バグ⑩遠藤と
「菊山を病室に連れて行って平気なのかよ。」
猫についてマシンガントークで圧倒させられたことしかない遠藤にとって、小田の体に障るのでは?と最初に心配になった。
「大丈夫よ。ああ見えて、菊は感受性が豊かなだけで、悪い子じゃないから。それに小田の連絡先も知ってるみたいだし。なんかいつの間にか仲良くなってたのね。」
「ああなんか小田も猫派だから。」
放課後に少しだけ時間があって、小林と廊下で話していた遠藤は、サッカー部の山口がいつならお見舞いに行ってもいいか、相談しようとしていた。しかし意外な先客予定に、とたんに不安になってしまった。
「よかった。菊ってば、クラスに仲のいい人がいたのね。同じ中学のことしか話してないから、ちょっと心配になってたの。しかし小田なのね。」
よりによって、と言い出しそうな小林は、眉間のしわをもみほぐしていた。
「この間、小田のお母さんが言ってたんだけどさ、最近あんまり笑わないって、心配してた。」
「いや、あいつはそんな大笑いするタイプじゃねーよ?」
「まあそうだけどさ、菊山と猫の話したら、ちょっとはよくなるかな、とか思ったの。」
小林は小林なりに小田を心配して、元気づけようとしているようだった。
「あと、私とあんたが、小田の容体については詳しいみたいだから、女子には私が、男子にはあんたが付き添っていくことにするのはどう?今度行ったとき、私も小田に連絡先聴くわ。」
「俺が教えようか?」
「又聞きはよくないわ。行ったときでいい。ありがとう。」
小林はきっぱりと言い放った。入学したてだが、男子にも女子にも先生にも信頼されているのは、こういうところがしっかりしているせいだろう。
そんな話を昨日、小林としたところだった。
体育館で、バスケ部の練習をしていた時だった。部活も中盤、練習にもより一層力の入る時間帯だった。7月に入って、暑さがこもるようになっていたので、扉は開け放っていた。水分補給の休憩をこまめに取りながら、ふと、そのあけ放たれた扉に、何の気なしに目をやるとそこに小柄な影があった。
目が合った。
それからパッと隠れてしまったが、遠藤の気を引くのは、それだけで十分だった。すぐさま体が勝手に動いて、扉まで走った。
「どうしたのコガワさん。」
小田が入院してから一緒にお見舞いに言って以来、少しだけ話すようになった。もっぱら話題はその小田のことだが、それでも接点が持てた遠藤は、彼に少しばかり感謝していた。
「あの、えっとね、今日の帰りに、一緒に、小田くんのお見舞い行かない?」
しどろもどろの彼女は、困ったように眉を下げていた。
「どうしたの?小林と行かないの?」
こういうことはもうすでに、小林を誘っているのもだと思ったのだが。すんなり頷いてしまえばいいのに、そっちが気になってしまった。
「あ、うん、なんか、忙しいみたい。」
確かに、小田の病室に行くときの小林は、長居しないように、とか、体調が急変しないかとか、常に気を配って大変そうだった。それに明日は菊山と一緒に行くんだっけか。確かに二日連続は小林が大変か。
「ああいいよ。小林も忙しいもんな。じゃあ部活が終わってからでいい?」
それとも抜けようか。部活をしにこの学校へ来た遠藤にしては珍しい考えを巡らせていた。
「あ、いいの、終わってからで。前回あんまりいられなかったから、と思っただけだから…。」
「遠藤ー始めるぞー。」
「あ、はい!」
「じゃあ、後でね。」
そう言って少し笑って、手を振った彼女は可愛かった。
「何やってたんだよ遠藤。」
先輩がいぶかしげにこちらを見ていたが、何を言われても気にならなかった。
「いえ、何でもないっす。」
そして放課後まであまり身が入らない練習をしたのだった。
まさかコガワと待ち合わせをして一緒に帰る日が来るとは思わなかった。いや、妄想したことはあったが、それが現実になるとは人生何がある分からないものだ。少し浮足立ちつつ世間話などをしながら病院に向かった。夕暮れ時に、一階のロビーにはそこそこの影があった。ちらほらいる入院着の患者の中に、小田がいた。この間病室から出てきた女の子と一緒に、売店のお菓子売り場で何やら話していた。
「こっちのオレンジ味も気になるから、兄ちゃんがオレンジ買って、私がメロン買えばよくない?3袋入りだから一個交換ね。いいでしょ?」
「ああ、はいはい分かった分かった。」
持っていた財布を彼女に渡していた。歩きづらそうな小田の代わりに菓子をレジに持って行った。一連の流れを見るに、やっぱり彼女は小田の妹らしい。
「小田~。」
手を振りながら先陣切って挨拶に行った。
「あ、遠藤。」
「妹?」
「そう。」
通路からゆっくりと近くの椅子に腰かけて、しかし意外と顔色はよかった。
「ちょっとは安定した?」
「まあまあ。」
先ほどからコガワが小田に話しかけようと口を開いては、躊躇して閉じるということを繰り返していた。小田のほうは妹に気を取られているのか、その様子に全く気が付いていなかった。会計の済んだお菓子を持った妹がこちらに歩いてきた。
「兄ちゃんの友達?」
少し面白くなさそうな顔で、こちらをじろりと見た。少し居心地悪さを感じつつも、遠藤はなるべく怖がらせないようににこやかに笑った。
「遠藤です。それから、コガワさんも。」
「え?」
小田が急に立ち上がった。そして遠藤たちから一歩距離を取った。そこにすかさず妹が割って入って、兄をかばうように立ちふさがった。
「ふーん。」
「小田?」
困惑しているのは遠藤だけではなく、コガワもだった。当の小田は脂汗を一気に掻いて、具合が悪そうだった。先ほどまでよかったと思ったのに。
「小田くん?大丈夫?」
か細い声でコガワが言ったが、口を押えて黙ってしまった。
「ねえあんた、何者なの?あんた見覚えがあるわ。」
険しい表情のまま妹がコガワに言い放った。
「え?あの・・・。」
「兄の体調が悪いので、帰ってください。」
「うみ・・・。」
小田はそれだけ何とか言ったが、本当に吐きそうなのか、目に涙を溜めながら、また口を押えて黙り込んでしまった。妹が兄の手を引き、エレベーターへと向かって歩き出した。遠藤たちはそれを見送ることしかできなかった。その後、次の日になっても小田の体調は戻らず、菊山と小林が行く予定だったのが、キャンセルになったそうだ。小林に、なんで自分に言わなかったんだ、と怒られたのだが、そこまで怒られるようなことをしたつもりはなかった。また今度会いに行こう。その時はそう軽く考えていた。




