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バグ  作者: 雲崎友来
8/11

バグ⑧小田と


どうしてこうなったのかは本当に、わからない。山口が先ほどから一方的に何やら独り言を言っているように見えるが、きっとそこには『いる』のだろう。


帰り道に今日は途中まで一緒に行く、と、バス通学の山口が言った。小田としては山口と一緒に帰るのは楽しいのでありなのだが、「コガワさんも一緒に!女子寮の前まで。」と言われたのだ。小雨が降って来たので、小田は持ってきた傘に山口を入れて歩いていた。そして、隣を見ながら歩く山口。

「コガワさんは手芸部だよね。いま何作ってるの?」

「へえ、テディベア!今度見せてよ。」

「すごいね、あれって手作りできるんだ。」

そして何もないところに向かって話しながら歩いていた。小田は冷や汗をかきながら、傘を持って歩くことしかできなかった。真面目な山口だ。ふざけて言っているのではないことは、わかり切っていた。自分も山口が話しかけているところを凝視してみた。

若干、雨の落ち方に違和感を感じた。

『ソコ』だけ、しずくの滴りかたが、他と違う。何かに当たって滴っているような。

「あ、停留所だ。ちょうど女子寮も近いし、ここまでだね。」

小田はほっとしたと同時に、襲ってきた悪寒に少し眉をひそめた。山口が、だれもいないところに向かってしているあいさつを聞きながらぼうっとしていると、バスがやって来た。

「じゃあまた明日な。」

その時帰り道で初めて声を出すと、山口はにこやかに、傘の礼を言ってバスに乗って行った。一人雨の中バスを見送って、今度は濡れるのもお構いなしに速足で歩き出した。まだ、いるかもしれない。

雨の中何度か振り向いて、あの不自然な雨が滴っていないか確認した。視界に靄がかかり、よく見えないが、ここは前に背中を押された交差点だった。赤信号だ。今度は押されても車道には出ない位置に止まった。早く変わってくれと願いながら、雨音を聞いていた。


(なんで俺には聞こえないんだ?)


(なんで俺には見えないんだ?)


そんな考えがずっと頭にこだました。べっとりと脳にこびりついて離れなかった。家に帰ってからも上の空で、ベッドに入ってからも眠れない日を過ごしていた。

「兄ちゃん、兄ちゃん、兄ちゃんってば、なに無視してんの?」

肩をゆすられて、自分が朝食をとっている間に意識が飛んでいたことに気が付いた。

「ちょっと、寝れなかった。」

「天、最近ずっと眠れないって言ってるわよ。大丈夫?」

「平気。」

そう、答えるしかなかった。同級生が見えないんだ、なんて、どう考えても、『頭がおかしい』

いやもう、結論は出ているじゃないか。


(俺は、頭がおかしいんだ。)


その日の放課後、また3人で帰ることになったらしい。小田には見えない3人目を、山口は心底嬉しそうに迎え入れていた。本心では怖かった。いないものを受け入れること、聞こえないものに合わせること。どれも難しいことだった。しかしだ。


(俺がおかしいんだから、それは隠さないと。)


山口の様子を注視して、短い相槌を返す振りをした。話の内容は全く分からない。『二人』が自分を不審に思わないように。それだけ必死だった。冷汗をかきながら、昨日解散になったバス停までの半分まで来た時だった。

小田の限界が来てしまった。

どうしても我慢ができなかった。コガワコトリが怖くてしょうがなかった。でもおかしいのは自分なのだ。

「わりい。『二人とも』。俺、用事があったのを思い出した。寄るところがあった。」

「小田?じゃあ一緒に…。」

「じゃあな、また明日な。」

山口にそれだけ言って、小田は走り出した。走馬灯のように今まであった出来事がぐるぐると浮かんでは消えた。とにかくその場から離れたくて、詳しくない道をでたらめに走った。途中で雨が降ってきた。しかしそんなのはお構いなしだ。視界が狭まって、同じことしか頭に浮かばない。


(なんで俺には聞こえないんだ?)


(なんで俺には見えないんだ?)


(俺は、頭がおかしいんだ。)


いったい自分はどうしたらよいのだろう。明日からどうやってあの教室で過ごしたらいいんだ?

なんで自分は生きているんだ?

生きている意味とは?

死んだほうがいいのではないか?


湧き上がってくる疑問に、小田には反論の余地はなかった。


階段を上がっている。鼻からは森林独特の匂いがして、ここが小さな広場を有する公園の、高台に続く階段であるというのに気が付いた。

電車通学の土地勘のない小田ではあるが、サッカー部の野外ランニングのコースとしてなじみ深い場所であった。時期的に暑くなってきたが、階段の両脇には木が植えられ青々と生い茂り、肌にはひんやりと冷たい風が吹くのだ。空気も新鮮で走っていて気持ちがいい。いつもはそんな場所だった。

頭から雨水をかぶって、訳も分からず狭い視界で階段なんて登っていなければ、そんなに不気味には思わなかっただろう。背の高い木と木の間で、日陰の多い階段は薄暗く、階段の先からは光が漏れていた。そこまで行ければ自分は落ち着くことができるだろうか。そう思いながら一歩一歩駆けあがっていく。これが自分の意志で登っているのか、体が勝手に動いているのか。どちらなのかもわからない。

ばしゃんと、水たまりを踏んだ。ふいに、視線を感じた。最上段、小田が目指していた階段の一番上。ぽっかりと空が見える空間が、こちらを嬉々として見ている。目はないが、見られている。どうして自分を、そんなふうに見るのかは分からなかった。しかし確実に見られていると感じた。いつも教室で感じる視線と同じだった。ああもうだめだ。逃げられない。


そう、逃げられない。


右手側、手すりのあるほう。木が生えているが急な崖になっている。

「こっち。」

女性とも男性とも取れる声が、木々の隙間から聞こえてきた。一番上に登って捕まるよりは、こっちに逃げたほうがまだ、マシだろう。


白い手が見えて招かれるまま一歩を踏み出しある筈の地面を踏み抜いて、落ちた。


「小田!」

今度は小林の声に似ている。

「小田!」

すぐそばだ。

「あんたは頭おかしくなんかないよ!」

そうかな。そうだといいな。


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