうしたらいいんだろう。元来のんきな小田が、事これに関してはそう、不安に思っていた。一通り自分が見たことを話した。先生はふんふんとしっかり聞いてくれた。

「病名は簡単に分かるものでもないし、いろいろ検査もしなくちゃならないけど、天君が不安ならパッと思いついたものだけ言おうか。解離性障害あたりかなとみてるけど、一人だけ見えないってのがちょっと症例と違うかなって思ってる。でも検査をしてみてかな。」

「はい、検査ですね。」

「そこで、お母さんにも聞いてほしいんだけど、ちょっと提案があります。」

 その提案は、小田にとっては思いもよらないものだった。


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