バグ⑮小林と菊山
エピローグ
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電車に揺られながら、車外の畑を眺めた。小林の隣に立っている菊山が、どうしても小田に渡したいものがあるから、小田の家について来てくれと言い出したのは、夏休みに入る少し前のことだった。遠藤はいまだコガワを探しているようで、学校帰りに毎回違う道を使って帰っているらしい。逆に言えば、高校生である自分たちに出来る捜索というものはそのくらいしかできなかった。先生が寮から消えたコガワのことを、一応警察関係者に話し、相談したそうだが、本格的な捜索はいつまでたっても始まらない。というより、手掛かりが全くなかった。あの空っぽの寮の部屋を見てしまっては、引っ越し業者を使ってどこかに行ったと考えるのが妥当だし、使用感の無さを考えれば、少し前からあの寮は使っていなかったのかとも思う。考えれば考えるほど、不可解で、理解に苦しむ。
そんなことが積もり積もって、本来ならあきらめるなど選択肢にも上らなかったはずの小林も、さすがに手詰まりで、身動きが取れなくなってしまっていた。普通に息をするのも苦しいような、そんな毎日を過ごしていた。
そんな時に声をかけてくれたのが、菊山だった。定期テストが終わってすぐに、一日かけて猫を祭っている、猫好きの間では有名な神社に行ってきたそうだ。そこで買ったお守りを、小林も貰った。
猫のシルエットに必勝と書かれていた。菊山ほど猫好きではない小林も、さすがに可愛いと思うデザインだった。可愛くて全部そろえたくなる、と言っていたのも分からなくはない。
「だってこれから部活で大会とか出るでしょ?頑張ってよ。応援行くからね。」
ニカリと笑った菊山に少し前向きになる力をもらった気がした。空気が読めなくてマイペースな彼女だが、気が利かないわけじゃないのだ。本来の菊山は優しくていい奴なのだ。今はいつも通学て使うカバンに、お揃いのお守りが揺れていた。
車内を見回していた菊山の、横顔を眺めていると目が合った。
「なんか不思議だよね~。私はコガワさんって会ったことなかったけど、舞ちゃんはいつも会ってたんでしょ?それってさ、一人ひとり見ているものが違ったってことよね。」
電車内のため少し控えめな声量で、菊山が言った。
「最初はさ、それを聞いて怖いな、って思ったんだけどさ。でも、数字が味に感じる人も、音が色で見える人もいるって聞いたことあるからさ、それと同じなのかなって思ったら、なんか、面白いことなのかもなって思っちゃった。」
「菊の見ているものと、私が見ているものが違うのは変じゃないってこと?」
「変だっていうほうが、変なのかも。だってそういう人もいるって知っているから、だからそっか、って思うだけかなって。」
そういうものなのか?
「だって私、空に変な光ったの、見たことあるよ。UFO!でもさ、これだけ見ている世界が一人一人違うなら、別に見えても変じゃないのかなって思った。だから初めて人に言ったんだけど。」
「見たことあるの?」
「お父さんとお母さんは信じてくれなかったから、それ以来誰にも言ったことない。けど。ある・・・。」
少しいいづらそうな菊山に、少し前までの小林だったら全否定しただろうことを、しかし今の小林には菊山を否定することなどできなかった。
「なんか、私今まで頭がめちゃくちゃ固いひとだった気がする。それに、無知だった。実際に体験して初めて、なんていうの、人知を超えた体験をして、やっと実感したというか。」
何あの人変なの。それで終わらせてそこで考えるのをやめてしまっていた、様々な出来事が、意味を持って目の前に広がって来た。
「私今まで、ちょっと損してたわ。人生を。」
「そうなの?でもまだ人生なんて長いんだから、取り返せるよ。」
「そうだといいけど。」
頭が固いのは何とかしないといけないかもしれない。常識なんてその人の思い込みに近いんだから。小林はそんなことを漠然と考えていた。
「じゃあとりあえず、舞ちゃんにはこの車両には何人乗っているように見える?」
「それ、違ったら超怖いんだけど。」
そうささやき合って、笑いあった。
読んでくださり、ありがとうございました。
話の構想自体は何年も前からあったのですが、なかなか形にするのが難しい話なので、悩みながら作りました。少しだけ蛇足を。
「さっきはびっくりしたねー。本当に一人違うんだもん。」
「びっくりしたねーじゃないよ。菊の提案なんか乗らなきゃよかった。めちゃくちゃ怖かったんだから。」
実はちょいちょい小田以外にも、コガワを見えていない人が作中に出てきます。
数学の斎藤先生、菊山、小田を轢きかけた運転手さん。
そういう人とお話がもっとできていれば、小田の悩みはもう少し軽いものになったのかもしれません。この後なんやかんやあって妹ちゃんと、小林と、菊山は仲良くなったりしますが、それはまた別のお話。




