表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バグ  作者: 雲崎友来
2/11

バグ②


(大丈夫、変なところはないわ。)


 髪を念入りに梳かして、制服にしわが寄っていないか何度も確認した。カバンを持って、通学路を行く。すっかり春めていてきてはいたが、朝はまだ寒い。日向を選んで学校まで歩いて行った。

「コトリ、おはよう。」

 振り向けば長身でロングヘアの女の子がいた。

「おはよう、舞子ちゃん。」

 小林と今日の授業について何気ない会話をしながら、一緒に教室へ向かう。扉を開けて一番最初にやることは、小田の席を見ることだ。まだ来ていない。最近はすっかりコガワの好きな人がクラスの女子に出回って、見守られている気がする。恥ずかしいが、協力してくれるので、そのままありがたく思っていた。



 この間は美化委員の菊山が用事があるから、代りに行ってほしいと言われ行くと、美化委員男子遠藤の代わりに来ていたのが小田だった。

(まさか菊山さんの用事って嘘なの?!どうしよう、小田くんの隣だ。)

 眼鏡の奥でにっこり笑いながら、サムズアップしている菊山の幻覚が見えた。小田くんの隣に座って、緊張していたため内容は全く入って来ず、チラチラと隣を見ていたらいつの間にか集会は終わり、地域のゴミ拾いの時に使うトングの配布をしていた。

 その時の小田も、かっこよかった。

 トングは数があるのでそこそこ重いのだが、ゴミ袋とともに何も言わずにさっさと持って、教室に運んでしまったのだ。ありがとうと声をかけたのだが、声が小さかったのか聞き取れなかったのか、気が付かれずに行ってしまった。



「もっと大きい声で言わないと…だめね。」

 そう思って小田の席を振り向いた。もうチャイムが鳴るのに、まだ来ていない。心配になってそわそわしていた。

「コトリ、廊下見てきたら?居るかもよ?」

 小林が笑いながら言っていたので、恥ずかしかったが、ちょっと見てくることにした。廊下には他のクラスの生徒がいるが、肝心の小田はいなかった。少しだけ、と思い階段まで行ってみた。階下を覗くとチャイムが鳴って、やべっと下から声がした。小田だ。ここまで来たら挨拶できるかもしれない。そう思ってとどまってしまった。階段を二段飛ばしで駆け上がってきた小田が、意外と近くにいたので思わず目を閉じた。

 ぶつかる!

 しかし何も起こらなかった。目を開けたとき教室のほうから声がした。

「間に合った!」

 絶対にぶつかると思ったのに、何があったんだろう。

 おとなしくクラスの席に戻っても、さっきの違和感が消えることはなかった。




 その日の放課後またサッカー部の練習を見ながら、刺繍を眺めていた。この間話しかけてきた人が、今日はいなくて安心した。今日も突っかかってくるようなら場所を替えなければ。そう思っていた。

 サッカーボールの刺繍の入ったハンカチ。簡単だったのですぐ終わってしまった。部活を行う被服室は、数人の部員がいてそこで刺すのもよかったが、これ以上自分の好きな人が広がるのも恥ずかしい。だからこうやって、サッカー部の練習を盗み見れるベンチで、刺繍を入れていたのだ。


 今日の帰りは、これを渡す。


 そう心に誓っていた。だから刺繍も用意した。逃げ道はできるだけ塞いだ。追い込まなければやれないタイプだと自負していた。一応2か月間クラスメイトをやったのだから、知らない人ということはないはず。

「いつも練習お疲れさま。良かったらこれ貰ってください。」

 昨日からずっと練習していた。自分の部屋で作った小田の、ぬいぐるみ…略して小田ヌイに向かって、この言葉を300回は言ったし、緊張を抑える方法も、動画で探索してきた。しかし手が、震える。

「だいじょうぶ。」

 先ほどからブツブツ独り言を言っている自分は、かなりの不審者だ。刺繍が目に入って来た。上手く刺せたと思う。サッカーボールをたまたま作ったから、クラスメイトのサッカー部の男子にたまたまあげるだけだし、全然、変じゃないよね?あれ、変かな?不審者かな?

 そうこうしているうちに校門に歩いていく、小田の後ろ姿が見えた。

 来た。追いかけるのよコトリ!

「…小田くん…。」

 呼び止めようと思って出した声は、空気になって消えて行った。小田は全く気が付かず、校門をスタスタと出て行ってしまった。これはいけないと小田の背を追った。思ったより声が出てないし、小さい。小田ヌイよ、力を貸して。

「小田くん。」

 さっきよりは声が出た。しかしまだ距離があった。走って追いかけた。彼は全く気付いていない。これもトレーニングの一環なのか、小田は速足で道路を行く。人もまばらな黄昏に、なかなか追いつかない背に、少しだけ腹が立って大きな声が出た。

「小田くん!」

 小田くんの足が少し止まった。後ろを振り向いて、目があった気がした。

「…気のせいか?」

 小首をかしげ、しかしそのまま背を向けて、また歩き出してしまった。今、目が合ったよね?ちょっと待ってよ。上がった息で二の句が継げずに、またその背を追いかけた。最初は小走りだったのに、小田がペースを上げたため、もうほとんど走っていた。

「小田くん…!」

 無我夢中で走っていた。肩から落ちそうなカバンに気を取られ、小田の背を視界から外した。その時だった。

 何かに思いっきりぶつかったのだ。

 なんだろう、シトラスの匂いがした。

 初めに目に入ったのは高校の白いブラウス。横断歩道。赤信号に、投げ出された小田。

 ギギーとブレーキ音がして、小田はとっさに身をひるがえし、車と距離を取った。その距離分、車が進んで止まった。

 座り込んだ小田と目が合った。

「ひぃっ…。」

 恐怖にゆがんだ顔をしていた。恐ろしいものを見たときの顔だ。

 ちょっと待って、わざとじゃない。待って待って、違う。そう言いたいのに声が出ない。

「ちょっと、大丈夫か?」

 運転手が小田に駆け寄って行った。コガワは見ているだけしかできなかった。

「何かに押されて、出てきたように見えたけど…。」

「あ…、いえ、すいません。ちょっと…立ち眩みで…。」

 小田くんがとっさにかばってくれた。運転手がこちらをいぶかしげに見ていたが、けががなくてよかった、と小田を立たせた。

「本当にすみません。ぶつかっていないし、俺もう行きますんで…。」

「ああ、きいつけな。」

 青に変わった信号を見て、小田は走り出した。

 謝らないと…!コガワはまた彼を追いかけ走り出した。このままでは、車道に押し出したのは自分ということになってしまう。それだけは断じて違う。そんなつもりはなかった。

「待って、待って、違うの!」

 そう口元でつぶやいた。とっさに声が出なかった。しかし彼は待ってくれなかった。再び走り出したサッカー部男子の脚力に、手芸部女子が追い付けるはずはなかった。結局駅についてしまった。もう小田の姿はどこにもなかった。

「待って、そんなつもりじゃ…。」

 ああ、どうしよう、明日からどんな顔をして会えばいいの。

 小田にあんなに近づいたのは初めてだった。シトラスの匂いがした。そうだ、自分は小田にぶつかってしまったんだ。車道に押し出してしまった。好きな人に、怪我をさせようとした。危なかった。もし車に轢かれていたら。…考えるだけで恐ろしい。

「でも、謝らないと。謝らないと。わざとじゃないし、本当に故意じゃなかったって…。」

 信じてくれるだろうか?信じてもらわねば…。


 ***


 不安、いっぱいで翌日学校に行くと、また遅刻ギリギリに小田が来た。顔色は悪いし、時間ないしで、授業が始まってしまった。

 国語の授業中、先生に指名され、教科書をコガワが読んでいた時だ。後ろのほうでガタン、と派手な音が鳴り、遠藤の、小田!という声とともに先生がそこまで歩いて行った。

「小田が、机に頭をぶつけるところだった。先生、小田が動かないんだけど!」

「揺するな、とりあえず、学級委員長は保健室に、担架がいると連絡してこい。女子の学級委員長は職員室にいる先生、誰でもいいから呼んできてくれ。出来れば体育会系の。」

 指示を受けた生徒はすぐさま教室を出て行った。国語の先生が、小田の頭を腕で押さえていた遠藤にそのまま持ってろ、と指示を出し、タオルを持っている奴居ないか、と振り向いた。

 小林が素早く、部活のカバンから2枚出して、先生に渡した。他の運動部の男子もタオルを何枚か持ち寄って、遠藤の手の下に差し込み、枕にした。

 保健室の先生が来て、応援の先生と一緒に小田は運ばれていった。青白い顔に、生気の感じられない様子が、恐怖を搔き立てた。

「小田くん…。」

 自然と涙が出てきた。小林が背中を軽くたたいてくれた。

 その後の授業は全く頭に入らず、1限が終わった時、遠藤たちが小田の荷物を持って、保健室に行っていたのだが、行く気にもならず、見送った。

 昼休みになって、小田が戻ってくるまで、生きた心地がしなかった。

「なんか、寝不足と朝飯抜いたから、ソレっぽい。」

 そう言いながらいつものマイペースを崩さずに、小田は席に座った。教室は安どに包まれていた。

「いや、今日寝坊して、飯食えなくて…、あ、夜寝てないんだ。寝つき悪くて。」

 男子に質問詰めにされていたが、苦笑いしていた。

「それにしても、もう少し寝てなくて大丈夫か?」

「大丈夫。それより3限の時に弁当食っちゃったから、購買行ってくる。なんか、心配かけて悪かったな。」

「本当よ!心配して損した。ただの貧血なわけ?」

 ぷりぷり怒っている小林が、口をとがらせながら言っていた。こう見えて結構心配していたのだ。

「んー、ストレス性なんちゃらって言ってた気がする。」

 こともなげに答える小田は、腹減った、と教室から出て行こうと、席を立った。

「ホントに、ほんとに大丈夫なのね?」

 涙声のコガワが珍しく、小田に向かって大きな声で言った。クラスメイトが全員コガワに注目し、しんと静まり返った。小田の返答にクラスの誰もが注目していた。

「え、何?ごめん…?話がよく…。」 

 挙動のおかしい動きで教室を見回し、遠藤に助けを求めた。

「心配だったって話だよ。もう大丈夫なんだよな?」

「おう。帰ったら病院行くことになった。」

「そうなのね…。」

 コガワが席について、やっとクラスのざわめきも戻ってきた。

「購買行くんだろ?俺も行く。行ったことないから行ってみたい。」

 遠藤もついて行くことにしたらしい。一緒に出て行った。

「何がストレス性なんちゃらよ。コトリを泣かせやがって。」

「舞子ちゃん、私が勝手に泣いただけよ、気にしちゃだめだから。」

 まだむくれているが、そうね、とまた、お弁当をつつき出した。

 驚いた。そしてやっとホッとした。何ともなくてよかった。

 だがその日から、小田の様子がおかしくなっていったのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ